第三百七十話 弱くなった
ハイナ山にはいくつも防御拠点が作られていた。
ローエンシュタイン公爵は自ら先頭を切って、その一つ一つを潰して回っていた。
「進め! この拠点も落とすぞ!」
そう言ってローエンシュタイン公爵は雷を拠点に落とす。
拠点に籠っていた敵兵士たちは悲鳴をあげて、逃げ出す者が続出する。もはや士気などあったものではない。
戦場に於いて迷いは禁物。
自分たちが間違っているのでは? と考えていたら兵士は戦えない。
だから指揮官はそれを取り除く努力をしなければいけない。
だが、ゴードンにはそれができなかった。
一方、レオとアルの軍は自らが正しいと信じて突き進んでいた。
子供を守るという単純明快さが兵士の士気を上げた。国を守れと言われるよりもわかりやすかった。
「踏みつぶせ!!」
そう言ってローエンシュタイン公爵は敵の攻撃を雷で弾きながら、敵の拠点に乗り込む。
そしてそのまま拠点に雷を落とそうとした。
だが、その前にローエンシュタイン公爵の心臓が悲鳴をあげた。
元々、万全とは程遠い体調だった。
動けない体を気持ちで動かしたのだ。
突き動かしたのは最期という想い。
自らの命が長くないと悟り、今こそ燃やし尽くすと決めた。
雷のように一瞬だけでも輝こうと。
「天空を駆ける雷……ごほっ……」
詠唱が続かない。
集中できず、動くこともできない。
口からは血がこぼれる。
だが、ローエンシュタイン公爵は倒れない。
今、自分が倒れればせっかくの士気が落ちてしまう。
自分が守りたいと願ったものをすべて守ってくれた皇子がいる。
その皇子のために最期の力を使おうと思った。
迷惑だけはかけられない。
「い、今だ! 敵は瀕死だぞ! 雷神を討ち取れ!!」
敵の指揮官がローエンシュタイン公爵の異変に気付いた。
そして拠点にいた兵士たちが弓矢を構える。
何とかそれを防ごうとローエンシュタイン公爵は考えるが、どうしても魔法が行使できない。
ここまでか。
そう諦めかけた時。
後ろから声が聞こえてきた。
≪天空を駆ける雷よ・荒ぶる姿を大地に示せ・輝く閃光・集いて一条となれ・大地を焦がし照らし尽くさんがために――サンダー・フォール≫
ローエンシュタイン公爵の前で敵の拠点に大きな雷が落ちた。
弓を構えていた兵士たちはその雷で吹き飛ばされていく。
「声を上げなさい! 力を振り絞りなさい! ローエンシュタインの雷はいつでも北部と共にあるわ!!」
そう言ってローエンシュタイン公爵の横に現れたのはシャルだった。
シャルは倒れそうなローエンシュタイン公爵を横から支える。
「お爺様……」
「来たか……シャルロッテ」
そう言ってローエンシュタイン公爵は体から力を抜き、シャルに体重を預けた。
そうしなければ持たないと思ったからだ。
「殿下は……どうだ……?」
「旗を掲げています」
「ならば……まだ倒れるわけにはいかんな……」
「前線は私が支えます。お爺様は指揮を」
「わかった……こういう山での戦いでは焦りは禁物だ。一つ一つ、敵の防御拠点を潰していく。それが最も勝算が高く、最も安全だ。犠牲も少ない」
「わかりました」
そう言ってローエンシュタイン公爵は後方に下がり、指揮に徹することとなった。
しかし、前線ではローエンシュタイン公爵と見間違えるほどの活躍をシャルが見せ、敵の防御拠点をことごとく潰していき、敵をどんどん山頂に追い詰めていったのだった。
■■■
それは突然の出来事だった。
帝国軍と北部諸侯連合軍が攻勢を強める中、ゴードンは前線で剣を振るって戦線を維持しようとしていた。
窮地の防御拠点に駆け付け、自らの武勇で敵を押し返す。それによって士気も上がる。
それを繰り返していたのだ。
だが、その移動中。
突如としてゴードンの進路を阻む者が現れた。
「レオナルト!」
「あなたは僕が討つ!」
空から舞い降りたレオはゴードンに向かって剣を振るう。
ゴードンはそれを受け止めるが、奇襲だったため馬上から飛び降りて距離を取る。レオもノワールから飛び降りてゴードンを追う。
そして一騎打ちが始まった。
周りにいた護衛は共に降下してきた第六近衛騎士隊が阻む。
邪魔する者はいない。
レオがゴードンの首を狙い、突きを繰り出す。
ゴードンは力でその突きを弾き、剛力を活かして上段から剣を振り下ろす。
レオはそれを受け止めることはせず、体の力を抜いてその剣を上手く逸らす。
レオは一度もゴードンに勝ったことはない。
年齢や経験という差があった。それでもこの人に勝てる日が来るのだろうかと思うほどに差を感じていた。
だが、今はそうは思わない。
繰り出す技は鋭く重い。
それでもレオには物足りなかった。
かつてはその一撃に言い知れぬ凄みがあった。
その凄みに圧されたのだ。
しかし、今はその凄みがない。
だからレオはゴードンの剣に畏れを感じなかった。
「あなたは……弱くなった」
「戯言を! 俺が弱くなるわけがないだろう!!」
そう言ってゴードンは横から剣を振るう。
それをレオは真正面から受け止めた。
まさか受け止めるとは思っていなかったゴードンは目を見開く。
「僕に止められるような一撃をゴードン・レークス・アードラーは放たない」
「くっ!」
予想とは違う行動にゴードンの動きが狂う。
それを見逃さず、レオはスルリとゴードンの懐に入り込んだ。
ゴードンは剣では間に合わないと判断し、左手でレオに殴り掛かる。
だが、レオはその拳を頭突きで止めた。
「そんな軽い拳で僕は止まらないぞ!」
「ちっ!!」
ゴードンは何とか距離を取ろうとするが、レオは離れない。
そして密着した状態でレオは体の捻りだけで突きを放った。
その剣はゴードンの鎧を貫き、深く腹部を突き刺したのだった。
「がはっ……」
「まだまだ!!」
レオは剣を引き抜き、追撃をかける。
咄嗟にゴードンが体を捻ったため、貫いたのは横腹だった。
致命傷ではない。
上段から剣を振り下ろすが、ゴードンはそれを受け止める。
剣についたゴードンの血がゴードンの顔に飛び散った。
自らが追い詰められていることにゴードンは混乱していた。
一騎打ちで負けるなどありえないことだった。
「俺は……俺は負けん!!」
そう言ってゴードンはレオの剣をはじき返し、反撃の体勢に入った。
しかし、レオは足を跳ね上げ、先ほど貫いた場所を蹴り飛ばす。
痛みでゴードンの動きが鈍り、レオはまたゴードンの懐に入り込む。
致命傷を避けようとゴードンは頭と首を守りに入るが、レオが狙ったのは足だった。
足を斬りつけられ、膝を突かされる。
レオはそのまま回転してゴードンの胸を貫いたのだった。
手ごたえはあった。
ゴードンの目から光が消え、体から力が抜けていく。
だが、そんなゴードンを助けようと多数の兵士がやってきた。
「殿下ぁぁぁぁ!!」
フィデッサー将軍が率いる部隊だ。
これ以上、ここにいては囲まれる。
このまま止めをさしたいという欲求を封じ込め、レオは第六近衛騎士隊に撤退を命じた。
剣を引き抜かれたゴードンはうつ伏せに倒れこむ。
大将同士の一騎打ちはレオに軍配が上がったのだった。
そしてそれはゴードン軍に勝ち目がなくなったことも意味していた。




