第三百六十九話 熊、戻らず
「さてと」
「坊主! 坊主!!」
とりあえず指示を出すかと思っていると後ろからジークに声をかけられた。
振り向くと、そこには目を瞑ったジークがいた。
「さっきの噂に聞く魔法を消す国宝だろ!? 俺の姿は戻ったか!?」
「自分の目で確かめたらどうだ?」
「いやいや! どうなんだよ!?」
「期待していいぞ」
「本当か!? 戻ってーーないっ!」
その場で熊の姿のまま倒れこむジークに俺は苦笑する。
淡い期待だったな。
「よかったな。まだまだ子供に人気のままだぞ」
「俺は美女に人気が出てほしいんだよ!」
「諦めろ。この皇旗は魔法を打ち消す。それで戻らないってことはお前にかけられたのは魔法じゃない」
「なんだよー、もうー」
ジークは倒れこんだままふてくされてしまう。
ある程度予想していたことだ。古代魔法にも一時的ではなく、長期間にわたって対象を別の物に変化させる魔法はない。
魔法でない以上、皇旗では打ち消せない。
それは病も同様だ。
「体調はどうだ? シャル」
「普通よ。期待してないから平気」
「そうか……」
シャルの病は母上と同じもの。
どこまでいっても病だ。皇旗で消せれば苦労しない。
シャルもそこまでショックは受けていない。それよりも子供たちが助かったことの安堵のほうが多そうだ。
シャルはそのまま子供たちの世話を始めようとするが、俺はそれを制した。
「まだ動けるなら行け」
「え……?」
「雷神ローエンシュタイン公爵の最期の戦闘だ。傍で見ておかないと一生ものの後悔だぞ?」
「でも……子供たちが」
「ジークがいる。子供の護衛はジークと決まってる」
「決まってねぇよ! けど、美人のお願いなら引き受けようかな!」
人間に戻れなかったせいか、ジークのテンションは変に高めだ。
やけくそ気味だが、仕事はしてくれるらしい。
なんだかんだ子供に優しいからな。
「うん……わかった。ありがとう」
そう言ってシャルは立ち上がって走り始めた。
山への攻勢となる。馬での侵攻は限られる。徒歩で行くほうがいいだろう。
「シャルの護衛を頼めるか? リンフィア」
「はい。お任せください」
そう言ってリンフィアも一礼すると、シャルの後を追おうとする。
そんなリンフィアに俺はニヤっと笑いながら声をかけた。
「そういえば帝都から俺の呼び方はアル様になったみたいだな?」
「そ、それは……一度呼んだので戻すのも変かと思いまして……皆さんもそう呼んでいますし。お嫌でしたら改めます」
「いいさ、親しみが感じられる。その調子でレオも愛称で呼んだらどうだ?」
「それはちょっと……」
「兄さんはいいのに僕は駄目なの?」
「そ、その……考えておきます!」
そう言ってリンフィアは逃げるようにしてシャルの後を追って行った。
そんなリンフィアを見ながら、俺とレオは笑い合う。
だが、戦はまだ終わっていない。
いつまでも笑ってはいられないのだ。
「じゃあ僕も行くよ」
「決着をつけに、か?」
「うん。敵の総大将を討たなきゃ戦は終わらない。ましてやこれは反乱だからね。旗印を討たなきゃいけない」
「そうか……」
今更ゴードンにかける情けなどない。
心配なのは兄弟をその手にかけて、レオが気に病まないかどうかだ。
ザンドラ姉上の時とは違う。
自分の手にかけるのだ。
そんな俺の心配に気づいたのか、レオは微笑む。
「大丈夫だよ。そんなにやわじゃないから」
「そうだったのか?」
「大丈夫だって。辛くてどうしようもないなら、レティシアに泣きつくから」
「……なぁ、ジーク。こいつ、しばらく会わない間に嫌な奴になったな?」
「だろう!? それは俺も思ってた! 自分は周りとは違うみたいな態度取りやがって! 聖女をモノにしたのがそんなに偉いのか!? 羨ましいな! この野郎!!」
後半は心の声が駄々洩れだ。もっと言えと言いたい。
まぁ他人に頼れるだけ進歩というべきか。
相手が聖女レティシアというのがこれまた、面倒だが。
「嫌味を言ったつもりはないんだけど」
「態度が嫌味だな」
「そうだ! そうだ!」
俺たちの態度にレオは苦笑した。
そしてノワールを呼び寄せる。
「まぁ、その話は戦が終わってからにしようか」
「そうだな。今は戦のほうが大事だ」
「戦より大事だろ!? これだから北部で知らん間に美女と知り合ってるやつは! 俺なんてずっと城に閉じ込められてたんだぞ!?」
ジークがまだ騒ぐが、俺たちは無視する。
これ以上、相手をしているといつまで経っても前に進めない。
「アードラーの神髄は〝心服〟っていうのはさ。その通りだと思う」
「だろ?」
「うん。けど、言葉が効かない相手もいる。信念を曲げない相手もいる。そういう時に力は振るわなきゃいけない。羽で覆うだけじゃ守れない物もあるから。だから行ってくるよ。僕の剣はそのためにあるんだから」
そう言ってレオはノワールに跨った。
守るために剣を振るうというのは大きな矛盾がある。
自分や他者を守るために他者を傷つけるのだから。
人間なんてそんなものだと言われればそこまでだが、考えないで放置もできない。
アードラーの一族はそれと向かい合ってきたのだから。
だが、レオはレオで自分なりの答えを見つけているらしい。
「この戦いを終わらせる!! 空に上がるすべての者よ! レオナルト・レークス・アードラーに続け! 敵将ゴードンの首を取る!!」
そう言ってレオは航空部隊を率いて山に向かって突撃を開始した。
空と地上。
ハイナ山は上下からの攻撃を受け始めた。
見れば山を下りる敵兵が多い。逃亡兵だろう。
もはやゴードンは全軍を掌握できていない。
戦力比は逆転した。士気の高まったこちらを止めるのはもはや不可能だ。
「時間の問題か……」
「お前さんは行かなくていいのか?」
「俺の役目はここにいることだ。それにやるべきことはもう終わってる」
「そうかい。じゃあ俺は子供の面倒でも見るかね」
そう言ってジークは倒れている子供たちに近づき、拘束具を壊していく。
そしてせっせと敵の本陣を走り回り、いろんな布で子供たちを覆っていく。彼らが着ているのはボロ雑巾みたいな服だからだ。
そして近くの兵士たちに声をかけて、子供たちを別の天幕に運ばせた。
すべてが終わったあと、ジークは槍をかついで子供たちが閉じ込められていた天幕を一撃で壊した。
「これで、よし!」
「それに何の意味があるんだ?」
「悪い思い出を思い出さなくて済むだろ? 子供は自由だ。閉じ込められた思い出なんていらんのさ」
そう言ってジークは一仕事したとばかりに息を吐くと、子供たちが運ばれた天幕に行くのだった。
目を覚ました子供たちは驚くだろうな。
自分たちの傍にいるのが子熊なんだから。
まぁ帝国兵がいるよりはマシだろう。
「任せたぞ、ジーク」
「おう! 敵が子供たちにちょっかいかけに来たらぶちのめしてやんよ! けど、坊主は平気なのか?」
「平気さ。俺には俺の護衛がいる」
「いささか遅れてしまいましたかな?」
音もなくセバスが現れた。
ジークはそれを見て納得すると天幕に引っ込んだ。
これでこちらの布陣は整った。
あとは前線の者たち次第だろう。
「早く終わればいいんだが……」




