第三百六十八話 双黒の皇子が命じる
「生きてるの……?」
「みたいだな」
呟くシャルに俺は答える。
シャルはハッとして、子供たちに駆け寄った。
かなり衰弱しているようだが、命に別状はなさそうだ。
シャルはホッと息を吐く。
そんなシャルの横を通り過ぎて、俺は前に進む。
正直、血が足りなくて倒れそうだ。けど、まだやることはある。
戦場は混乱していた。
低空を飛行していた飛竜がことごとく落下してきたからだ。
飛竜たちは飛行するのに魔力を使う。それを消されれば、当然飛行にも影響が出る。
第六近衛騎士隊は俺が皇旗を使うと察知して、かなり上空に逃れていたせいか、影響は受けていない。こちらの竜騎士たちも同様だ。
だから今この瞬間。
空でも地上でも優位はこちらにある。
仕掛け時ということだ。
「シャル。俺の声を届かせられるか?」
「うん」
「それじゃあ始めてくれ」
混乱はこちらにもある。
だから混乱を鎮めつつ、意識を敵に向けなくちゃいけない。
「どうだ? ゴードン。お前の切り札は無力化したぞ?」
「……殺せ! 全軍! アルノルトたちを殺せ! 奴らの周りは手薄だぞ!」
そうだ。
俺たちは無理やり少数で敵の殿部隊を突破して、この敵本陣にやってきた。
俺たちの両側にはまだ敵の殿部隊が残っているのだ。俺たちを包囲するには十分な数がいる。
だが。
「戦場にいる全ての将兵に告げる。先ほど何があったか説明しよう。敵本陣には虹彩異色の子供が複数人拘束された状態で暴走していた。意図的な暴走だ。同じようなことが帝国南部でもあった。子供を道具として組み込んだ魔導兵器だ。それを俺たちは帝国の国宝〝皇旗〟で打ち消した。成功していなければ今頃、ここは大惨事だっただろう」
「デタラメだ! 騙されるな!」
「別に信じないならばそれでいい。だが、見捨てられた殿部隊はよく考えろ。知らずに協力した竜騎士もよく考えろ。貴様らに大義はない。普遍的なことを教えてやろう。人は子孫に血を繋ぎ、発展する生き物だ。ゆえに子供は未来だ。その子供を利用し、食い物にすることは未来を使いつぶすということだ。構わないというなら掛かってこい。それを容認する者を俺たちは認めない!」
殿部隊は動かない。
罠が発動しかけたのはわかったはず。詳細はわからずとも、自分たちが見捨てられたのは理解しているだろう。
本来、殿部隊とはそういうものだ。
中には自分たちの命を賭けていた者もいるだろう。だが、命を賭けた代物が非人道的兵器では報われない。
咄嗟に上昇して影響を回避した敵の竜騎士たちも戸惑っているようだ。
敵の嘘なのかどうか。判断しかねているんだろう。
「よくもまぁ、そこまで嘘を並べられるものだな!? 全将兵よ! 惑わされるな! 敵の姦計だ!」
「では、何を使おうとした?」
「なにぃ?」
「使えば勝利が約束される罠は一体、何だった? 俺たちは一体、何を阻止し、殿部隊は何のために戦った? 嘘だと言うなら説明してみろ」
「貴様に説明してやる必要はない!」
まぁ確かに俺にはないだろう。
だが、戸惑う味方を統率するためには必要だ。
咄嗟に妙案が出てこなくて、誤魔化さざるを得ないんだろう。
適当なことを言えば嘘がバレる。
「他者への配慮に欠け、自分中心で物事を捉える。力で奪い、力で従える。周りの声を聞かず、周りが従って当然と考える。はっきり言ってやろう。お前は皇帝には向いていない」
「貴様に何がわかる!? アードラーは略奪者の一族だ! あらゆるものを奪ってきた! その王ならば俺こそがふさわしい!」
自らの正当性を語りだしたか。
馬鹿めが。
今、ゴードンがすべきなのは自分の正当性を語ることではない。
混乱するすべての部下を落ち着かせることだ。
如何に自分が皇帝にふさわしいか。それを語られても困るだけだろう。
それになにより――アードラーの解釈が間違っている。
「確かにアードラーは略奪者の一族だ。奪われていくのに耐えきれず、自らが奪ってすべてを庇護しようと考えた。黄金の鷲の羽の下にいるすべての民を守ると誓って、積極的にその羽の下に多くを取り込んだ。それは否定できない事実だ。だが、アードラーの在り方はお前の言うようなものじゃない」
「貴様がアードラーを語るか!?」
「俺もアードラーだからな。教えておいてやる。アードラーの神髄は〝心服〟だ。自らの在り方で心と誇りを得る。力で脅して屈服させるなど二流。心を奪うのが略奪者としてのアードラーだ。貴様こそアードラーを語るな、ゴードン」
話し合いが通じない相手には侵略もした。
だが、常に大義を意識して動き続けた。
そんなアードラーに膝を折った者たちもたくさんいた。
すべてを力で奪ったわけじゃない。
掲げる理想と在り方で味方を得てきた。
二者択一の状況で、片方は力で奪い、片方は言葉で奪う。それがアードラーだ。
力ですべてを奪うという考え方はアードラーではない。
力も必要。言葉も必要。
当たり前のことだ。どちらかだけでは駄目なのだ。
「それが正しいことだったのかはわからない。だが、アードラーは略奪し、多くを庇護下に置いた。そしてアードラーは略奪したすべての守護者であり続けた。危急の臣下がいれば駆け付け、助けて見せる。理不尽に晒される臣下がいれば、違うとその理不尽を跳ね返して見せる。断じて! 子供を使った兵器を使わないし、そんな兵器のために部下を見捨てはしない! 自国に反旗を翻し、守るべき民に災禍をまき散らすお前がアードラーなどとは認めない! 皇帝にふさわしいと言うなら! ブレない信念くらいは見せてみろ!!」
そう言うと俺は皇旗を高く掲げる。
ゴードンによく見えるように。
「ゴードンに与する兵士たちよ! 少しでも自分たちが間違っていると思うならば今すぐ降伏せよ! 子供を犠牲にした先に守る未来があると信じるならばその場で震えていろ! 今から全軍でその首を取りにいく! 帝国軍、北部諸侯連合軍に所属するすべての者よ! 怒れ! 憤れ! 感情を爆発させろ! その感情は正しい! この大陸で敵を許す者などいないのだから!」
そう言って俺は皇旗を傾ける。
左にいたレオが右手で剣を持ち、旗と交差するように掲げた。
同時に両軍で双剣旗が掲げられた。
兵士たちの士気が最高潮まで高まる。
そんな彼らに俺たちは許しを出した。
「「双黒の皇子が命じる! 逆賊を討て!」」
俺は皇旗を、レオは剣を。
前に振った。
それを合図にして全軍での攻勢が始まったのだった。
最も先に動いたのは北部諸侯連合軍。
先鋒を行くのはローエンシュタイン公爵だ。
その先鋒でローエンシュタイン公爵は雷を纏った拳を掲げる。
そして。
「――殿下のためにぃぃぃぃ!!!!」
双剣旗と共に敵軍に向かっていったのだった。