第三百六十七話 皇旗発動
「全軍に告ぐ! 私の名はシャルロッテ・フォン・ローエンシュタイン! 敵本陣に罠があるわ! できるだけ遠くに撤退を!」
シャルの声を聞き、俺は空を見上げる。
空で待機していたフィンが急いで降りてきていた。
俺は近くの魔導師を呼びつける。
「拡声できるか?」
「すぐにできます」
「そうか、じゃあ届けてくれ」
魔導師が拡声魔法を使ったのを確認し、俺は深呼吸して言い放った。
「俺が行く。諦めるな」
詳しく指示を出している余裕はない。
あとはそれぞれの判断に任せるしかない。
「フィン! 俺を連れて飛べるな?」
「飛ぶだけならなんとか!」
「よし! 真っすぐ戦場を突っ切れ!」
言いながら俺は地面に着地したノーヴァの後ろに跨る。
小型なノーヴァに二人も乗るというのはかなり無理がある。
戦闘はまず無理だろう。
だが、これが一番速い。
「アルノルト様。どうぞ」
セバスがそう言って旗を俺に渡す。
宝物庫からくすねてきた皇旗だ。
予想通りならこれでどうにかなる。爺さんは先天魔法も魔法だって言ってたしな。
「それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
一礼するセバスに見送られ、ノーヴァはフィンと俺を乗せて空に羽ばたいた。
だが、すぐに俺は文句をつける。
「高度を上げるな! 低く行け!」
「ですが、敵の反撃が来ます!」
「気にするな。俺が動くなら護衛も動く」
そう俺が言った時。
ゴードンが拡声魔法で号令をかけた。
「全将兵よ! アルノルトを止めるのだ! 決して前に進ませるな! この作戦が成功すれば、勝利は我らのモノとなる! 我らはアードラーの軍! 欲しいものは奪おうではないか! 勝利も国も略奪者らしく奪っていこう!!」
いかにもゴードンらしい号令だ。
だが、その号令を受けて山から多くの竜騎士が出撃してきた。
作戦の内容もよくわかっていないだろう。
ただ勝つために本陣を守ろうとしている。
彼らとしてはウィリアムが負傷した以上、頼れるのはゴードンしかいない。
そのゴードンが勝利に直結すると言っているんだ。そりゃあ守りに来るだろう。
「殿下! 敵の竜騎士が来ます!」
「止まるな。真っすぐ飛べ」
「狙い撃ちにされますよ!?」
「安心しろ。飛んでいるのは俺たちだけじゃない」
俺たちの行く手を阻もうとしていた竜騎士たちだが、火球の集中砲火を受けて大部分が撤退を余儀なくされていた。
「露払いはお任せを、殿下」
「頼んだ、ランベルト隊長」
「殿下も空の旅をお楽しみください」
そう言って第六近衛騎士隊のランベルトは快活な笑みを浮かべ、竜騎士たちとの戦闘に加わった。
空から第六近衛騎士隊が続々と降下して、敵の竜騎士団の足を止めている。
「指示もしてないのに……」
「指示がなくても皇族を守るのが近衛騎士隊だ」
一々指示を待っていたら皇族の護衛など務まらない。
独自の判断で行動できる力量があり、その権限を与えられているのが近衛騎士隊だ。
彼らに指示など必要ない。緊迫した状況ならなおさらだ。
「殿下! ですけど、敵の弓隊が!」
「狙ってるな、俺たちを」
低空で飛んでいる俺たちに対して、敵の弓隊が狙いをつけ始めていた。
竜騎士では止められない以上、弓隊が頼みの綱だ。
ゴードンの号令を聞いて、周辺の弓隊が続々と集まっている。
本陣前で俺たちを撃ち落とす気だろう。
俺を乗せているノーヴァでは躱せない。
「このまま突っ切ります! それでいいんですね!?」
「学習したじゃないか。進路変更なしだ。急いで駆け抜けろ」
俺の言葉を受けて、フィンはどうにでもなれとばかりに弓隊が待ち受けるルートに向かって真っすぐ突き進む。
だが、そんな弓隊の横から猛スピードで突っ込む黒い鷲獅子がいた。
「構え! よく狙え!」
「ま、待て! 横だ! 横を見ろ!!」
猛スピードで突っ込んできた鷲獅子は、弓隊を文字通り弾き飛ばしていく。
騎馬以上の速度だ。
無防備な側面から突っ込まれたら一たまりもない。
そんなことをしている間に、俺たちは弓隊の上を通過して敵本陣に入った。
ノーヴァは地面に足を突き立てて、地面を削りながら減速する。
荒っぽい着地だ。
だが、間に合った。
「よくやった。竜騎士フィン」
「きょ、恐縮です……」
無事であることにフィンは安堵の息を吐いている。
そんなフィンに苦笑しながら俺はノーヴァの背中から降りる。
すると、俺の横に黒い鷲獅子が着地する。
「やぁ、兄さん。遅かったね」
「大好きな睡眠をやめて駆け付けてやったんだ。むせび泣いて感謝しろ」
一か月以上ぶりの会話だ。
それでも俺とレオは変わらない。
互いに笑いながらシャルがいる場所まで近づく。
「よう、シャル。大変そうだな?」
「逃げて……もうこの子たちは限界なの……」
「知ってるさ。これは二回目だからな」
南部でも同じことが起きた。
結果的に子供たちは無事だったが、それは奇跡以外の何物でもない。
シルバーとして悪魔は討伐できた。だが、子供たちが助かったのはリンフィアの妹が周りの子供たちごと球体に取り込まれていたからだ。
それはただの偶然。
悪魔の討伐が成功しても、多数の子供が死んでいたかもしれない。
そういう意味では俺は間に合わなかった。
だが、それを悔いても仕方ない。
あれ以上の結果はどうあがいても難しかっただろう。
なにせあんなことが起きるなんて誰も予想できなかった。
しかし、だ。
「二回目なら対策の立てようもある」
子供たちの魔力が高まっていく。
すぐに発動させて解放してやりたいが、こちらも発動できるのは一度だけ。中途半端に発動して、暴走が続きますじゃ話にならない。
発動は一時。範囲全域の魔法を打ち消す。できれば一定時間持続させたいが、広範囲で持続させたら俺の血だけじゃ足りない。
だから勝負は一瞬だ。
そんな俺にゴードンの声が届く。
「皇旗を持ち出したところで無駄だぞ! アルノルト! その暴走は打ち消せん!!」
その言葉に俺はニヤリと笑う。
そして左に立つレオへ視線を送る。
心得たとばかりにレオは拡声魔法を使ってくれた。
「試したことがあるのか?」
「通常の魔法ではないのだ! やらなくてもわかる!」
「だから見識が狭いんだ。世の中にはやってみなくちゃわからないことだらけだぞ? そういう風に決めつけるから帝都でルーペルトに後れを取るんだ」
「やかましい! やるというならやればいい! 命を賭ける覚悟があるのか!?」
「それで脅しているつもりか? 命なんてとうの昔に賭けている」
そう言って俺は旗を掲げる。
旗に書かれているのは黄金の鷲。
国宝〝皇旗〟。
皇族の血によって発動する古の法具。
「よく覚えておけ――アードラーは二度も奇跡には頼らん」
自らの庇護に置いた民を必ず守るとアードラーは決めている。
その命が危険に晒されるたびに奇跡を願っていてはキリがない。
奇跡は一度まで。二度目は入念な対策で乗り切る。
守るというのはそういうことだ。
「皇旗――発動!!」
子供たちの魔力が臨界点に達したとき。
俺は皇旗を発動させた。
紐が俺の腕に巻きつき、俺の血を吸っていく。
そして光が一帯を包み込んだ。
眩い光が周囲のすべてを覆い、すべての視界を奪う。
発動範囲は戦場全体。
魔力が大量に込められた俺の血を使えば、その程度は余裕だ。
視界は中々晴れない。
だが、周囲の音は消えていない。
それは吹き飛んでいないということだ。
ゆっくりと視界が戻ってくる。
俺の目の前にはシャルが驚いた表情で座り込んでいた。
その近くでは子供たちが倒れている。もちろん息もしていた。
最高の結果を見て俺はニヤリと笑うのだった。