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第三百六十六話 届いた声




「全軍に告ぐ! 私の名はシャルロッテ・フォン・ローエンシュタイン! 敵本陣に罠があるわ! できるだけ遠くに撤退を!」


 声を聞いたとき、ローエンシュタイン公爵は馬上で荒い息を吐いていた。

 その右手は胸を押さえている。


「公爵! シャルロッテ嬢が!」

「わかって……いる……!」


 なんとか答えながらローエンシュタイン公爵は、ぼやけた視界を治すために何度も頭を振る。

 老体の身で前線に出て、幾度も魔法を使った。その疲れからか、病の発作が迫りつつあった。

 まだ早い。

 まだ終わるわけにはいかない。

 自分の体にそう言い聞かせながら、ローエンシュタイン公爵は馬を前に進める。

 だが、その軽い揺れに耐えることができなかった。

 馬上でバランスを崩し、ローエンシュタイン公爵は馬から落ちかけた。

 近くにいた家臣が慌てて支える。


「公爵!?」

「はぁはぁ……」

「いかん! 発作だ! 公爵を後方へ!!」

「やめろ……いかねばならん……」

「そのお体では無茶です!!」


 そう言ってローエンシュタイン公爵は家臣によって馬上から降ろされた。

 そのまま家臣は後方に運ぼうとするが、ローエンシュタイン公爵は必死に抵抗した。


「儂は……下がらん……!」

「命に関わります!」

「命など、捨てている!!」

「せめて症状が落ち着くまでお待ちください!」

「落ち着いている間に孫娘が死ぬ!! 罠があるのになぜ雷の防壁が本陣に張られている……!? シャルロッテはまだあそこにいるのだ!」


 ローエンシュタイン公爵は這ってでも前に進もうとするが、満足に体が動かない。

 呼吸が上手くできず、視界が曇っていく。

 今ほど自分が情けないと思ったことはなかった。

 本陣に向かって手を伸ばし、届かないことを知って心が軋む。

 それでもと思う気持ちに体がついてこない。

 だからローエンシュタイン公爵は声を張り上げた。


「誰でもいい! シャルロッテを救え! 救ってくれ! 儂とツヴァイク侯爵の孫娘を!」


 雷神と呼ばれ、多くの敵兵を地獄に送ってきた。

 病はその罰だと思っていた。

 自分は殺しすぎたのだ、と。

 だが、シャルは違う。

 虹彩異色として生まれ、周りとの差異を感じながら育った。それでも真っすぐ育ってくれた。それなのに同じ病に侵された。

 早くに両親を失い、敬愛する祖父も失った。

 そして残った自分ももう逝く。

 せめて幸せにと思っていた。

 それなのに。

 こんな結末が待っているなんて。

 認めない。断じて。

 そう思いながら、ローエンシュタイン公爵はなんとか前に進もうとする。

 その時、声が聞こえた。


「俺が行く。諦めるな」


 その声を聞き、ローエンシュタイン公爵は前に進むのをやめた。

 代わりに体を震わせる。

 そして家臣に対して呟いた。


「……掲げよ」

「はい? な、何をですか!?」

「双剣旗を掲げよ……! 殿下の出陣だ……!」


 そう指示を出しながらローエンシュタイン公爵は力を振り絞って、馬を支えとして立ち上がったのだった。




■■■




「怖くないわ……みんな一緒よ……」


 防壁の中でシャルはずっと語り掛け続けていた。

 そんなシャルを排除しようと本陣に大勢の魔導師が現れた。

 その数は見えるだけで二十を超えていた。

 一体、どこにそんな数の魔導師を隠していたのか。

 一人一人の質も悪くない。

 戦線に投入すれば跳ね返すこともできただろうに。

 シャルはそんなことを思いながら、防壁ごしに魔導師たちを睨む。


「これはあなたたちの仕業?」

「いかにも。それは我らの作品だ」


 一人の魔導師がそう答えた。

 その答えにシャルは怒りをあらわにした。


「作品? 子供を何だと思っているの!?」

「道具だが?」


 考えることもせず、魔導師はそう自然に返してきた。

 自分の考えに一切疑問を持っていない証拠だ。

 狂っている。

 そう思いながら、シャルはまずいと思い始めていた。

 狂っているからこそ、行動に迷いもない。

 魔導師たちはシャルの防壁に手を向けた。

 魔法でシャルの防壁を破る気なのだ。


「その程度の防壁で防げるものではないが、威力を抑えられても困るのでな」


 そう言って魔導師たちは魔法の詠唱を開始する。

 だが、その詠唱は即座に中断された。


「ジーク様、華麗に参上!」

「なにぃ!?」


 空から降ってきたジークは、魔導師の頭の上に着地すると、近くにいた魔導師の首を切り裂き、自分が着地した魔導師の首も刎ねた。

 瞬時に二人がやられた。

 そのことによって魔導師たちの標的がジークに切り替わる。

 だが、その間にもう一人がやってきていた。


「ご無事ですか? シャルロッテ様」

「リンフィア……どうして……?」

「そうだ! なぜここにいる!? 爆発に巻き込まれるぞ!?」


 どれくらいで限界に達するのか。

 その情報を持っている魔導師たちとは違う。

 ジークたちにとってここは死地のはずだった。

 だが。


「諦めるなと言われましたので」

「打てる手はないわ! 早く逃げて!」

「坊主はそうでもないみたいだぜ?」


 魔導師と戦っていたジークがリンフィアの横に一度退いてくる。

 そして二人は武器を構えた。


「アル様は策もなしに前には出ません」

「その策が通じるかわからないわ! 今からでも全軍を下がらせて! 彼も止めて!」

「止めて聞くなら苦労はしねぇよ。どっちもな」


 そうジークが言った瞬間。

 空から黒い鷲獅子が舞い降りた。


「馬鹿な! 総大将まで!?」

「前に出ないと気が済まない性分でね」


 そう言ってレオは驚く魔導師を斬った。

 そして戦いが始まった。

 数の上ではレオ達が不利だが、互いに背中を守りながら魔導師たちの数を減らしていく。

 そして一人の魔導師だけが残された。

 黒いローブを被った魔導師、ゴードンの傍にいた魔導師だ。


「驚きですよ。レオナルト皇子」

「何がだい?」

「その愚かさが、ですな」

「よく言われるよ」


 そう言いながらレオはノワールから降りて、ゆっくりと魔導師に向かう。

 魔導師は黒い影を鞭のように操って、レオに向かって攻撃するが、それをレオは一撃で斬り飛ばした。

 魔法を斬るという行為に魔導師は目を見開くが、それでも余裕は消えない。


「大したものだ……だが、あなたには止められない」

「知っているよ。僕に打つ手はない」

「では、なぜ来たと? 総大将が死ねば軍も道連れですぞ?」

「だろうね。けど、僕の兄は打つ手があるようだ」

「ただの蛮勇ですよ。誰も助けられはしない」

「それはどうかな? 僕は兄を信じてる」

「出涸らし皇子を信じると? 自分の命の重さがわかっていないようですな」


 そう言って魔導師は魔法を発動させる。

 レオの周囲を黒い影が覆う。

 そして四方からその影が襲い掛かった。


「馬鹿め! 出来損ないの兄を信じるからこうなるのだ!」

「よかったね。相手が僕で」

「なにぃ……?」


 レオは無傷で黒い影を突破した。

 そして魔導師の懐に潜り込む。


「エルナが相手だったら痛い思いをして死んでたよ。兄さんを馬鹿にされるの、嫌いだからね」

「くっ! どうせ道連れだ! 山の結界に入れない貴様らに逃げ場はない!」

「僕は兄さんを信じてる」


 そう言ってレオは魔導師の首を斬り飛ばした。

 シャルの周りの敵を排除したレオは、ゆっくりとシャルのほうに近づいていく。


「殿下……」

「もうすぐ兄さんが来る。それまで待っていよう」

「なら、せめて殿下だけはお下がりください!」

「今更だよ」


 笑いながらレオは答える。

 そんなレオたちの耳にゴードンの声が届いた。


「全将兵よ! アルノルトを止めるのだ! 決して前に進ませるな! この作戦が成功すれば、勝利は我らのモノとなる! 我らはアードラーの軍! 欲しいものは奪おうではないか! 勝利も国も略奪者らしく奪っていこう!!」


 そう言ってゴードンはアルを止めるために動き出したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おや? ついにアルを認めたのか!? (ついにシルバーの力を使っちゃう?) 子供の爆弾の爆発が先か、アルの魔力を打ち消す魔道具を目的地まで運ぶのが先か、楽しみです!
[一言] 面白い。それだけ。
[一言] 燃える展開 俯瞰視点でも、登場人物視点でもこうまで次が楽しみなのは相変わらず素晴らしい…。
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