第三百六十五話 魔導爆弾
ゴードン軍が山への退避を開始しているという伝令を受けて、レオは本陣に待機させていた精鋭部隊を先陣に送り出した。
敵が山に登り切る前にできる限りの損害を与えるためだ。
「やれやれ……やっと出番か」
そう言って前線に現れたのはずぶぬれのジークだった。
戦の中盤。川を泳いで敵本陣に潜入できるのでは? という思いつきで流れの速い川に飛び込み、おぼれかけたからだ。
「大物ぶるのはやめなさい。川に放り込みますよ?」
「ひどい!?」
ジークの横では不機嫌そうなリンフィアがいた。
本来、ジークが本陣に待機してリンフィアは早々に前線に向かうはずだった。
しかし、ジークが動けなくなったため、リンフィアも本陣待機になっていたのだ。
「戦場ってのは嫌だねぇ……みんなピリピリしすぎだっての」
「あなたが落ち着きすぎなだけですよ」
自らの生死が掛かった状況ではピリピリしても仕方ない。
強者ならいつもどおりに振る舞える。
だが、そんな強者は一握りだ。
そんな会話をしていると二人は最前線に到着した。
これ以上は行かせないとばかりに、敵が防陣を敷いていた。
長槍を構え、集団密集している。
「リンフィア。よく来てくれたわ」
「シャルロッテ様」
前線で指揮を取っていたシャルは、リンフィアの姿を見つけて声をかける。
その顔には大粒の汗が浮かんでいた。
前線でずっと雷魔法を放ち続けたため、シャルは魔力をかなり消耗していた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか平気よ。ただ、少し休憩したいわ」
「わかりました。あの防陣は我々で突破します」
そんな会話をしていると、ジークがタオルを持ってやってきた。
そしてシャルに向かってジャンプする。
「シャルロッテ嬢―!! 汗拭いてあげるー!!」
「あなたの相手は向こうです」
「あー!!??」
シャルに向かってジャンプしたジークは、空中でリンフィアに掴まれて敵陣に放り投げられた。
放物線を描いて、ジークは敵の防陣の後ろに落ちていく。
突然落ちてきた熊によって敵に動揺が走った。
それを見逃さず、リンフィアは剣を槍に変化させて、ゆっくりと防陣に向かっていく。
「全員、私の後ろに。巻き込まれないようにコントロールはできないので」
そう言いながらリンフィアは槍をグルグルと回し始めた。
変わった音が聞こえるわけじゃない。しかし、防陣を支えている兵士たちの瞼がどんどん落ちていく。
極限の緊張状態だ。眠りほどではないが、敵が目の前にいるのに集中できないでいた。
そしてリンフィアはそんな兵士たちを槍で切り裂いていく。
元々、実力に差があるのに眠気に襲われている状態では勝てるわけがない。
防陣に穴が空く。だが、その穴を埋める役割を担う後ろの兵士たちはそれどころではなかった。
「てぇぇぇぇりゃ!!」
槍を振り回し、ジークは後方にいる兵士たちをなぎ倒していく。
まず熊が槍を扱えるという点に驚き、その熊が恐ろしいほど強いということに恐怖する。そしてその恐怖に押されて攻撃しても、小さな体に攻撃を当てるのが難しすぎることに絶望する。
ジークによって防陣の後方は荒らしに荒らされていた。
四方から飛んでくる武器をジークは軽い身のこなしで躱し、見事な槍捌きで敵を沈黙させていく。
その流れにリンフィアも加わった。
二人は敵陣の中央。
四方を敵に囲まれた状態でありながら、敵の攻撃をものともしない。
そして二人に気を取られた隙を見逃すシャルではない。
精鋭部隊を率いて、シャルは敵の防陣を突破した。
そのままシャルは部隊を率いて敵の前線を抜く。
しかし、すでに残っているのは前線の殿部隊だけであり、前線の先はもぬけの殻だった。
「まだ山を登っている途中のはずよ! 周囲を偵察!」
指示を出しながらシャルは敵本陣に足を踏み入れた。
その瞬間。
本陣の中から赤い光が天に上ったのだった。
それを見て、シャルは目を見開く。
その現象は魔導師の魔力暴走に近い。しかし、それとはどこか違うようだった。
「全員下がりなさい!!」
異変に対処するためにシャルは光に向かいつつ、周りにいた偵察兵を下げた。
魔力暴走ならば兵士にできることはないからだ。
そしてシャルは光を発する天幕を見つけた。
慎重にその天幕を開けると、そこにはシャルを絶句させる光景が広がっていた。
「嘘……」
「うー……」
そこにいたのは十人ほどの子供だった。
目隠しと猿轡。
そして十人が拘束具によって一緒に連結されていた。
満足に食事もさせてもらっていなかったのだろう。体はやせ細っている。
すぐに助けようとするが、再度赤い光が天に上る。
それは先ほどよりも大きい物だった。
「暴走が共鳴している……?」
見ただけでわかるほど、子供たちは高い魔力を持っていた。
その中で最も大きな魔力を持つ小さな男の子が暴走している。周りはそれに共鳴しているようだった。
「一人に対して周りが共鳴し、暴走を増幅させているのね……」
分析したシャルは拘束具に触れようとする。
だが、その行動に対して子供が反応して、さらに大きな赤い光が上がってしまう。
刺激すれば今にも爆発しかねない。そんな様子だった。
シャルは周囲を見渡す。
何か情報がないかと思っての行動だった。
だが、そこでシャルは山に巨大な結界が張られていることに気づいた。
「……自爆兵器として使う気ね……」
すでにレオとアルの軍はほとんど前線を突破してしまっている。
今から軍を撤退させるのは至難の業だ。
ここで巨大な魔法が発動すれば、両軍ともに絶大な被害を受ける。
シャルは背中に冷たい汗を感じながら、必死に頭を巡らせた。
だが、どう考えても救う手段が思いつかない。
子供たちは暴走し、怯え切っている。
近づくだけで引き金を引いてしまうだろう。
そんなシャルの前で暴走している男の子の目隠しが外れた。
それを見て、シャルは決心した。
「全軍に告ぐ! 私の名はシャルロッテ・フォン・ローエンシュタイン! 敵本陣に罠があるわ! できるだけ遠くに撤退を!」
そう拡声魔法で告げると、シャルは天幕に雷の防壁を張った。
救うことはできない。ならば現実的判断をするしかない。
少しでも被害を抑えるのだ。
だが、シャルの全力の防壁でも防ぎきることはできないだろう。
だからシャルは自分ごと天幕を防壁に取り込んだ。
暴走である以上、暴走している者が意識を覚醒させれば止めることはできる。
ギリギリまで言葉をかけ続けるつもりだった。
ただ、自分ごと防壁に取り込んだのは別の意図もあった。
「ごめんね……助けてあげられなくて……」
謝罪を口にしながらシャルは男の子を見つめる。
暴走しているせいで、視点は定まっていない。
だが、その目は虹彩異色だった。
幾度も話には聞いていた。虹彩異色の子供が攫われるという事件があちこちで起きていると。
シャルは先天魔法こそ備えていなかったが、高い魔力を持ち、魔法の資質を持っていた。
強力な貴族の娘だから無事だったのだ。
自分にあったかもしれない可能性。子供たちに自分を重ねてしまったシャルは、その場で逃げるという選択肢を取れなかった。
「大丈夫だよ……もう大丈夫だから……」
声をかけても覚醒しない。
それでもシャルは声をかけ続けたのだった。
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「先天魔法を持つ虹彩異色の子供を暴走させて、その周りに増幅魔法を持つ子供で固めておきます。すると暴走した先天魔法が増幅されるというわけですな」
「南部では失敗したと聞いたが?」
「あれは完全な暴走ですし、召喚魔法を増幅させたのが失敗でした。今回暴走させているのは爆発系統の魔法です。戦場を包み込みますよ、爆発が」
喜々としてゴードンに語るのは魔導師だった。
今回の罠の仕掛人にして、魔奥公団の関係者。
ゴードンの下に派遣され、ゴードンが所望した魔導兵器を用意した。
「使い捨ての兵器だ。威力は保証するのだろうな?」
「もちろんですとも。それに増幅魔法を持つ子供というのは珍しくありません。一人一人が強い能力を持つ必要がないというのが、あの兵器の利点でしてね。我々はあれを魔導爆弾と呼んでおります」
そう言って魔導師はさらに特徴を話し続ける。
人を人とも思わない話し方だった。
ウィリアムがこの場にいれば激高して切りかかっていただろう。
それを理解しているから、ゴードンはウィリアムが離脱するまでこれを使うことはしなかった。
いくらゴードンでも子供を兵器利用するという行為には不快感を覚えていた。
それでもそれに手を染めた。
「どれほど汚い手を使おうと、勝たねばならんのだ。戦果がすべてを帳消しにしてくれる」
負ければすべてを失う。
だからゴードンは確実を期すために本陣がよく見える開けた場所に立っていたし、そこから本陣の動きを見逃さなかった。
「ローエンシュタイン公爵の孫娘を放置していいのか?」
「問題ないでしょう。子供たちは恐怖に支配されておりますから」
「万が一がある。始末しにいけ」
「……よいでしょう。こちらの魔導師を向かわせます」
そう言って魔導師が慇懃無礼な態度で一礼したとき。
戦場全体に声が響いた。
「俺が行く。諦めるな」
その声を聞いてゴードンは眉をひそめたのだった。




