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第三百六十四話 皇旗の行方


「ぐぅ……おのれ……母を裏切るか……!」


 血を吐き出したゾフィーアは叫ぶ。

 しかし、コンラートはどこ吹く風だった。

 連れてきた精鋭はすでに近衛騎士隊長たちに拘束されている。

 ゆっくりとコンラートはエリクの下へ歩いていき、ゾフィーアのほうへ振り返る。


「母だと思ったことなんて、一度もないっすよ。母親らしいことをしたことってあるっすか?」


 ゴードンと違ってコンラートはゾフィーアの手で育てられたわけじゃない。

 ゴードンを武人として育てていたゾフィーアは、第二子であるコンラートには無関心だった。

 だからコンラートにとってゾフィーアは母と呼べる存在ではなかった。


「そなたを産んだのは……こなただぞ……」

「だからどうかしたっすか?」

「このっ……! ぐぅ……こなたのたった一つの望み……剣士として死ぬことすら許さないというのか……!?」

「被害者ぶるのはやめてほしいっすね。自分の本望のためにどれだけ犠牲を出したと思ってるっすか? 強敵と戦って死にたいなら出奔して、一人でSS級冒険者に挑めばいいんっすよ。ゴードン兄上に反乱をそそのかし、自分は父上を狙った。結局は復讐心と過去へのこだわりが消えなかっただけっすよね?」

「後ろからの不意打ちをした卑怯者がご高説か……」

「戦場で不意打ちを受けるほうが悪いっすよ。オレは母上の息子である前にアードラーっす。帝国皇子としてやるべきことやっただけっすから、むしろ誇らしく思ってほしいっすね」


 そう言いながらコンラートはエリクに視線を移す。

 エリクは静かに頷くと一言告げた。


「ご苦労」

「まったくっすよ。疲れたっす」

「コンラート……最初から……裏切っていたのか……?」

「裏切りなんて言い方やめてほしいっすね。母より父親と兄を選んだだけっす」

「恩知らずめ……そなたが唆したか!!」


 そう言ってゾフィーアはエリクに剣を投げつける。

 だが、それはアリーダによって弾かれる。

 力なく転がる剣を見て、ゾフィーアは血を吐く。

 そして力なく床に倒れこんだ。

 そんなゾフィーアの視線に皇帝の顔が映りこむ。


「ゾフィーア……」

「憐れむな……」

「お前を妻に迎えたいと言ったとき……ワシは言ったはずだ。嫌ならいいと」

「断れば……ほかの北部貴族を娶る……こなたはローエンシュタイン公爵の娘だ……自分が嫌だからと……他者に押し付けはしない……」


 そうだ。

 かつてはそうだった。

 北部貴族のために自分を捨てると決めた。

 なのに、いつからかそれが変わってしまった。

 どうしてこうなったのか。

 そんな後悔を抱きながらゾフィーアはそっと目を閉じたのだった。


「……」

「お亡くなりになりました」

「……死体は片づけておけ」


 そう言ってヨハネスは疲れたように玉座に座り込む。

 そんなヨハネスの前にコンラートが静かに膝をついた。


「情報を流すためとはいえ、反逆者に与したこと。お許しください、皇帝陛下」

「よい……最初からエリクに聞いていた。ご苦労だった」

「体面の問題があります。処罰をお与えください」

「……ならばしばらく謹慎しておれ。この問題は終わりだ。ワシは疲れた」


 そう言ってヨハネスは深く息を吐く。

 だが、コンラートは畏まった態度を引っ込めて、別の話題を出した。


「じゃあ疲れているところ悪いんっすが、報告があるっす」

「なんだ?」

「ゴードンは魔奥公団と繋がっているっす。その魔奥公団は南部の人攫い組織と繋がっていたようっすね」

「今更、何も驚かん」

「それが……子供を兵器として使う用意があるそうっす。元々、南部で悪魔が現れたのは軍の強硬派が人攫い組織に虹彩異色の子供を利用した兵器を依頼したからっす。そしてその強硬派ってのはゴードンっす」


 コンラートの言葉にヨハネスは顔をしかめた。

 南部で起きた問題が北部にまで尾を引いている。

 子供を利用した兵器という言葉におぞましさを感じつつ、ヨハネスは訊ねた。


「防ぐ方法は?」

「わからないっす。ただ先天魔法の暴走っすから、対策はあると思うっす」

「皇旗か?」


 横で聞いていたエリクが呟く。

 それにコンラートは頷いた。


「魔法ならば魔力がなければ使えん。発動前に打ち消されれば、膨大な魔力を消費する。それで防げるやもしれんな」

「陛下。私が皇旗を北部に運びます」


 そうエリクが申し出た。

 だが、そんなエリクたちのやり取りにアリーダが水を差した。


「陛下」

「なんだ? アリーダ」

「私からもご報告が。実は――皇旗はすでに北部に持ち込まれています」

「……なん、だと……?」


 さすがのヨハネスも目を見開く。

 国宝の一つだ。厳重に宝物庫に保管されていたはず。

 トラウゴットが持ち出せたのは、皇子であったというのと城の中を移動させただけだったから。


「どういうことだ?」

「アルノルト殿下が出発前に必要になるからと持ち出されました。技術大臣と使える物がないかと宝物庫をあさっているときです。技術大臣の作品のいくつかは宝物庫にあったので」

「待て待て……どうやって持ち出した? 警護には近衛騎士が……」


 言いながらヨハネスは気づく。

 なぜアリーダがそれを知っているのか、と。


「私が見逃しました。北部で必ず必要になるとおっしゃられたので」

「儂への報告はどうした……」

「口止めを受けていましたので。どこから情報が漏れるかわからない、と」

「それでは……皇子と大臣と近衛騎士団長が共謀して国宝を持ち出したのか? どういう意味かわかっているのか?」

「重々承知しています。ですが、実際に必要となりました。ちなみに、アルノルト殿下の言い訳ですが、陛下のお手間を省くだけ、だそうです」

「あの馬鹿息子め!! お前もキューバーもだぞ!? アルノルトに戦功なければ罰する!!」

「承知いたしました」


 言いながらアリーダの表情は変わらない。

 この展開を最初から読んでいたアルが戦功をあげられずに終わるわけがないからだ。

 戦功がなければ罰せられるのは子供でもわかる。

 皇帝を黙らせるだけの戦功はしっかり残すだろうとアリーダは思っていた。

 皇旗は強力だが、皇族にしか使えない代物で使える場所も限られる。万が一、必要がなくても帝国にとっては損失にはならない。

 アリーダとキューバーは帝国に必要な存在。遠ざけることはヨハネスにはできない。

 叱責と罰はアルに集中する。

 それがわかるからヨハネスは苛立っていた。

 アルのニヤリと笑う姿が思い浮かぶ。


「まったく……誰に似たのやら」


 言いながらヨハネスはため息を吐くのだった。




■■■




 決戦場であるオスター平原。

 そこで優勢に戦を進めていたのはレオとアルのほうだった。

 全体の崩壊を避けるため、ゴードンは本陣まで下がって指揮に回っていた。

 だが、そのせいで後方軍も敵の攻勢を抑えきれなくなり、ゴードン軍は前方と後方で劣勢に立たされていた。

 そんな中、ゴードンは魔導師を呼び出した。


「お呼びですかな?」

「……あれを使う」

「かしこまりました」


 恭しく一礼して魔導師は準備に取り掛かった。 

 それを見ながらゴードンは全軍に山への退避を命じた。


「勝つのは……この俺だ!」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] もうヨハネスさんはそろそろホームに入れてあげる頃合ですねー。 やった事が全部自分にかえってくる老後って、そうならないように生きていこうと思えます。良いお手本ですね。
[気になる点] アルとアリーダ、技術大臣たちが宝物庫を漁っている場面がちょっと気になる……ssに出来ないかな〜
[気になる点] 皇帝も愚息(策士)の考えは読めない。
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