第三百六十二話 真の主
空の戦いに動きがあった。
レオとフィンがウィリアムを追い詰めたのはわかる。
山に退避する竜騎士団とそれを追撃するレオたちという構図になっているからだ。
しかし詳細はわからない。
「優勢なのは変わらないが、仕留めたのかどうかだな」
「あの竜騎士団の奮戦を見るかぎり、仕留めてはおらんだろうな」
ローエンシュタイン公爵の言葉に俺も頷く。
竜騎士団は必死にレオたちの追撃を防いでいる。
何騎墜ちようと決死の粘りを見せていた。
あれは主君を守るための行動だ。
「やりきれなかったか……」
「残念そうだな? 山に退かせただけでも十分だと思うが?」
「追い詰められた竜騎士団は底力を見せる。怪我ならば治療するという選択肢が残ってしまう。向こうが前線に出ているうちに討ちたかった」
「理想だな」
「ああ、理想さ」
もはや言ってもどうにもならない。
最高の結果とは言えないが、戦線を支えていたウィリアムが山に退いたならば戦局はこちらが優勢となる。
「この機を逃すのも勿体無いか……公爵、敵に圧力をかける」
「承知」
そう言ってローエンシュタイン公爵は前に出ていく。
後方軍にはゴードンがいる。
ウィリアムの敗戦は伝わっているだろうが、そこまで動揺は走っていない。
だが、前方軍は違う。
落ち着かせるためにゴードンに動かれても面倒だ。
ここで攻勢に出させてもらおう。
「中央を軸に右翼前進。敵がこちらの側面に逃れようとするのだけは阻止しろ」
そう指示を出して、俺は敵の動きに目を光らせるのだった。
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後方軍に圧力をかけ始めてから、しばらく経った頃。
一騎の竜騎士が川の上を飛んで、俺たちのところにやってきた。
「お手柄のようだな? フィン」
「すべて殿下のおかげです」
そう言って白い竜騎士、フィンは俺の前で膝をついた。
主戦力であるフィンをこちらに送るとは。
レオは山の本格的な攻略は諦めたな。
「レオナルト殿下より伝令です。敵将ウィリアム、黒竜騎士隊隊長ロジャー、敵の主力である二人は重傷を負って、山に撤退。しかし、敵の竜騎士団が粘り強い抵抗を見せて、追撃は上手くいきませんでした。レオナルト殿下は山にいる軍を釘付けにして、地上軍に攻勢をかけるつもりだということです」
「了解した。こちらもタイミングを見計らって攻勢をかける」
ウィリアムが重傷となれば、連合王国の兵たちは山の堅守に意識が傾く。そうなれば山と地上を分断したようなもんだ。
山からの援護が薄くなれば、ゴードンは挟撃されているだけだ。
劣勢は免れない。
あとはその状況でゴードンがどう動くか。
山の軍を動かすにしても、指揮系統がめちゃくちゃだからゴードンが山に行かないかぎりは難しいだろう。
しかし、そんなことしたら地上軍は崩壊しかねない。
ウィリアムが戦線離脱したことで、ゴードンは手が足りなくなった。
「追い詰めた結果、何が出てくるかな?」
「はい?」
「こっちの話だ。レオはお前のことは何か言っていたか?」
「はい。アルノルト殿下の下に戻れということです」
「山の押さえだけにお前を使うのはもったいないからな」
本格的に攻略する気ならフィンは不可欠だが、押さえているだけなら第六近衛騎士隊とほかの竜騎士で事足りる。
フィンの力は攻めでこそ輝く。
そして攻めの力がいるのはこちら側だ。ゴードンが指揮を取っているし、戦力も少ない。
向こうには猛者が何人もいる。フィンがいなくても突破できるという判断だろう。
「ほかに報告は?」
「それが……ここでよろしいでしょうか?」
「……下がるぞ、セバス」
「かしこまりました」
俺はフィンとセバスと共に後方に下がり、騎士たちに話が聞こえない場所で話を再開した。
「それで? どうした?」
「はい。これはまだ内密にとヴィンフリート様から言われていることです。実は、早々に前線を離れて、レオナルト様の軍の側面に布陣していたホルツヴァート公爵家がレオナルト様につくと使者を出してきたようです」
「ホルツヴァート公爵家らしい立ち回りだな」
ウィリアムがやられたのを見て、好機と判断したか。
抜け目ないことだ。
「それでヴィンは?」
「証拠を求めました。それで向こうが提示したのはエリク皇子の命令書だったそうです。ゴードンにつくフリをして、情報を流せという命令書です」
「ホルツヴァート公爵家の真の主はエリクか。まぁ妥当だな」
驚きはない。
勢力争いを生き残り続けたホルツヴァート公爵家がゴードンにつくというのは不自然だった。
ゴードンにつくしかないという状況でもない。
エリクの差し金ならば納得だ。
エリクが最初から指示していたという証明があり、エリクが庇うならば功労者として迎えられる。直接戦って大きな損害を出したわけでもないしな。
エリクとしても直接戦争に関与していなくても、自分の手柄を示せる。
最初から自分の手のひらの上でした、という流れを作る気だろう。
「自分の手は汚さず、高見の見物をしながら手柄は持っていく。狡い手を使うな」
人のことを言えないが、相当性格が悪い。
これでレオは戦争に勝つだけじゃ圧倒的な戦功とは言えない。エリクのことだ。すでにホルツヴァート公爵家のことは父上に伝えているはず。
宰相あたりが情報を受け取っていたんだろう。
俺たちが北部にいたとはいえ、中央がそこまで焦っていなかったのは敵の内情がわかっていたから。
この終盤での裏切りといい、大きな手柄だ。
「どうされますか……?」
「どうもできんよ。ヴィンも何もできないだろうさ。側面にいる敵が裏切るっていうんだ。受け入れて損はない」
「しかし、帝位争いに関わるのでは?」
「関わるにしても、今はこの戦争に勝つことが大切だ。それに気に食わないって理由で味方を貶めるわけにもいかない。できれば前線に出して死んで来いってやりたいだろうが、ホルツヴァート公爵家はレオの軍の側面にいる。すでに敵を押し込んでいる以上、今から前線に出すとすれば味方の間を抜けることになる。さっきまで敵だった軍が、だ。無駄な混乱を呼ぶ。だからホルツヴァート公爵家に任せられるのは山への押さえくらいだ」
ウィリアムが逃げないように山の後方を押さえておけというしかない。
勝手に動かれても困るし、こちらが待機といっても聞きはしないだろう。
そして山の後方は、この場面ではもっともお零れが転がりこんでくる可能性が高い。
敵の逃走ルートだからだ。
危険もあるが、疲弊した軍と元気な軍。逃走する軍と待ち受ける軍。優勢なのは後者だ。
「まぁ……レオがゴードンを討てばそれで済む話だけどな」
「レオナルト殿下も同じことを言っていました。自分がゴードンを討つと」
「そういうことならやることは単純だ」
「敵を追い詰める、ですね?」
「そうだ。フィン、お前は空からこちらの援護だ。無理して突っ込む必要はない」
「かしこまりました。ですが……単騎で敵に損害を与えてこいと言われれば、やってみせます。まだまだ疲れてもいません」
「わかっている。だが、俺の上にいろ。お前が必要なときが必ず来る。その時、全力で駆けてもらう」
そう言って俺は苦笑した。
フィンはなぜか意気込んでいるが、できればフィンを使うような事態にはなってほしくない。
俺が予想した通りの展開になるということは、俺の兄が落ちるところまで落ちるということだ。
できれば潔く死んでほしい。
だが、それが叶わないだろうなという直感もある。
だからわざわざ帝都から持ってきたのだから。
「セバス、あれの準備を」
「やはり使用しますか……」
「不満か?」
「独断で持ってきたうえに勝手に使うとなると……叱責は免れません」
「覚悟の上さ。父上も成果を出せば文句は言わない」
「だといいのですが……」
セバスはため息を吐きながら後方に下がっていく。
向かうのは俺が技術大臣の失敗作を詰め込んだ馬車。
失敗作の数々は本命を隠すためのモノ。
本命は馬車の二重底にある。
「さてと、じゃあ行きますか」
そう言って俺は全軍に攻勢を命じたのだった。