第三百五十九話 斜めの陣形
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前線の様子がおかしいと感じたのは、少し前からだった。
ウィリアムが姿を見せなくなったのに、敵の士気がまったく落ちていない。それどころか士気は上がる一方だ。
後方に下がって指揮を取っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「本陣を前へ。ローエンシュタイン公爵と合流する」
「はっ! 本陣前進!」
指示を出しながら俺は敵が取ったであろう行動に舌を巻く。
おそらく敵はさらりと高度なことをやってのけた。
「指揮官がいつの間にか変わったな」
「ウィリアム王子の代わりということは」
「ああ、ゴードンが本陣から出てきたんだろう。騎馬主体の北部諸侯連合軍に対してゴードンは相性がいい。一方、レオの軍には航空部隊がいるし、レオ自身も空を駆ける。ゴードンよりはウィリアムのほうが相性はいい」
そうは言っても敵に悟られずに指揮官が交代するというのは高度な芸当だ。
本陣から出てきたゴードンは、ウィリアムが途中までやっていた指揮を違和感なく引き継いだということだ。
他人がやっていたことの後を引き継ぐというのは難しい。
互いのやることをよくわかっていなければできない。
「腐っても親友か」
「では、レオナルト様のところにウィリアム王子が行ったということですな? 大丈夫でしょうか」
「平気だろ。相性という点ならレオにとって、ゴードンよりもウィリアムのほうが相性はいい。バランスの取れた相手だからな」
そんなことを言っていると前線に到着した。
ローエンシュタイン公爵も何かおかしいと思ったのか、攻撃は止んでいる。
「公爵。ゴードンが出てきたぞ」
「やはりそうか……竜王子を縛り切れなかったか」
「総大将を引っ張り出したと考えれば悪くない」
ローエンシュタイン公爵に馬を寄せながら敵陣を見る。
すると、敵の兵士たちが歓声を上げ始めた。
こちらが前に出たのを察して、向こうも前に出てきたか。
「声を飛ばせるか?」
俺がそう問うとローエンシュタイン公爵は魔導師を呼んだ。
拡声の魔法はそこまで難しくはない。だが、戦場では魔力を節約しなければいけない。
ローエンシュタイン公爵にはまだまだ働いてもらう必要があるし、向こうもそのつもりなんだろう。
「準備できました」
「よし……久しぶりだな? ゴードン。帝都以来か?」
俺の声が敵陣に届く。
それに対して声が返ってきた。
「ふん、相変わらず生意気だな? アルノルト」
そう言ってゴードンが馬に乗って姿を現した。
その顔に浮かぶのは余裕。
どうやらまだまだゴードンとしては想定内の状況らしい。
「皇子として生きることを嫌がり、いつも皇子らしくなかったお前が、皇子として北部の諸侯をまとめるとはどういう風の吹き回しだ?」
「今でも皇子として生きるのは嫌いだ。俺はアードラーの一族らしくない男なんでね。だが、万を超える人間に死んで来いと命じるのに個人的主義を優先するわけにはいかない。俺はこの戦争が終わるまでは――アードラーらしくあろうと決めている」
アードラーには人を惹きつける魅力がある。
わかりやすい魅力だ。
それを馬鹿だなと思う俺もいる。だが、そんな馬鹿のほうが好きだという奴らもいる。
北部の諸侯もそうだ。
父上の現実的な判断によって、彼らは苦渋を舐めた。
だから夢を見せる必要がある。
そのためにアードラーらしくあるのが一番だ。
演じるのとは違う。
自分の側面を表に出すといったほうがいいか。
どこまでいっても俺は皇族。
不遜で強欲なアードラーの血が流れているのだから。
「アードラーらしくとはなんだ?」
「俺は諦めない。どんな困難でも必ず最良の結果を求め続ける。この戦争はアードラーの内輪もめだ。だからこそ、アードラーらしく決着をつける」
北部もまとめあげるし、戦争にも勝つ。レオにも手柄をあげさせるし、帝位争いが有利になるように立ち回る。
そして助けられる命は助けよう。
いつもレオがそうしているように。
「笑わせるな! 貴様らに待っているのは最良の結果ではない! 最悪の結果だ!」
「なら見せてみろ。自らが皇帝にふさわしいと反乱まで起こしたんだ。その器を示したらどうだ!?」
「言われんでも示してやろう! 全軍! 攻撃準備!」
ゴードンはそう言って激しい攻撃を仕掛けてきたのだった。
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「右翼後退! 敵の攻勢が強まっています!」
「左翼は善戦中! 押し込んでいます!!」
報告を聞きながら俺は目を閉じる。
頭の中で描くのは空から見た戦場。
今、空から見たらどうなっているのか。それを頭の中で完全に再現する。
「敵軍は右翼に攻撃を集中させているぞ? まだ後退させるのか?」
「まだ後退だ。中央本隊は現状維持。左翼はさらに前進させろ」
「何をする気だ? このままいくと右翼を押し込まれすぎて、本隊の横を突かれるぞ?」
「そんなヘマはしない」
言いながら俺は敵陣を見てタイミングを見計らう。
狙いは敵が右翼への攻撃に本腰を入れた瞬間。
こちらは右翼が押し込まれ、左翼が前進している。
左上がりの斜めを形成しているということだ。
まだこちらは陣形を保っているため、敵は本腰を入れてこちらを潰走させたい。だからどこかで右側に力を注ぐ。
そしてその瞬間が敵の最も脆弱になる瞬間だ。
「来い来い来い……」
敵の本陣を見ながら俺はそう呟く。
その声につられたのか、敵の本陣が少しだけ動きを見せた。
その動きを見逃すほど俺は甘くはない。
「山方面で待機中の第三陣に合図を送れ!! 敵の側面に突っ込ませろ!!」
「了解いたしました!」
こちらが左上がりの斜めになっているということは、敵の左翼は突出しているということだ。
本来、山に守られているはずの側面。その守りから出てしまっている。
そして騎馬主体の北部諸侯連合軍の最大の強みは突撃。
騎馬は走ってこそ。足を止めての攻防は得意ではない。
どうにかして突撃が生きる状況を作り出す必要があった。
そのために斜めの陣形を敷いた。敵が押し込んでくるように。
まんまとゴードンは引っ掛かり、右翼に攻撃を集中した。ウィリアムならまだしも、ゴードンは俺への侮りを捨てきれていない。
だから罠の可能性を疑いつつも、行けるだろうと安易に攻めこんでくる。
その瞬間、敵の意識が右翼を突破することだけに注がれる。
だから横から突撃してきた第三陣への対応が大きく遅れた。
敵の横腹を突き、そのまま敵を蹂躙していく。
それに合わせて、俺は陣形を立て直して敵を押し込む。
「くっ! 撤退! 撤退しろ!」
「撤退できません! 後ろに友軍が!」
「なんだと!?」
敵の叫び声が聞こえてくる。
第三陣は下山してくる敵を牽制するための部隊だった。
それがいなくなれば、敵はチャンスと見て下山する。ずっとその機会をうかがっていたからだ。
だが、そうなると前線部隊が下がるスペースがなくなってしまう。
一時退くということができないため、敵の陣形は乱れに乱れる。
そうなれば待っているのは殲滅だ。
敵の後方軍の先陣。それをさんざんに荒らしまわり、敵が大混乱に陥っているのを見て、俺は第三陣を一時下げる。
「公爵、兵に休息を。向こうは立て直しに時間がかかる。その間に休んでおこう」
「了解した。次はどうする気だ?」
「敵次第だな。もう安易には攻めてこないだろう。また睨み合いだろうさ」
「やはり戦況を決めるのは空か」
「ああ」
そう言って俺とローエンシュタイン公爵は空を見上げるのだった。




