第三百五十七話 暗殺者の最期
「山から弩砲か。しっかり要塞化しているな」
「そのようですな。どうなさいますか?」
「騎馬主体の北部諸侯連合軍では山は落とせんよ。攻めることはできるが、レオ次第だ」
「向こうは向こうで手こずっている様子ですが?」
「そりゃあ簡単には行かんだろうさ」
言いながら俺はセバスと共に後方に下がった。騎士たちがついてこようとするが、考え事をしたいと言って、彼らは遠ざけた。
戦局は膠着状態に入った。
敵後方軍を指揮するウィリアムとローエンシュタイン公爵は睨み合いを続けており、それを打破できる可能性がある山の軍にはこちらが睨みを利かせている。
無理に下山すれば大きな被害を受けるだろう。ハイナ山を取っているからこその膠着状態。その隙にハイナ山を落とされればゴードン軍には勝ち目はなくなる。
ウィリアムもそれはわかっているだろう。
動くなら勝負をかけるときだ。
それまでは細かい手の応酬になるだろう。
たとえば。
「暗殺者の派遣とか、な」
「久しぶりだな。出涸らし皇子」
後ろに下がった俺たちは複数の暗殺者に囲まれる。数は七人。
馬上にいる俺へ、フードを被ったリーダー格の男が声をかけてきた。
その声には聞き覚えがあった。
「ザンドラ姉上の暗殺者か。しぶといな? 生きていたか」
「ザンドラ様の仇は討たせてもらおう」
たしかギュンターとか呼ばれていたか?
魔法を使う暗殺者。俺を暗殺しに来るのは二度目だ。まぁ一度目はそういう命令を受けながら、状況を考えて拉致しようとしていたが。
それだけでザンドラ姉上のことを考えている部下だとわかる。
ギュンターはフードを取る。
顔には大きな火傷があった。
動きがぎこちない。おそらく火傷は顔だけじゃ済まないだろう。
生き残ったというのに危ない橋を渡っているらしいな。
「仇を討ってもザンドラ姉上は戻らんぞ?」
「それでもザンドラ様の名前は残る……ここにいるのはザンドラ様に拾い上げられた暗殺者たちだ……ザンドラ様は命の恩人だった。共に死ぬことはかなわなかったが……お前の首を冥土のザンドラ様にお届けしよう!!」
そう言ってギュンターが俺に向かって飛び掛かってくる。
気迫のこもった突撃だ。
しかし、そんなギュンターの短剣をセバスは難なく受け止めた。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「感心しませんな。気持ちでどうこうなる戦力差とお思いですかな?」
「くっ!」
セバスは静かに告げて、俺を後ろから襲おうとしていた暗殺者に蹴りを放つ。
もちろん届かない。
しかし、暗殺者は何も言わずに膝をつく。
その首には短剣が刺さっていた。セバスが足に仕込んでいた短剣だ。
蹴りの勢いでそれを放ったのだ。
誰にでもできることじゃない。それはギュンターたちの驚く顔を見れば一目瞭然だ。飛ばすのも大変だし、飛ばした短剣をコントロールするのも難しい。
しかしセバスは難なくやる。
暗殺者としての技量に決定的な差があるのだ。
七人の暗殺者が束になってかかっても勝ち目はない。
不意打ちできなかった時点でギュンターたちの負けだ。
「押せ! 一撃でも届けばアルノルトを殺せる!!」
そう言ってギュンターはセバスの動きを制限しようとする。
しかし、セバスはギュンターの相手をしながら近づく暗殺者たちに短剣を飛ばしていく。
すべて一撃。急所に短剣が刺さり、暗殺者は次々に倒れていく。
短剣を投げても、セバスがそれを弾いてしまう。
そして六人の暗殺者がすべて倒れ、残るはギュンターだけとなった。
「ぐっ!」
セバスが振るった短剣をギュンターは肩で受け止めた。
首を狙った一撃を避けられないと悟ったんだろう。
深く肩に突き刺し、セバスの腕を掴んだ。
「やれぇぇぇぇ!!」
そう言ってギュンターが叫び、潜んでいた八人目が俺の背後に現れた。
暗殺の基本は不意打ち。
人間はどうしても見えているものを信じてしまう。
最後の敵に集中するのは仕方ない。
六人の仲間の命をかけた布石。
最後の最後まで出てこないことで、伏兵はいないと思わせた。
良い作戦だ。
「セバスが護衛じゃなきゃ決まっていたかもな」
大きな音がした。
そして気づけばセバスが八人目を斬っていた。
どうやって拘束を脱したのか?
その答えはダランと垂れた右腕にある。
関節が外れていた。
それも複数。
一つの関節を外すというのは珍しくはない。暗殺者ならそれぐらいはできるだろう。
だが、セバスは体中の関節を外せる。しかもそれは着脱自由。外しても筋肉ではめることができてしまう。
どう訓練したらそういう体になるのか。
謎の多いセバスの中でもとりわけ大きな謎の一つだ。
「私を拘束するならば魔法で拘束するべきでしたな」
「お前を拘束できる魔導師が何人いるかな?」
「一人は存じています」
そう言ってセバスはギュンターの前に近寄っていく。
ギュンターはそんなセバスに短剣を投げつけるが、セバスはそれを掴む。
そして短剣の後ろに隠れた炎の短剣をその短剣に投げつけることで相殺した。
「おのれ……! 死神……!」
「その体でよく戦った。もう諦めろ」
「諦めろ……? ふざけるな! 自分の弟が殺されたなら貴様は復讐を諦めるのか!?」
「愚問だな。俺は弟を殺させはしない」
俺の言葉にギュンターが顔をしかめる。
主君を死なせた自分へのあてつけと感じたんだろう。
だが、そういうわけじゃない。
「質問する相手が悪かったですな。アードラーの一族に前提というものは通じません」
「なにぃ……?」
「二者択一の状況で、二者を取ろうとするのがアードラー。大陸で最も不遜な一族。だからこそ――仕える価値がある。あなたもそうだったのでは?」
「……そうだったな」
ギュンターは呟きながら自らの短剣を自分に向ける。
自ら命を絶つ気なんだろう。
それも悪くない選択だ。区切りがつくならそれでもいい。
だが。
「ギュンター。俺を討てばザンドラ姉上の名前が残ると言ったな? だが、俺を討った程度じゃザンドラ姉上の名は残らん」
「……だからどうした……」
「お前は姉上の側近だ。悔いを残して死ぬのは偲びない。だから伝えておこう。ザンドラ・レークス・アードラーの名は消えない。この俺が忘れはしない。どんな形であれ、残してみせよう。大罪人としてではなく、俺の姉として」
「あれほど命を狙われたのに……なぜ……?」
「弟なのでな」
俺の言葉を聞くと、ギュンターはポカーンとした表情を浮かべたあと、声を出して笑いだした。
そしてしばらく笑ったあとに告げる。
「……狂っているぞ?」
「そういう一族だ。どうしようもない一族だ。人の身で神のようなことをしようとしている。それが加速したのはいつからか知っているか? 魔王が現れた時だ。勇者と聖剣という奇跡によって大陸は救われた。だが、アードラーは二度も奇跡には頼らない。いずれ来る災厄に備えるためにより良い後継者と血を求めていった。次も勇者が勝てるとは限らないから――アードラーという一族を鍛え上げたんだ」
来るかもわからないものに備える。しかも何百年もかけて。
どうかしていると人は言うだろう。
だが、アードラーの一族は大真面目だ。
馬鹿げたことをやらせたら大陸において右に出る者はいない。そういう血筋なのだ。
しかし、だからこそ人を惹きつける魅力も併せ持つ。
人は自分にないものを他者に求めるからだ。
「時代を切り開くのはいつだって狂った大馬鹿者だ。アードラーに狂っているなんて褒め言葉だぞ?」
「ふっ……なんて一族だ……」
「お前もその一族に魅入られた。ザンドラ姉上もまたアードラーだった。だから俺は忘れない。お前もそんなアードラーの側近なら忘れられない最期を見せてみろ!」
「出涸らし皇子が……」
言いながらギュンターは笑う。
そして自分に向けていた短剣を握り直し、セバスに向けた。
その短剣に炎を纏わせて、ギュンターは気迫のこもった一撃をセバスに放つ。
二人が交差して、セバスの頬に傷がついた。
「良い一撃でした。名は覚えておきましょう。ギュンター」
「ごはっ……」
ギュンターは血を吐いて膝をつく。
その胸には短剣が刺さっていた。もう助からないだろう。
「……何か言い残すことはあるか?」
「……ゴードンは……怪しい魔導師と……組んでいる……」
「そうか」
「……対策は……あるんだろうな……? これは〝二度目〟だぞ……?」
「もちろんあるとも。ちゃんと用意してきた」
「ふん……さすがザンドラ様の弟……抜かりがないな」
そう言ってギュンターは倒れこむ。
セバスはその姿を見て目を細める。
「暗殺者の忠義を勝ち取るのは難しいことです。最期までザンドラ様のために生きていましたな」
「そうだな……」
呟き、俺はため息を吐く。
二者択一の状況で二者を選びにいくのがアードラー。しかし二者を救えるとは限らない。
より強く、より先へ。
そうやって血筋を強化した結果、魔導師としての完成形である俺が生まれた。
それでも無力感に苛まれる。救えぬ者がいる。
「つくづく思うよ。平民に生まれたかった」
「無いものねだりですな。ほとんどの平民が皇族のようにはなれません。同様に皇族も平民にはなれない」
「そうだな……皇族に生まれた以上は皇族としての責務を果たそう」
そう言って俺は覚悟を決めなおした。
次は兄を討つと。