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第三百五十六話 良い布陣


「くっ! 入られたか!」


 迎撃体勢を敷いたにもかかわらず、敵の突撃を許してしまった。

 このまま好きなように突撃させていたら、後方軍は壊滅する。

 ゴードンは前後で挟み撃ちを受け、逃げることもできないだろう。

 ここで勢いを殺す必要がある。


「各部隊で戦え! 各自ラインを下げろ! 一時撤退だ!」


 ゴードンはあらかじめラインを設けていた。

 指示をわかりやすくするためのものだが、後方軍のラインを下げるというのはレオ側に攻めあがるということだ。

 攻められているのはゴードン軍。味方に押しつぶされるということはないが、それでも窮屈で動けなくなってしまう。

 それでもウィリアムは下がることを指示した。

 その間に自分は竜騎士を率いて敵先鋒隊の足止めに入った。


「雷神・ローエンシュタイン公爵とお見受けした」

「そういう貴様は竜王子か?」

「いかにも。なぜあなたが敵側についたのですか? こちら側は幾度も使者を送ったはず」

「言わねばわからんか?」

「わかりません。ゴードンはあなたにとって孫にあたる。ゴードンにつくのが筋というものではないか!?」


 先頭を駆けていたローエンシュタイン公爵の前に降下し、ウィリアムは敵先鋒隊の足を止めた。

 ウィリアムを無視すれば攻撃を受ける以上、戦うしかない。しかしウィリアムと戦える者などそうはいない。

 ローエンシュタイン公爵はコキコキと首を鳴らしながら槍を構えた。

 敵先鋒隊の強さは奇襲できたという利、そして先陣をローエンシュタイン公爵が務めているという利。これは士気という点と強さという点で利があった。

 単純に強いローエンシュタイン公爵が敵を崩すから、後ろが楽になる。中央が崩れるから両翼も楽になる。

 敵を止めるにはローエンシュタイン公爵を止めるしかない。

 それゆえウィリアムはローエンシュタイン公爵の前に出た。


「言葉で儂を止めようとするとはな。相当困っているようだな?」

「どこぞの皇子のせいで一杯一杯です」

「ふっ……それが答えではないか? そのどこぞの皇子に儂はついた。魅入られたのだ。命を預けるに足る皇子だ。血のつながったゴードンには欠片も感じなかった想いだ。北部の想いは重い。それを背負える皇子はただ一人、出涸らしと蔑まれ、我らも蔑んだ皇子のみ。その皇子が戦に出るという。それを無視すれば我らは貴族としての誇りを失う! どうだ? ウィリアム王子。今からでもこちらに鞍替えしては?」

「嬉しい誘いですが……魅入られたのはこちらも同様! 親友と呼び、いずれ肩を並べて大戦に挑もうと語り明かした! このウィリアムに裏切りの文字はない!! たとえ二人になっても誰にも屈しない!! 戦史に残る大立ち回りをゴードンと演じてみせよう!!」


 ウィリアムは槍を突き上げて雄たけびをあげた。

 それを見て、ウィリアムの後ろにいた兵士たちの士気が一気に上がった。

 ローエンシュタイン公爵はそれを見ながら、動けずにいた。

 何かあると勘が告げていた。

 しかし、両翼が再度突撃を開始してしまった。


「いかん! 退かせろ!」

「覚悟!!」


 左右に視線をやった瞬間。

 ウィリアムはローエンシュタイン公爵に肉薄していた。

 竜の加速を使った突き。

 それをローエンシュタイン公爵は両腕で槍を振るって弾いた。

 ローエンシュタイン公爵とウィリアムの視線が交差し、ウィリアムはそのまま低空で飛行して先鋒隊をかすめていく。

 それを合図としたように、山中から巨大な矢がいくつも先鋒隊に襲い掛かった。


「ちっ! 山に弩砲バリスタがあったか!」


 自分の近くに飛んでくる巨大な矢を魔法で迎撃しながら、ローエンシュタイン公爵は舌打ちをする。

 最初に使ってこなかったのは味方がいたからというのと、おそらく移動式だったから。

 前方に備えていた物を移動させたにしては早すぎる。


「万が一に備えて温存していたか……やりおる!」


 誰よりも先に着いたウィリアムは山を拠点化し、この場での戦いをいくつも想定する時間があった。

 万が一、後方に敵軍が現れた場合に備えて、後方軍を援護できる拠点も作っていた。

 そこに移動式の弩砲が到着したのだ。

 数自体はそこまで多くはないが、時間稼ぎには十分。

 一時撤退した部隊が態勢を整えてしまった。


「両翼の被害は!?」

「突出していた分、狙い撃ちされました! 被害は甚大!」

「一時退くぞ! 山をどうにかしなければ被害が増える一方だ!」


 このまま力攻めをすればそれなりの戦果が期待できる。しかし、それと引き換えに多くの騎士を失う。

 挟撃が成立しているのは、どちらも突破が容易でない軍だから。一方が弱体化すればそこから突破されてしまう。

 そうなれば勝利はもう得られない。

 そもそも主攻は北部諸侯連合軍ではない。ウィリアムを引き付けられたならば、十分な援護になるだろう。


「総大将に伝令! ここでウィリアム王子を引き付ける!」

「はっ!」


 後方に伝令を出しながら、ローエンシュタイン公爵は被害を受けた両翼を下げ、自分も少し下がった。

 そんなローエンシュタイン公爵の目には低空で飛行しながら、兵士たちを鼓舞するウィリアムの姿が映っていた。


「気持ち良い若造ではないか……不出来な孫にはもったいないわ」


 言いながらローエンシュタイン公爵は挨拶代わりに魔法を放つ。 

 それをウィリアムは簡単に避けて見せた。

 それを見て敵の士気はさらに上がる。しかし、それでよかった。

 自分を警戒して、動けなくなればそれでいい。

 敵の士気はウィリアムに依存した士気だ。ウィリアムが前線を離れれば必ず下がる。

 だからウィリアムは動けない。


「老人にもうしばらく付き合ってもらおう」


 経験に裏打ちされた状況判断。

 古強者らしい嫌らしい一手にウィリアムは歯噛みしながらも、動くことはできなかった。




■■■




 レオの本陣。

 そこには次々と情報が入って来ていた。


「ハーニッシュ将軍率いる先鋒隊! 山からの援護射撃に苦戦中!」

「敵軍後方に現れた北部諸侯連合軍! 敵将ウィリアムに動きを止められた模様!」

「側面に回ったホルツヴァート公爵家の軍勢はいまだ動きません!」

「ハイナ山に向かった航空部隊は敵竜騎士隊と交戦中!」


 黙って報告を聞いていたレオは、次の一手を考えていた。

 山を攻略しなければ前に進むのは困難。しかし、山は拠点化されている。空から攻略しようにも敵自慢の竜騎士団が空の道も封じている。


「良い布陣だ。そう思わないかい? ヴィン」

「敵を褒めてどうする。まったく……大体、アルの登場にまったく驚いていない様子だが? 知ってたのか?」

「知らないよ。けど予想できた」

「シャルロッテ嬢に聞いていたと言ってほしかったぜ。気味の悪い双子だ」


 もしもこの双子が敵だったら、連絡の取れない状況で軍レベルでの連携を行ってくるということだ。

 軍師からすれば頭が痛いというレベルの話ではない。

 いきなり敵の援軍が後方に現れたら卒倒してもおかしくない。


「ひどい言い方だなぁ」

「ずいぶん優しく言ったつもりだが? それよりどうするつもりだ?」

「軍師の意見は?」

「空の戦いが終わらんことには山は攻略できん。敵の援護射撃が届きにくい川沿いから攻めるべきだろうな」

「そうだね。けど、敵の防御も厚い」

「第二陣を差し向けるべきだろうな。できれば破壊力のある部隊がいい」

「そうなるよね。じゃあお願いできるかい? シャルロッテ嬢」


 レオの言葉に傍にいたシャルは一礼する。

 そして告げた。


「お任せください。北部四十七家門の力を敵に見せつけてきましょう」

「そういうことなら私も出てよろしいですかな? 殿下?」

「グライスナー侯爵まで出られるのは困る。本陣で指揮をできる奴がいなくなるだろ」

「いいさ。しばらく僕は出ない」

「しばらくかよ……」


 自分が本陣の指揮を押し付けられる未来を簡単に予測できたヴィンは顔をしかめる。

 そんなヴィンに対して、グライスナー侯爵は苦笑しながら告げた。


「お許しを、ヴィンフリート殿。真に北部四十七家門が集結したのです。本陣で指揮を取るだけでは物足りないというもの」

「まったく……無理はしないでくれよ? 最も士気が高い部隊がやられたら挽回できん」

「わかっております」


 そう言ってシャルとグライスナー侯爵は出陣の準備に取り掛かった。

 そんな二人を見送りながら、ヴィンはレオに懸念を伝えた。


「用心しろ。ゴードンは先陣を切る将軍だ。後ろで大人しく指揮を取っているのは何かある」

「僕もそう思っていたところだよ。直下の精鋭もまだ出てきていない。不気味だね」


 二人の視線が敵軍の中央に注がれる。

 いまだにそこに動きはなかったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 友が変容しようとも、ともに誓った想いは変わらないはずだ 切ないねぇ
[一言] ウイリアム、友達なら止めなよ。と言いたい。
[良い点] 北部の想いは重い。 [一言] 戦場に吹く一片の激ウマギャグ!
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