第三百五十五話 工夫と使い道
明日はヤングエースアップ様で出涸らし皇子コミカライズの更新日です!(σ≧▽≦)σ
お楽しみに!!
「さすがウィリアムだな」
角笛の音に混乱した後方軍に突撃をかけて、一気に突破を図るつもりだったが、迎撃体勢をさっさと整えてしまった。
だが、今更止めますというわけにはいかない。
「任せたぞ?」
「お任せを」
騎士の突撃には危険が多い。
俺は後方で指揮を取る手筈になっている。
だから前線でのことはローエンシュタイン公爵に任せるしかない。
俺は立ち止まり、手を振る。
それに合わせてローエンシュタイン公爵が馬をゆっくりと前に進ませていく。それに騎士が続き、左翼と右翼も同様に続く。
北部諸侯連合軍の先鋒が進みだしたのだ。
しかし、その歩みは遅い。
そんな中でローエンシュタイン公爵が号令をかけた。
「我らは双黒の皇子につくと決めた! その障害となる者たちはことごとく弾き飛ばせ! 北部の騎士は退かぬ! 止まらぬ! 恐れぬ! この突撃は我らの新たな未来を切り開く大いなる一歩となる! 喝采をあげよ! 最初の一歩は――意気揚々と行こうではないか!!」
騎士たちが声を張り上げた。
馬の歩みが徐々に早くなっていく。
まるで津波のように。
大きなひと塊が敵軍後方に迫っていく。
しかし、ウィリアムもそれを黙ってみてはいない。
騎兵突撃の最大の弱点は突撃する瞬間だ。
どれだけ鎧で体を固めても、降り注ぐ矢の雨に入っていけば無事では済まない。
敵は弓隊を並べて矢を放てば、それだけで多くの騎士の命を奪うことができる。
騎士が国の主力から外れたのはそれが原因だ。
騎士は精鋭。莫大な時間と労力を費やして鍛え上げられる。それが矢の一本で消えていく。
騎士による突撃は割に合わないのだ。
軍による騎兵突撃は敵の隙をつく形で行われる。敵の真正面から突撃することは稀だ。
しかし、それが騎士であり、常套手段。
戦いのたびに多くの死者を出すから騎士は外征には連れていかれなくなった。
時代遅れと揶揄する者もいる。
確かに時代遅れだろう。魔法が発展し、多くの兵器が誕生した今。
真正面から何の工夫もなく突撃するのは時代遅れだ。
だが。
「時代遅れなら時代に追いつくように工夫すればいい」
一手で駄目なら二手、三手と組み合わせて使えばいい。
まとまった騎士の打撃力は強大な魔法に匹敵する。陣形を吹き飛ばせる威力があるということだ。
それだけで使う価値はある。
弱点は他で補えばいい。
「弓隊準備。手筈通りだ」
「はっ! 弓隊前へ!!」
選抜された弓兵が馬に乗って、一定の距離だけ前に出る。
彼らは各領主が抱える弓兵の中でも、距離を飛ばすことに長けた弓の名手だ。
そんな彼らの矢には変わった形の玉が括り付けられていた。
足の親指くらいの大きさの玉だ。
それが騎士の突撃を助ける。
「構え」
「構えぇぇぇぇ!!」
指示が全体に飛ぶ。
長弓を斜めに構えて、弦を引く。
一瞬の静寂。
俺は敵の様子を注意深く見つめる。
敵も矢を放つタイミングを見計らっている。
ウィリアムが素早く行動したせいで、後方軍には弓隊が揃っている。まとまった矢が飛んでくるだろう。
それを許せば騎士の数が減る。数が減れば打撃力が落ちる。そうなれば突破口を開けない。
つまり。
「負けるわけにはいかないんでな」
呟きながら俺は空から指示を出しているだろうウィリアムが、少しだけ動きを見せたのを見て告げた。
「撃て」
「撃てぇぇぇえ!!」
一斉に矢が放たれる。
一瞬遅れて敵の矢も発射された。
矢はぐんぐん伸びていき、前を走る先鋒隊の上まで差し掛かる。
それはつまり、敵の矢も上に来たということだ。
ただの矢なら防げない。
しかし、あれはただの矢ではない。
「発明品も使い方次第だな」
「まったくですな」
静かに後ろで控えていたセバスが頷いた。
すると矢に括り付けていた玉が少しだけ光りだした。
そして玉は一気に空気を吐き出したのだ。
まるで突風。
それが先鋒隊の上で起きた。
それは風の防壁となって、敵の矢を受け付けない。
元々当てるのが難しい矢にとって、風は天敵だ。いきなりの突風なんてどうしようもない。
矢は軌道を変えられて、先鋒隊とは関係ないところに力なく落ちていく。
玉の名前は〝涼風玉〟。
キューバー技術大臣が開発した不良品だ。
暑い日に涼むための風を出す魔導具のはずだった。しかし、風が強すぎて部屋の家具が吹き飛んでしまうガラクタだ。
しかも一瞬でためた魔力を使うため、風が出るのは一回だけ。使うにはまた充填しないといけない。
もう本当に失敗作だ。
しかし使いどころというのは意外なところにある。
日常では使えないかもしれないが、戦場では使い道があった。
ウィリアムには悪いが、せっかくそろえた弓隊では北部騎士を削れない。
勢いを落とさずに先鋒隊は進み続ける。
まさかの事態に敵が後ずさるのがわかる。
当然だ。前を走るのは雷神・ローエンシュタイン公爵。
次に来るのは子供でもわかる。
轟音が戦場に響き渡った。敵陣に巨大な雷が落ちたのだ。
ローエンシュタイン公爵の雷魔法だ。雷神と呼ばれるだけあって、その威力と範囲は並みの魔導師を軽く上回っている。
本来、あれだけの範囲を崩そうと思えば魔導師が百人単位で必要になる。それを一人でやってしまうのだ。敵からすればたまったものじゃないだろう。
迎撃体勢を整えていた後方軍が乱れる。
その隙に先鋒隊が突撃した。
勢いを緩めずに突撃してきた北部の騎士たちは敵後方軍を蹂躙していく。
ウィリアムとて立て直すのは難しいだろう。
「第二陣、第三陣用意。第二陣は先鋒隊の後に続け。第三陣はハイナ山方面に展開。敵が動く素振りを見せたら、突撃をかけろ。山を下りてきた直後じゃ何もできない」
「はっ! 第二陣! 第三陣用意!!」
指示を出しながら俺は敵の動きを見つめる。
今のところ、こちらが優勢。
あとは敵がどう出るかだ。
このまま終わりはしないだろう。
この程度で終わるなら俺が出るまでもない。
「数少ない強敵と認めているんだ。そんなもんじゃないだろ? ウィリアム」
奇襲を察知し、迎撃体勢を敷いた。
それを突破されて、流れを失ったのが今の状況。
そこから流れを取り戻せない程度の将なら竜王子などとは言われない。
戦はまだ始まったばかり。
何が起こるかはわからない。