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第三百五十一話 決戦場


「お初にお目にかかります。レオナルト殿下。ツヴァイク侯爵の孫娘、シャルロッテと申します」

「初めまして、シャルロッテ嬢。伝令でいきなりお願いごとをして申し訳ない」


 撤退したレオはシャルの挨拶を受けていた。

 山火事が起きたとき、レオは真っ先にシャルへ伝令を出した。

 水魔法による消火を手伝ってほしいと。

 シャルはそれを了承し、追撃をレオに任せて山火事への対処に移ったのだ。


「いえ、火事を放置もできませんから」

「助かったよ。それと援軍も。いいタイミングだった」

「殿下のお力になれたのなら幸いです」


 シャルもまたアルのことを話さなかった。

 情報はどこから漏れるかわからない。

 敵に情報が漏れたら、レオと決戦と見せかけてアルに攻撃をするという流れになりかねない。


「とりあえず包囲を破ることはできた。シャルロッテ嬢、これから敵はどう出ると思う?」


 それはシャルを試す質問だった。

 援軍のタイミングだけでも十分、周りが見えていることはわかっているが、どこまで戦局を読めるのか。

 その能力次第で任せることが変わってくる。


「どういう形であれ、敗戦は敗戦。敵は勝利を欲しています。軍勢を集結して決戦を仕掛けてくるでしょう。複数の戦線を構築するほど敵に余裕はありませんから」


 シャルの答えにレオは一つ頷く。

 それはレオと同じ考えだった。

 状況的にもゴードンの性格的にも、負けたあとに消極的な作戦を取るとは考えにくい。

 ゴードン自ら率いての決戦が最も確率が高い。


「では、僕らはどうするべきだと思う?」

「こちらも戦力を集結させましょう。時間をかければ敵に援軍が到着するかもしれませんが、大軍勢になればなるほど、敵は兵糧に困ります」

「よろしい。それで行こう。君には僕の傍で意見を言ってほしい。いいかな?」

「はい。お任せください」


 シャルを側近に加えることを決めたレオは、全軍に対して城に入るように指示した。

 そしてハーニッシュ将軍へ早馬を出した。

 至急、こちらに合流せよという早馬だ。

 両軍は決戦に向けて動き出したのだった。




■■■




 ヘンリックの敗戦から一週間。

 ゴードンとウィリアムは全軍の再編成にあたっていた。

 二万二千のヘンリック軍のうち、撤退に成功したのは一万五千。七千近くの兵が撤退に失敗した。

 戦場で散った者もいるだろうし、逃亡した者もいるだろう。

 敗北したという事実と七千という損失。それは決して安くはなかった。


「幸いだったのは損失の大半は藩国軍だったことか」


 ゴードンの言葉にウィリアムは何も言わない。

 兵の損失を幸いだったとは言いたくなかったからだ。

 しかし、否定もしない。事実だからだ。

 当初、ゴードン軍に援軍としてやってきた軍は連合王国軍五千、藩国一万五千の約二万。

 そのうち連合王国軍五千と藩国軍五千の合計一万はウィリアムに付き従っており、五千はゴードン、残りの五千はヘンリックと共にウィリアム軍に合流した。

 そこから連合王国軍と一部の帝国軍が離脱し、ヘンリック軍は敗北した。

 しかし、損失を受けた七千の大半は藩国軍の兵士だった。元々士気や練度に劣るというのもあるが、前線に配置されており、対応することもできずに奇襲を食らったのが大きかった。

 逃亡兵も多いだろうが、そこは今考えるべきことではない。

 数こそ減ったが、戦力的にはそこまで減っていない。

 それがウィリアムとゴードンの共通認識だった。


「お前が出る以上、帝国軍はお前に集中したほうがいいだろう。私は連合王国軍と藩国軍を率いる」

「それしかないだろう。連合王国からの援軍は?」

「およそ一万。すべて連合王国軍だ。もう藩国には兵を出す余裕はないからな」

「ヴィスマールの守備を任せていた貴族軍や待機部隊も加えて、総勢六万ちょっとか」


 ゴードンとしては不満のある数字だった。

 元々、ゴードン軍は四万。そこに援軍二万が加わって六万。七千の損失があったとはいえ、一万の援軍で補えた。

 しかし、ゴードンの予定ではさらに帝国中から将軍と軍が加わるはずだった。

 もちろん加わっている軍もいるが、それは予定よりもかなり少ない。

 確保している拠点の維持を考えれば、使える兵力は六万。

 対するレオの兵力は三万から四万。しかし北部貴族が動いているという情報もあり、まだまだ増える可能性がある。


「確実に勝つためには戦場を吟味する必要があるな」

「問題は向こうが乗ってくるかどうかだが。あまりに露骨な戦場は選べんぞ」

「レオナルトの性格的にこの戦、すぐに終わらせたいと考えるはず。多少の不利は飲み込んで決戦に乗ってくる」

「長期戦はこちらも望むところではないからな。兵糧の問題もある」


 そう言いながらウィリアムとゴードンは地図を広げ、どこの戦場でどういう作戦を行うのが有利か。

 そんな話し合いを始めたのだった。

 それはかつて連合王国で幾度も行われた光景だった。

 しばし、その話し合いは続き、やがて一つの場所に収束していく。


「やはりここしかないか……」


 ウィリアムはそう言って地図上の場所を指さす。

 そこは平原だった。

 しかし北は山、南は川に囲まれており、前方に集中することができる地形。

 山を確保しておけば圧倒的な優位を保てる。


「オスター平原……北にあるハイナ山を確保しておけば、勝利は間違いない」


 オスター平原はレオの城とヴィスマールとのほぼ間にある平原だった。

 やや距離的にはゴードンたちのほうが近いものの、この距離ならレオも決戦に応じる可能性は高い。

 両軍数万の兵士が展開するだけの広さもあり、ゴードンたちからすれば最善の戦場といえた。


「問題はレオナルトの誘い方だが……」

「俺があえて動こう。全軍をここに向かわせているように見せる。レオナルトはすぐに戦場を察し、先回りしようとするが、すでにお前が竜騎士団で山を占拠している。その手はずならば問題あるまい」

「乗ってこない場合はどうする?」

「戦略の練り直しだ。だが、向こうとて余裕はない。罠と感じても乗ってくるだろう」

「ならばいい。残りの問題は一つだな」

「うん? ほかに問題があるのか?」


 ゴードンの言葉にウィリアムは頷く。

 そして駒を平原に二つ置いた。

 一つはレオの軍、もう一つはゴードンの軍。

 さらにウィリアムはゴードンの軍の後ろに駒を置いた。


「山と川に阻まれているため、横に逃げるという手段がこの平原ではない。後方を塞がれれば挟撃されてしまう」

「挟撃する軍はいない」

「北部貴族が動いている。油断はならん」

「奴らが動いたとしても、戦場を決めるのはこちらだ。距離を考えても後方に回り込む時間はない。それに山を取っていれば、竜騎士たちの警戒範囲も広がる。それを掻い潜り、後ろに現れるなどありえん」

「たしかにそうだが……」

「心配しすぎだ。万が一、敵が後ろに現れたとしてもどちらかに集中して突破すればいい。とにかく山を渡さなければ、この平原では優位に立ち回れる」


 ゴードンの言うことに間違いはなかった。

 ゴードンたちと対峙する軍の中で、最前線にいるのはレオたちの軍であり、北部貴族の軍はさらに後方。

 ゴードンたちの裏を取るのは現実的ではない。


「ゴードン……確かに私の考えすぎかもしれん。だが、皇帝は動かん。不気味ではないか?」

「皇国と王国の相手に忙しいのだ。軍を使えば、どちらの援軍になるかわからんしな」

「そうだ、その通りだ。だが、あまり自分たちの都合のいいように考えるのは危険ではないか? 皇帝はすでに援軍を送り込んでいるとは考えられないか?」

「軍が動いたという報告はないぞ?」

「帝都での敗戦は、レオナルトともう一人、アルノルトにかき回されたからだ。アルノルトがこの北部に入っているとすれば……何かとんでもないことをするように思えてならない」

「警戒しすぎだ。帝都はあいつの庭だった。しかし、北部は違う。警戒する必要はない」


 そう言ってゴードンはウィリアムの言葉を笑って流した。

 しかし、ウィリアムの顔は晴れない。

 自分たちが優勢に思えるからこそ、どうしても疑ってしまうのだ。

 それをひっくり返す者がいるのでは、と。

 だが、他に妙案が思いつくわけでもなかった。

 結局、ゴードン軍はオスター平原を決戦場と決めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] このゴードンは良いゴードン [一言] ややアルノルトを軽視しているが、基本を守る知性が戻ってきたか?(。。 カラダを蝕む流行り?病と心を蝕む謎病。 良いゴードンなのに不穏な影が消えない…
[良い点] ゴードンが笑った…ダトゥ? ゴードンが意見を聞いて談笑している…ダトゥ? …フラグ怖い…心優しきウィリアムの最後の晩餐にはなりませぬように
[良い点] 少しためて方読んだのに面白くてここまで来ちゃったよぉぉ [一言] フラグビンビンっすね
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