第三百四十八話 曽祖父と曾孫
帝剣城の隠し部屋。
そこに俺は転移した。
「調子はどうだ? 爺さん」
「儂に調子などあるものか。むしろこちらの台詞じゃな? 調子はどうじゃ?」
「ぼちぼちだな」
曽祖父であり、師でもある爺さんの部屋。
貴重な魔導具や魔導書で一杯だ。普通の魔導師なら見ただけで卒倒ものだろうな。
しかし、今回はそれが目当てじゃない。
「ちょっと質問がある」
「質問? 珍しいのぉ。帝都での反乱時ですら儂に頼らんかったのに」
「人目が多すぎたからな。あんたの存在がバレるし、そもそも帝都での反乱はだいたい予想がついた。知恵を借りる必要がなかったんだ」
「ほう? では知恵を借りる事態に直面したか?」
「そうだな。まず聞いておきたいんだが……先天魔法の発動は特殊なのか?」
先天魔法についてはいまだにわかっていないことが多い。
そもそもなぜ使えるのか?
なぜ発現するのか?
そんなところすらわかっていない。
だが、俺の質問に爺さんはすぐに答えた。
「先天魔法とて魔法。発動自体は変わらん。無意識に使えているだけじゃ。あれも魔法じゃよ」
「そうか……なら安心だな」
「なぜそんな質問をしたのか聞かんでおこう。ほかに質問はないか?」
「帝位を勝ち抜いた先人として助言が欲しい。セバスから北部の情勢は聞いているか?」
「聞いておるよ。三男が北部に拠点を作り、北部貴族は中立だそうじゃな?」
「北部貴族をまとめることには成功した。あとは北部の拠点を潰すだけだ」
「なるほど。では何が聞きたい?」
「北部の戦況は膠着状態だった。こんな時、あんたなら何を考える?」
「簡単じゃな。皇帝の暗殺じゃ」
やっぱりか。
最も手っ取り早い後方かく乱。そして逆転の一手。
難易度が高すぎるというのが唯一の難点ではあるが。
「手練れによる暗殺か。ゴードンの母親は近衛騎士隊長に匹敵する剣士だ。さすがに父上も備えているだろうけど……」
「元妃なら皇帝の性格は理解しておるじゃろ。お前ならどうする?」
「……帝都の民に攻撃を仕掛け、陽動とする。父上は自分のお膝下での異変を見過ごさない」
「護衛が薄くなり、そこを突く気かもしれんのぉ。しかし、皇帝の周りには助言者がおるじゃろう。まんまと嵌められることはあるまい」
「そこは心配していない。暗殺が成功することはないだろうさ。問題なのは帝都の混乱だ」
反乱で帝都は混乱した。
俺が寝ている間に落ち着きは取り戻したが、まだいつもどおりというわけじゃない。
ここでさらに大きな混乱が起きれば、各地に影響を及ぼすことになる。
帝都は帝国の中心。物流の中継地点だ。
「北部の戦いが終わったあと、復興には人も物資も大量に必要となる。そのときに帝都が混乱状態では、北部に人も物資も送れない」
「戦場が近ければ家を捨てざるをえん。家をなくした者、職をなくした者、家族をなくした者。大勢出てくるじゃろう。たしかに帝都が混乱するのはまずいのぉ」
他人事といった感じで爺さんは告げる。
爺さんはすでに皇帝ではない。
悪魔に体を奪われたときも、すでに隠居状態だった。
だから皇帝としての責任はすでに手放している。
だが。
「帝都が混乱すればセバスに頼んでも、貴重な魔導書は手に入らないぞ?」
「なにぃ? たしかにそうじゃな……」
ここにある魔導書は爺さんが封印される前に集めていた物と、セバスが探し出してきた物がある。
爺さんは常に魔導書を読んでいるから、すべて読破済み。その知識を使って魔法について研究しているわけだが、新しい本がいらないわけじゃない。
常に欲している。だから爺さんはセバスに新しい魔導書を頼むわけだ。それだけが生きがいといってもいい。
「それは困るのぉ……儂に何をしてほしいのじゃ?」
「シルバーとして帝都の混乱を最小限に抑えてほしい。俺は北部を離れられないからな」
「やれやれ……とうに儂は死んだ身。ここにいるのは偶然じゃ。偶然に頼るようではまだまだじゃの」
「今回だけだ。あとは自分でなんとかする」
「まぁいいじゃろ。帝位争いにそこまで関わることでもあるまい」
そう言って爺さんは俺の頼みを引き受けた。
爺さんが俺に古代魔法を教えたのは、自分を解放したお礼と俺の目的が母親を助けるためだったから。
帝位争いに勝つためじゃない。
今の世は今の世に生きる者たちが力を振るうべき。それが爺さんの考えだ。
知識は貸してくれても、あまり力は貸してくれない。
わかっているからこれまで頼らなかった。
だが。
「爺さん……今回の帝位争いはおかしい。そう思わないか?」
「儂が思うかどうかが大切か? 自分がどう思うかじゃろうて」
「……俺はおかしいと思っている。帝位が絡むと、人が変わる。それは理解できている。だが……今回は異常だ」
「ならばどうする? 帝位争いを中断させるか?」
「今更無理だ。もう……早く終わらせるしかない」
「やることは変わっておらんなら悩むな。しかし、備えはしておくことじゃ」
「わかってる。だから聞いてるんだ。爺さんは悪魔に体を乗っ取られた。古代魔法と共に悪魔を研究していたからだ」
「そうじゃな。だから悪魔の封印されている魔導書に手を出してしもうたのじゃ」
後悔しているという顔で爺さんはため息を吐く。
そもそも爺さんが古代魔法を研究し始めたのは、悪魔の研究を始めたからだ。
対抗手段として有効なのは古代魔法と判断し、それを研究し始めた。
結果的に対抗できなかったわけだが、その研究自体は無駄じゃない。
「五百年前、魔王は確かに勇者に討たれたのか?」
「それは間違いない。どの文献を調べても魔王は討たれておる。そもそもあの勇爵家の先祖じゃぞ? 逃がすわけがない」
「まぁ確かに……じゃあ、その配下はどうなんだ?」
魔王は多くの悪魔を引き連れて魔界から侵攻してきた。
爺さんの体を乗っ取った悪魔もその一人だ。
そしてどういう形であれ、生き残りがいた。
ほかにもいるかもしれない。
「重要な側近はことごとく勇者に討たれておる。執念深さは先祖譲りなんじゃろうな」
「じゃあ強力な悪魔の生き残りはいないのか?」
「そうじゃな。ただ……儂が怪しんでいる悪魔が一人おる」
「怪しんでいる?」
「悪魔、とりわけ魔王軍について調べると必ず名前しか出てこない大悪魔がおる。なぜ名前しか出てこないのか? その悪魔が早々に魔王によって粛清されたからじゃ。勇者の危険性を説いて、撤退を進言したゆえに、の」
「そんな悪魔がいたのか?」
「確かにいた。魔王の参謀にして影の実力者。魔公爵ダンタリオン。勇者の手にかかっていない唯一の魔王の側近じゃ」
勇者が打ち漏らすわけがないという前提で話を進めるなら、勇者に討ちとられていない悪魔なら生きている可能性がある。
だが、魔王に粛清されたと伝わる悪魔が生き残っているというのも不思議な話だ。
魔王の力は絶大だったと聞く。勇者ですら聖剣がなければ勝てなかった。そういうレベルの相手だ。
「確証はあるのか?」
「全くない。しかしダンタリオンは存在した。魔王の側近がもしも生きているなら、ダンタリオンくらいじゃろう。まぁ、粛清されて命からがら生き延びたとするなら、無事ではないじゃろうがな」
「力を蓄え、今になって動き出した?」
「今になって動き出したのではない。もっと前から動き出しておる。もしもダンタリオンが生きており、何らかの野望を持っているならば……儂の体が乗っ取られたのも偶然ではないじゃろ」
そう言った爺さんの顔はいつになく真剣だった。
年寄りの考えすぎと言えなくもないが、帝位争いの異変を考えれば悪魔が関係していると思ったほうがしっくりくる。
実際、爺さんは特殊な形でここにいる。ダンタリオンだって似たような形で生き延びているかもしれない。
そしてもしもそうだとするなら、隠れ蓑があるはず。
「爺さん、一応聞いておこう。悪魔が封印されていた魔導書はどうやって手に入れた?」
「魔奥公団から手に入れた。つい最近見つかった魔導書と聞いてな」
「迂闊だったな」
「まったくじゃ」
呆れながら俺はため息を吐き、爺さんもため息を吐く。
魔奥公団ねぇ。
ここでも名前が出てくるか。
「徹底的に調べる必要があるみたいだな」
「手がかりはあるのか?」
「一応な」
ザンドラ姉上が残した日記には拠点の場所が書かれていた。
内乱が終わればそちらを優先したほうがいいかもな。
「じゃあ、帝都のことは頼んだ」
「もう行くのか? 新しい魔法の構成を考えてみたのじゃが……」
「帰ってきてからな。悪いが、弟が待ってるんだ」
そう言って俺は爺さんに手を振りながらその場を去ったのだった。




