第三百四十五話 混乱の戦場
戦場は混乱していた。
城を包囲していたヘンリック軍の数はおよそ二万。
そこに奇襲を仕掛けたのはレオナルト率いる五千の騎馬隊。
前夜に酒を飲み、自分たちが攻め入る側だと信じて疑っていなかったヘンリック軍は、その奇襲にまったく対応できていなかった。
前線は容易く崩壊し、組織的抵抗がほとんどできていなかった。
加えてヘンリック軍の右翼側からシャル率いる五千の貴族軍が突入してきた。
雷魔法による範囲攻撃を食らい、ローエンシュタイン公爵が現れたと勘違いした兵士たちは恐慌状態に陥ってしまった。
そこに拍車をかけるように、本陣のみの撤退。
各所で立て直しを図っていた将軍たちは、あまりの愚策に罵詈雑言を吐くしかなかった。
それでも彼らは部下を指揮して戦う。負ければ戦犯として命はないからだ。
わざわざウィリアムを排除したうえで負けるなど、あってはならないことだった。
そんな将軍のうち、左翼側にいた将軍たちは比較的混乱の少ない部隊をまとめあげ、中央突破を図るレオの後背を突こうとしていた。
本陣が下がったことで、レオたちもより奥に侵入する必要が出てきた。
そのため左翼から後背に回ることができるようになっていたのだ。
本陣が下がった状況を現場の将軍が利用しただけであり、作戦でも何でもない。
しかし、敵の状況など知らないシャルたちからすれば、それは作戦に思えた。
「中央を突破するレオナルト殿下の部隊が危険です!」
「本陣を下げて、殿下を深く引き入れたか!」
ラースは本陣の後退を敵の作戦とみた。
実際、そういう戦術がないわけでもない。
綺麗に決まれば、奇襲部隊は包囲されて終わるだろう。
しかし、シャルはそんなラースに告げた。
「現場の判断よ。作戦ならもっと上手くやってるわ」
「しかし……」
「それに備えもしてあるみたい。私たちはこのまま本陣を追うわ」
シャルは空を見上げながら呟く。
レオの部隊の後ろに回り込もうとした敵左翼部隊。
そこに竜騎士たちが襲い掛かっていた。
空から見れば敵の動きは一目瞭然。
それを許すほどグライスナー侯爵家の竜騎士たちは甘くはなかった。
そしてもう一つ。
その行動を阻止する部隊がいた。
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「やれやれ……戦場で察しろというのはさすがに無茶ぶりだと思うんだがな」
「ヴィンフリート様を信頼しているのでしょう」
馬に乗りながらため息を吐くヴィンに対して、リンフィアはそうフォローした。
支城を任されていたヴィンは、レオが出撃したのを察知すると精鋭一千を率いて出撃した。
少し遅れたのは準備にてこずったわけではなく、レオがいない間に城に向かう敵やレオの後方に向かう敵を討つためだった。
案の定、敵の左翼はレオの後ろに回り込もうとしていた。
「本陣撤退は作戦でしょうか?」
「どうだかな。ヘンリックは皇子の中じゃ凡庸だが、仮にもアードラーだ。この程度の芸当はできても不思議じゃないな。冷静ならだが」
「冷静ではないと?」
「初陣を終えたといっても、戦場なんてほとんど知らない皇子だぞ? 攻撃する気だったのに、いきなり奇襲を食らってる。しかもレオが先陣だ。命を狙われているということに気づいてしまったら、怖気づくだろうさ」
「では、これは現場の判断ですか。敵にもそれなりの将軍がいるようですね」
「どこまでいってもそれなり止まりだけどな。賢い将軍なら竜王子に頼り切りのゴードンにはつかんし、ヘンリックに指揮権なんて渡さない」
ヴィンは竜騎士たちの攻撃を受け、動きを止めている左翼部隊に弓による攻撃を命じた。
一千で突撃しても乱戦になるだけ。
空に注意が向いている部隊に対して、さらに矢による混乱を与える。
それだけで十分だった。
「うわぁぁぁ!!?? 矢だ! 矢だぞ!」
「くそっ! 竜騎士にも注意しろ!」
ヴィンは空を縦横無尽に駆け回る竜騎士たちを見つめた。
その竜騎士たちの中に白い飛竜はいない。
「レオめ……本陣が下がると読んでたな?」
「ヴィンフリート様。敵が城へ向かっています」
「少数だ。城は落とせん。備えもしてあるみたいだしな」
ヴィンは城を一瞥し、すぐに目を離した。
城の城壁の上。
低空飛行をする第六近衛騎士隊がいた。
魔導杖による集中砲火により、彼らは城に迫る部隊を撃退していく。
あれだけ火力を集中されては、少数の部隊では城に近づくこともできない。
かといって意思決定をする本陣は下がっている。各部隊がそれぞれ対応するしかなく、そうなるとまとまりがない。
散発的な攻撃では状況を変えることはできない。
「このまま嫌がらせを続けるぞ。リンフィア、百人やる。将軍を討ちとってこい」
「十人で十分です。目立ちたくないので」
「それは助かるな」
肩を竦めながらヴィンは、部隊に進路を指示する。
立ち直りかけている部隊に対して攻撃を仕掛け、できるだけ混乱を長引かせるつもりだからだ。
そんなヴィンの部隊からリンフィアは離れて、敵陣に切り込んでいく。
混乱し、逃げ惑う兵士たちの中を縫うようにして駆け、指示を出している指揮官を切っていく。そうしていればそのうち将軍にたどり着くからだ。
大勢はもはや決しようとしていた。
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竜騎士たちは最初からレオの指示で、空から戦場を見つめていた。
敵に動きがあれば、その動きを妨害せよという指示だった。
しかし、違う指示を受けた竜騎士が一人いた。
そんなこととは知らず、撤退する敵本陣は山中に入っていた。
このまま山中を抜け、後方にある街まで退くとヘンリックは決めていた。
ヘンリックは良くレオのことを知っていた。やると決めたらとことんやるのがレオという男だ。
中途半端な攻撃は決してしない。
本陣を狙う以上、あらゆる手を使って狙ってくるだろう。
自らの安全を確保するため、必死にヘンリックは頭を回転させていた。
山中を迂回せずに突入したのは、レオの部隊が騎馬隊だからだ。
平地ではない場所では騎馬の威力は大きく下がる。
また、待ち伏せをするのに山中はうってつけの場所でもある。
待ち伏せを警戒し、追撃の手を緩めることも考えられた。
兵の数はヘンリック軍のほうが上であり、混乱はいつまでも続かない。
現場の将軍が持ち直し、組織として動けるようになればレオは退かざるをえない。
それまで逃げるというのがヘンリックの考えだった。
それは間違った考えではなかった。事実、レオはそれをできるだけ遅くするために、竜騎士隊を空に配置し、ヴィンは混乱に拍車をかけようとしていた。
だが、レオが打った手はそれだけではなかった。
混乱を長引かせると同時に、すべてを素早く終わらせる一手も打っていた。
「はぁはぁ!! 走れ! とにかく走れ!」
自分の護衛たちを急かしながらヘンリックは山を走る。
ギードとはすでにはぐれていたが、ヘンリックにとってそれは大事なことではなかった。
大事なのは自分の命。
だからヘンリックは傍を走る護衛が、空からの雷撃に撃ち抜かれたのを見ても走り続けた。
わかっていたからだ。
最強の切り札をレオが使って、自分を狙いに来たのだと。
「白い竜騎士だぁぁぁ!!!!」
「迎撃! 迎撃しろ!」
「無理だ! こいつ!? 木の間を縫いながら! うわぁぁぁ!!」
空から舞い降りたのはフィンだった。
木を避けながら、フィンはヘンリックの本陣に襲い掛かった。
逃げることに夢中だったヘンリックの本陣は、その攻撃を防ぐことはできなかった。




