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第三百三十九話 北部四十七家門 



 北部貴族がグナーデの丘に張られた陣に集合したのは二日後のことだった。

 北部には四十七の貴族がいる。通称、北部四十七家門。

 そのうち七つの貴族がレオの下へおり、集まったのは四十。

 すでにローエンシュタイン公爵家は戦支度を終えており、その様を見て他の貴族たちも戦であることは察しているだろう。

 問題はどちらと戦うか。

 巨大な天幕に長机が用意され、上座にはローエンシュタイン公爵。そこからズラリと北部貴族が並び、末席にはシャルが座る。その後ろに俺が控えていた。

 シャルが末席なのはあくまでツヴァイク侯爵の代理のため。そして他の北部貴族への配慮のためだ。

 シャルの血筋は北部一。しかし小娘があまりにも大きな態度を取れば不信感を抱く。

 あくまで主宰はローエンシュタイン公爵という形を取った。すべてシャルが決めたことだ。


「皆々様。遠方よりご足労、感謝致す」

「何を申される。今は亡きツヴァイク侯爵からの手紙。そしてローエンシュタイン公爵のご出陣。これを受けて領地に引きこもる者など北部四十七家門には存在しません」

「その通り!」

「公爵! 方針を示してくだされ!」

「北部一丸となって問題にあたりましょう!!」


 次々に言葉が発せられる。

 レオの要請には一切、見向きもしなかった奴らとは思えない反応だ。

 落ち着くのを待ち、ローエンシュタイン公爵は一言発した。


「儂は戦をする。だが、これは儂の決断であって、北部諸侯の決断ではない。今は亡きツヴァイク侯爵は北部諸侯が意見を一致させることを願い、皆に手紙を送った。この状況下、皆はどう見る?」

「ゴードン殿下のふるまいは目に余ります!」

「まったくもってそのとおり! 北部の血を引きながら、北部のことなど微塵も考えておりません!」

「だが、皇帝も皇帝だ! 大規模な戦の経験がほとんどない皇子を寄こし、戦を長引かせている! 早々に皇国と同盟を結び、国内の問題を解決するべきなのに、北部を軽んじている!」

「まったくだ! 姫将軍が北上してくるならば我らも様子見などする必要はなかった! どちらが勝つとも知れぬ状況を作り出したのは皇帝だ!」


 意見は半々。

 しかしゴードンにつくという意見はない。

 あくまでゴードンに付きたくはないが、皇帝にも不満があるという意見だ。

 ゴードンは北部に入った時点で北部貴族と力を合わせるべきだった。しかし、北部に入った直後のゴードンは帝都の敗戦でまともに動ける状況ではなかったらしい。

 そのためウィリアムがすべての指揮を取った。結果、北部貴族との結託はならなかった。

 ウィリアムを責めることはできないだろう。北部に地盤を固めなければ、藩国に逃げ込むしかなくなる。それを避けるためには強引にでも北部貴族の領地を奪うしかなかった。

 結局、他国の王子であるウィリアムの限界だといえるが、ウィリアムだからここまで持ちこたえているともいえる。


「公爵のお考えをお聞きしても?」

「儂の考えか……ゴードンは愛娘の息子。皇族とはいえ孫だ。しかし、血縁など北部の絆に比べれば大したことではない。ゴードンにはつかん」

「では皇帝に?」

「ふん……忌々しいかぎりだ。戦前に娘が久々に儂の前に現れた。ゴードンに助力をと求めてきた。これ見よがしに利を説いてな。儂の娘はあんな醜悪ではなかった。これも後宮などという女の魔窟に入ったからだ。原因は皇帝にある」


 吐き捨てるように公爵は告げた。 

 それを聞いて、一同は困惑の表情を浮かべた。

 今のを聞いて皇帝につくと考える者はいないだろう。

 ゴードンにもつかない。皇帝にもつかない。

 では、誰につくというのか?

 その疑問への答えは公爵の視線の先にあった。

 じっと公爵が見つめる先、そこにはシャルがおり、北部貴族の視線がシャルに向けられ始めた。


「答えはシャルロッテ嬢がお持ちのようだ。お聞かせ願えるか?」

「では、私のほうから提案をさせていただきます。私は現在、ツヴァイク侯爵の名代としてこの場にいます。皆様に手紙を送ったのは私です。私は――北部諸侯連合を結成することを提案いたします。北部混乱の元凶、ゴードンを討つために」

「……それはつまり皇帝につくということですかな?」

「いえ、我々は次代の皇帝につきます。連合の総大将もそれに連なる方に務めていただくつもりです」


 そう言ってシャルが自分の場所を俺に譲った。

 道は整えた。あとは任せたといわんばかりだ。

 たしかにここまでくれば離反する貴族はいないだろう。ほかに道がないからだ。

 公爵の出陣で士気も高い。

 だが、俺が関わっているかぎり士気の低下は否めない。それだけ北部貴族の皇族への不信は大きい。

 だからそれをどうにかしろという無茶ぶりだ。

 無茶で無理だが……シャルが払った対価は大きい。

 否とは言えない。言ってはいけない。


「ほとんどの者が初めましてだろうな。自己紹介から始めよう。帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーだ」


 被っていた黒いフードを取り、俺は北部貴族たちに名乗った。

 その瞬間、怨嗟に満ちた視線が俺に集中した。

 気の弱い者なら声を発することができなくなるほどの圧。

 しかし、その程度は慣れている。


「……出涸らし皇子め!」

「どういうことか? シャルロッテ嬢?」

「そのままです。我々はレオナルト皇子につき、アルノルト皇子を盟主として北部諸侯連合を結成します。戦後も含め、北部が安泰となるためにはこれしか手がありません」


 シャルの言葉に誰も反論はしない。

 次代の皇帝につくという手段は珍しくない。地方一帯で、というのは稀だがないわけじゃない。

 見返りが大きいからだ。

 今の戦況に不満はあれど、レオは北部に配慮しながら戦っている。ゴードンと比べれば雲泥の差だ。そこも反論がない理由だろう。

 だが、反感がないわけじゃない。


「皆、思うところがあるという顔だな。そんなに皇族が嫌いか?」

「嫌い? その程度で済みませぬな。殿下」

「殺したいという顔だな。やってみるか?」

「望むところだ! 皇帝に首を送り付けてやろう!」


 一人の貴族が血気盛んに立ち上がるが、周りの貴族がそれを抑え込む。

 それが答えであり、彼らの強さ。


「どうした? やらないのか? 無理やり振りほどけないわけじゃないだろ?」

「くっ……!」

「……非礼はお詫びしよう。踏みとどまると知って、愚弄した」

「なにぃ……!?」


 俺は軽く頭を下げると、ゆっくりと歩き出した。

 一人一人、北部貴族の顔を見るためだ。


「あなた方は帝国中央より冷遇されてきた。三年前、皇太子が北部国境で亡くなったからだ。悲しみは怒りに変化し、はけ口として北部の貴族に向かったわけだ」


 誰も何も言わない。

 ただ俺の姿をじっと見つめている。


「あなた方はそれに耐えた。矢面にはツヴァイク侯爵が立ったわけだが、それ以外にも辛いことは山ほどあっただろう。それでも――あなた方は何もしなかった。耐えることを選んだ。なぜだ? 代々勇猛な北部貴族にとって屈辱だったはず。反乱を起こすということすら選択肢にはあったはずだ。なぜなのか?」


 長机の端に到着し、俺はローエンシュタイン公爵と目があった。

 その目は鋭いままだが、どこかこの状況を楽しんでいるようだった。

 その目に後押しされ、俺は振り返る。


「答えはあなた方が北部に根付き、北部を守ってきた貴族だからだ。誇りが許さなかった! 北部の地が戦火に焼かれ、北部の民が苦しむことを。だから耐えるという選択をあなた方は取った。しかし……今、その北部の地が戦場となっている。あなた方が屈辱に耐えて守ったものが踏み荒らされている。それで良いのか? 良いわけがない!!」


 俺は自分の胸に拳を当てる。

 彼らは俺によく似ている。

 自分の信念で動いている。譲れない物のために。


「帝国の民は俺を出涸らし皇子と揶揄する。あなた方とてそうだ。そして俺も自分がそうだと思っている。弟に多くのモノを持っていかれた。しかし、俺はゼロではない。無ではない。こんな俺でも残っているモノがある。皇族の責任、弟への責任、民への責任。あげればキリがない。搾り取られたところで残るモノはある。あなた方とてそうだろう? 皇族への忠誠が無くなったって、北部の地を想う心はあるはずだ。皇族への尊重が無くなったって、北部の民を想う心はあるはずだ。それが譲れないから屈辱に耐えた! 見事だ――感服した!」


 かつて贈られた言葉を俺は北部貴族に贈る。

 認められるのは気分がいい。誰であっても、だ。

 耐えていれば、それを認めてほしいものだ。気づいてほしいと思うのは人間として当然だ。

 言葉一つで頑張れるときもある。

 かつての俺がそうだった。

 彼らは耐えることに慣れてしまった。

 北部貴族たちは常に受動的だった。ツヴァイク侯爵が手紙を出さなければ集まらず、ローエンシュタイン公爵が出陣しなければ士気が上がらない。

 意見は言えど、行動はしない。

 強者に追従する姿に強さはない。

 動けば北部一帯に火の粉が降りかかる。その状況が続いたせいだろう。

 どうしても動くことを制限してしまう。

 だが、それではいけない。

 俺が盟主に君臨するんじゃない。彼らが担ぎ上げるんだ。

 自らの守りたいものを守るために。


「耐えるのはもう十分なはずだ! 北部の地が荒らされている! それだけで腰をあげるには十分だ! いつまで殴られ慣れた弱者でいるつもりだ!? 北部が荒らされたとき、なぜ真っ先に立たなかった!? 俺の弟が来るまで静観し、俺の弟が来ても静観している! 北部は誰の地だ!? 皇族の地か!? ならばなぜ耐えた!? 大切ではないなら捨てればよかっただけのこと! 大切だから耐えたのだろう! 北部の民が苦しんでいるのにいつまで腰を落ち着けているつもりだ!? 自らの領地すら守れず、何が貴族だ! 北部貴族の勇猛さはこの地から始まった! 子孫がこれでは先祖も浮かばれないだろう!」

「言わせておけば!!」

「城でぬくぬく育った皇子に何がわかる!?」

「わかるものか! しかし、俺はここにいる! 北部の難題に対して臨んでいる! あなた方は出涸らし皇子に後れを取ったんだ! 俺を出涸らし皇子と笑うなら笑え! 嘲りたいなら嘲ればいい! だが、俺に後れを取るような無能にまで馬鹿にされる謂れはない!! 俺は出涸らし皇子! 帝国中から馬鹿にされる無能者だ! だが俺は――俺を笑ったことのある者が、俺に後れを取ることは許さない!」


 そう言って俺は長机を強く叩く。

 そして最後に告げた。


「号令をかける……敵は反逆者ゴードン! 北部のために必ずや討ち滅ぼす! 北部諸侯連合を結成せよ!! 出涸らし皇子に後れを取ってなるものかと思える気骨ある貴族は! 誇りを持って家名を告げて賛同せよ!!」


 一瞬の静寂。

 真っ先に膝をついたのはシャルだった。


「ツヴァイク侯爵家は殿下に従います」


 それを見て二人の若い貴族も膝をついた。


「ボルネフェルト子爵家。殿下に従います。百騎に満たぬ騎士しかおりませんが、戦場での働きはどの貴族にも負けません。お見知りおきを」

「ゼンケル伯爵家。殿下に従います。先鋒にお悩みなら我が家にお任せを」


 それを皮切りに続々と北部貴族が膝をつき始めた。

 口にするのはすべて前向きな言葉。

 そして最後にローエンシュタイン公爵が膝をついた。


「ローエンシュタイン公爵家以下、北部四十七家門、アルノルト、レオナルト両殿下に従います。殿下に北部諸侯連合の盟主をお願いしたく存じますが、お引き受けいただけますか?」

「引き受けよう。仮初の盟主だ。全権を公爵に委ねる」

「感謝致します。方針として、この場にて戦力が揃うのを待ちます。それと同時に前線に近い貴族をレオナルト殿下の下に援軍として送ります」

「すべて任せる」


 そう伝えるとローエンシュタイン公爵は頷き、すべての貴族に兵を集めるよう伝えたのだった。


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[気になる点] 芝居がかりすぎてはずかしかった
[良い点] ここまで言われたら引き下がれないよね、そしてこの様な演説する人は無能ではない
[一言] この回はうーん……
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