第三百三十八話 ギード出陣
ゴードンの拠点であるヴィスマール。
そこでホルツヴァート公爵家の次男、ライナーは兵糧の管理を行っていた。
優秀という評判に違わず、ヴィスマールの統治にも関与しており、制圧した街でありながら反乱などは起こさなかった。
その優秀さを買われ、二つの戦線を抱え、不規則にヴィスマールに到着する藩国と連合王国からの兵糧を管理するという難しい仕事を与えられていたわけだ。
そんなライナーの下にガチャガチャと動きづらそうな鎧を着たギードがやってきた。
機能性よりも見た目を重視したデザイン。しかもその見た目も士気が上がるものではない。
個人の美意識に何か言う気はないライナーだが、前線に出る貴族が個人の美意識を優先するのは首を捻らずにはいられなかった。
もちろん態度には出さなかったが。
「これは兄上。これから出陣ですか?」
「そうだ! ヘンリック殿下の〝側近〟として出陣する」
側近という言葉をギードが強調する。それにライナーは苦笑を浮かべた。
ヘンリックの周りにはゴードンの側近が控えている。ギードはあくまでおまけだ。
役割としてはヘンリックの話し相手。
実力を買われての抜擢ではない。考えればわかることだ。
ギードは戦場に出たことはなく、功績も立てていない。
普通ならばなぜ自分が? と考えるところだろう。
しかし、ギードはそれを当然のように受け入れる。自己評価の高さがそうさせるのだろう。
優れた血を引く自分が重要な役目を負うのは当然。
そんな心境なのかと考え、内心ではため息を吐く。
「何がおかしい?」
「いえ、戦場に出るというのに怖くはないのかと思いまして」
「怖い? 僕がレオナルトを恐れると? 城に隠れるしかできない奴なんか恐れるに足りないね」
「剛毅ですね」
「僕はホルツヴァート公爵家の長男。当たり前だ! 家を継ぐのも僕だ! お前は失格の烙印を押されたんだ! 自分の非力を嘆いて、せいぜい書類と向かい合っていればいいさ!」
そう言ってギードは高笑いをしながらライナーの部屋を去った。
それを見て、ライナーは鼻で笑う。
あまりにも滑稽だったからだ。
「ホルツヴァート公爵家は代々文官の家系。兄上が頼みとする血には武の才はないんですけどね」
常に帝位争いで賢く立ちまわり、ホルツヴァート公爵家は生き残ってきた。
時には戦場に出ることもあったが、強敵を相手にするようなことは避けてきた。
城に籠っていようと英雄皇子は英雄皇子。短期間で多くの武功をあげてきた皇子を相手にするのは愚策もいいところだった。
意気揚々と出陣するのは馬鹿な証拠。
普通ならとあることを警戒することだ。
「自分が捨て駒だと気づかないとは……我が兄ながら愚かなことだ」
「ライナー様。首尾はどうでしょうか?」
部屋の影。
音もなくシャオメイが現れる。
そちらを振り返らず、ライナーは淡々と告げた。
「ヘンリック皇子と兄上をレオナルト皇子に差し向けた。ウィリアム王子と衝突し、失態を晒すはずだ。脇を固める将軍たちも、元々ウィリアム王子の下につくことを嫌っていた者たちだ。止めはしないだろうさ」
「では、作戦通りということですね?」
「ああ。兵糧を管轄するボクを外すことはない。おそらく父上は戦場の後方に置かれ、兄上の責任を取らされるだろう。ボクらがレオナルト皇子と戦うことはない。すべて予定どおりだ」
「わかりました。第四妃様は?」
「隠密任務だ。詳細はボクも父上も知らない。まぁあの人のことだ。剣にモノを言わせた何かをする気だろうさ。そちらも心配ないんじゃないかな?」
「どうでしょうか? 私にはわかりかねます」
「君にわからないことなんてあるのかい? 殿下の目であり、耳だ。こうしてボクらと容易に接触できる。言っておくが、ここは敵の本拠地だよ?」
「敵の目はレオナルト皇子に向いていますので」
シャオメイの言葉にライナーは肩を竦める。
この侍女は隙がない。精神的な意味で、だ。
だからこそ、こうして様々な勢力に接触できる。
「まぁいい。じゃあ殿下に伝えておいてくれ。ホルツヴァート公爵家はいつでも裏切り……違うな。表返る準備ができています、と」
「かしこまりました」
そう言ってシャオメイは姿を消す。
それを確認せず、ライナーは作業に戻った。
ゴードンにつく気など初めからなかった。あくまで中から切り崩すための工作。
人材の足りないゴードンは怪しんでいても、ホルツヴァート公爵家を使わざるをえなかった。
おかげで重要な位置につくことができた。しかし、今、行動したところで捻りつぶされるだけだ。戦場で生きてきたゴードンは直感で動く。
それは策を弄す者にとっては厄介極まりない特性だ。
動くときはゴードンを確実に追い詰められるときでなければいけない。
「さて、仕事をするか」
そう言ってライナーは真面目に仕事へ取り組み始めた。
決して仕事は手を抜かない。
効率よく前線に兵糧を供給しなければいけないからだ。
万が一、ゴードンがレオに勝った場合。
それはそれでホルツヴァート公爵家の動きも変わってくるからだ。
ホルツヴァート公爵家はそうやって帝位争いを生き残ってきた。
どちらが勝っても得をするように。
どんな手を使っても構わない。
生き残り、存続することこそ正義。
それがホルツヴァート公爵家に代々伝わる教えだ。
「そのためには家族を利用するのも悪くはない……」
呟きながらライナーは嗤う。
幼いころよりロルフの教えを受けてきたライナーにとって、見る者すべてが駒だった。
たとえ兄だろうと……父だろうと。
「帝位の行方はどうなるのかな?」
言いながらライナーは書類を片付けていったのだった。
■■■
数日後。
ヘンリック率いる一万の軍勢がウィリアムへの援軍として前線に到着した。
「僕とレオナルトが決着をつけるときが来たか……」
「はい。ヘンリック殿下。見せつけてやりましょう! 僕らの力を!」
レオが籠る城を見つめながら、ゆっくりとヘンリックとギードは馬を歩かせる。
そんなヘンリックたちを迎えたのは、ウィリアムの部下である竜騎士だった。
「お待ちしておりました、ヘンリック殿下。ウィリアム殿下がお待ちです」
「待っているだと? なぜ迎えに来ない?」
「はい?」
「そうだ! 連合王国の王子とヘンリック殿下が同格だとでも言う気か!?」
ヘンリックはギードの言葉に深く頷く。
その態度に竜騎士は頬を引きつらせるが、強い自制心で怒りは抑え込んだ。
「ご無礼は承知でありますが、ここは戦場ゆえ。総司令官はウィリアム殿下です」
「ふん! 気に食わないな。僕は僕でやらせてもらおう」
「それが一番です。所詮は他国の王子。何を考えているかわかりませんからね」
「……そのままウィリアム王子にお伝えしても?」
「なんだ? 僕がウィリアムを怖がると思っているのか!? 僕はヘンリック・レークス・アードラー! 帝国の第九皇子! ゴードン兄上の弟だぞ!?」
「……かしこまりました」
一礼して竜騎士は下がっていく。
それを見てヘンリックは鼻を鳴らしながら、ウィリアムたちから離れた場所に陣を張るように命じたのだった。
ウィリアムたちの分も含まれた大量の兵糧を持ったまま……。