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第三百三十七話 命をいただきたい



「……北部諸侯連合か」

「はい」

「だが……それを成すためには旗印が必要だ。儂は動けぬ。皇帝の誓約状があれば士気もあげられるだろうが、皇子の誓約状では士気は上がらぬだろう」


 前回、北部諸侯連合が敗北したのは士気の低さとまとまりのなさからだ。

 そこをウィリアムに突かれた。

 前回よりも数をそろえて出陣したとしても、そこを解決しなければ二の舞だ。


「……説得します。私が」

「……説得する時間はない。北部貴族を集め、会議を開いたら、すぐに戦いの準備を始めねばいかん。そうだな? アルノルト皇子」

「そうだ。時間はない」

「では、どうする……?」


 試すような口調でローエンシュタイン公爵は訊ねてくる。

 シャルではなく、俺に訊ねてきたのは孫への最期の愛情だろう。

 答えはとても残酷だ。

 シャルが提案する北部諸侯連合を成立させる方法は一つ。


「公爵の命を――いただきたい」

「やはり……それしかないか……」


 シャルは何も言わない。

 ただ震える手で公爵の手を握る。それを公爵は強く握り返した。


「この儂に面と向かって死ねという若造がおるとはな……」

「公爵が出陣すれば北部諸侯連合は成立する。士気も大いに上がるだろう」

「その代わり……儂は間違いなく死ぬ。その程度はわかる。生まれ育ったこの領地で死にたいと思っていたが……それは許さぬと?」

「家族に囲まれ、穏やかに天に帰る。それも良い死に方だ。しかし……余力を残して死なせてやれるほどこちらに余裕はない。その命、最期の最期まで絞りつくしてほしい。北部のために」


 北部のために、か。

 都合のいい言葉だ。

 北部のために娘すらささげた男に、最期の時間すら寄こせと言う。

 なんて横暴なのか。

 安静にしていれば半年、もしかしたら一年、あるいはもっと生きられるかもしれない。だが、この体調で馬に乗って出陣すればどれほど寿命を縮めるか。

 戻ってこれないと覚悟しての出陣になるだろう。

 戦場で死ぬのが誉れという者もいるが、すでに軍を引退した老人だ。

 わざわざ引っ張り出して、戦場で死なせるなんて惨いにもほどがある。


「シャルロッテ……儂はこの家と北部にすべてを捧げた。それは……よくわかっているな……?」

「はい……」

「では聞こう……安静にゆっくりと死ぬ祖父と……最期まで覚悟を決めて戦う祖父……どちらが好きだ……?」

「お爺様……」

「公爵……」


 ローエンシュタイン公爵はシャルに決めさせようとしている。

 それに驚いて俺は顔を歪めるが、それを見て公爵は笑う。


「すべての責任を貴様に押し付けようと思っていた……だが……皇族の意向で戦うのは癪だ。最期くらい……家族の意見で戦いたい。儂の命は……家族のものだ」

「……私は……北部を守り続けたローエンシュタイン公爵を尊敬しています……どうか……雷神として北部を守る姿を見せてください……この目に焼き付けます」

「相分かった……アルノルト皇子……儂の命、上手く使う自信はあるか?」

「……もちろん」

「ならばくれてやろう……北部の貴族たちに知らせを触れ回れ……ローエンシュタイン公爵が出陣すると、な」


 そう言ってローエンシュタイン公爵は壮絶な笑みを浮かべた。

 死を覚悟した人間の笑みだ。

 横ではシャルが静かに泣いている。

 自分の決断で祖父を出陣させるのだ。無理もないだろう。

 そんなシャルの頭にローエンシュタイン公爵は手を乗せると、よろけながらベッドから出た。


「さぁ……戦じゃ!!」


 そう言ってローエンシュタイン公爵は部屋の扉を開け放つ。

 外では護衛が膝をついていた。

 彼らに公爵は大声で告げた。


「出陣準備! 儂と共に死にたいという古株どもにも声をかけよ! かき集められるだけの戦力を集めよ!」

「はっ! かしこまりました!」

「アルノルト皇子……どこで会議を開催する? ふさわしい場所はどこだ?」

「グナーデの丘だろうな」

「……悪くない」


 そう言ってローエンシュタイン公爵は先ほどまでベッドで疲れ果てていた老人とは思えない足取りで歩いて行った。

 グナーデの丘は北部の聖地といってもいい。

 五百年前。

 北部を荒らした悪魔の一団に対して、北部の騎士たちが決戦を挑んだ場所だ。

 犠牲は多かった。しかし北部の騎士たちは独力で悪魔を退けた。

 北部の強さの象徴。

 北部諸侯連合を作るならこれほどうってつけの場所はないだろう。

 手紙を受け取った貴族たちはおそらく、もうローエンシュタイン公爵領に入っている。

 ローエンシュタイン公爵がどう動くか見守っているだろう。

 それだけローエンシュタイン公爵は北部にとって重要人物だということだ。


「……大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない……」


 ローエンシュタイン公爵を見送ったあと、俺は部屋に戻る。

 そこではシャルがベッドに手を当てて目を瞑っていた。

 声は涙声だ。


「何かできることはあるか?」

「……ないわ。行って……温もりがなくなったら……切り替えるから……」

「……わかった」


 古代魔法をいくら使えても、病を治すことはできない。

 どれだけ権謀術数を身に着けても、涙を止めることはできない。

 俺は静かに部屋を去った。


「無力だな……俺は」

「だからここにいるのでは? 一人で何でもできるならあなたはここにいる必要はない。無力ゆえに、マシな未来を掴むために走っているのでしょう? これまでも、これからも」


 いつの間にか後ろにいたセバスの言葉に俺は苦笑する。

 そうだ。

 無力だから俺はここにいる。

 止まって何でもできるほど万能ではないから。


「行くぞ。北部貴族を束ねて……ゴードンを討つ」

「はっ」


 そう言って俺は歩き出したのだった。











 


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― 新着の感想 ―
[一言] 母上のも侯爵のも公爵のもシャルのもぜんぶ黒幕による呪い?
[良い点] ローエンシュタイン公爵かっこいいよ... [一言] ローエンシュタイン公爵には長く生きてほしかった
[一言] 今回の一連の説得でのアルの言い分ですが、シャルには皇族ではないと言っていたら皇族の責任があるとかいいだすし、手紙の偽造も、結局ローエンシュタイン公爵が出ることで北部貴族の招集がなくなったが、…
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