第三百三十五話 頑なな理由
「北部も家も守られるか……」
ローエンシュタイン公爵は呟き、ひじ掛けに手をかけた。
こちらの手札は晒した。
状況だけを考えるならローエンシュタイン公爵は俺の提案を受け入れるだろう。
北部貴族たちは当初、レオに加勢しなかった。皇族に対する嫌悪感があったというのもあるし、加勢しても旨味がなかったからだ。
ゴードンは帝都で敗北して勢いを失っていた。そんなゴードンへの対応策は包囲による持久戦。美味しいところはいずれ北上してくるリーゼ姉上が持っていく。
手柄を立てる機会もないなら参戦するまでもない。多くの貴族が何かしらの理由をつけて、レオの参戦要請を断った。あの時はレオが優勢だったからだ。
だが、状況は一変した。
あれよあれよという間にウィリアムはゴードン陣営を立て直し、レオは劣勢に立たされ、北部貴族は加勢するタイミングを失ってしまった。
しかも劣勢の原因はレオに加勢していた北部貴族たちの敗走。
今更加勢したところで、参戦が遅れたこと、劣勢の原因の二つで難癖をつけられるのは目に見えている。
だから北部貴族は動かなかった。
しかし、俺の提案によって北部貴族は水面下で動いていたことになる。
これによって参戦の遅れは問題ではなくなるし、俺の手柄をそのまま譲ることによって劣勢の原因となったことも帳消しにできるだろう。
あとはゴードンを討伐するのに力を貸せば、皇族の大恩人。これからの好待遇は間違いない。
「すべて思うがままという顔だな?」
「そうでもない。すべて思うがままなら俺は今頃、帝都で寝ているだろうからな」
ここにいること自体が俺の意に反している。
それを伝えるとローエンシュタイン公爵は鼻で笑った。
「いい加減な男だ。今、ここで儂と話しているのが不本意だと言うか?」
「もちろん。レオが窮地でなければ北部に来る気はなかった」
言質は取ったと言わんばかりにローエンシュタイン公爵は目を細めた。
それを見て、俺は肩を竦める。
向こうが望む答えを口にしたからだ。
「窮地にあるのは貴様の弟であり、貴様は何をしても弟を助けたい。そうだな?」
「その通り」
「そのために我らの力が必要となる。ならば交渉の主導権は我らにあるというわけだ」
「ゴードンにつく道があると思っているのか?」
「暴君にはつかん。だが、連合王国の竜王子は傑物だ。北部の安堵を条件に協力するのも悪くない」
「ゴードンではなく、竜王子と交渉するか」
なくはない手だ。
皇族が嫌いならば帝国から離れるのも一つの道といえる。
幸い、連合王国は藩国にも自治を認めている。そのパターンで北部を統治するということも可能といえば可能だ。
北部貴族が全員寝返ることになれば、北部国境も持たない。藩国と連合王国の軍がやってくる。また情勢は変化するだろう。
だが、その手をローエンシュタイン公爵は取らないだろう。
そうなった場合、帝国はなりふり構わなくなる。
皇国と多少不利な条件でも不可侵条約を結び、リーゼ姉上が北上するだろう。
それでだめなら聖剣の使用すら考慮するはず。
そうなった場合、北部は徹底的に蹂躙される。大軍同士がぶつかりあう最前線となるからだ。
北部のことを想い、冷遇に耐えてきた北部貴族がその結末をよしとはしないだろう。
彼らにはもう皇族への忠誠心はない。だが、領土と民を守るという誇りまでは失っていない。
それを失っているならさっさとゴードン側についているはずだからだ。
あえてそのことを示唆したのは、交渉を有利に進めるため。
さすがに簡単に受け入れてはもらえないな。
「望みはなんだ?」
「望みなどない」
「それは異なことを。ならばなぜ竜王子との交渉を示唆した?」
「貴様が思うとおりにはならんと言うことだ」
「俺はもっとも北部の民が被害を受けない方法を提案したつもりだが? 何が気に食わない?」
ローエンシュタイン公爵は俺と話をしながらも、常に俺を観察している。
その目に映るのは疑心。
ローエンシュタイン公爵は俺を信用してはいない。だから交渉がまとまらないわけだ。
どうにかして信用されなければ、この交渉はまとまらない。
本来、ツヴァイク侯爵に間へ入ってもらうつもりだった。それが一番信用を得られるからだ。今、それが使えなかったことのツケが回ってきている。
「儂が気に食わないのは貴様だ。儂は皇族を信用してはおらん。ましてや皇帝によく似た皇子など論外だ」
「約束を破ると思っているのか?」
「すでに約束は破られている。儂が娘を皇帝の妻に送り出したのは、北部に何かあった場合の保険だった。それがどうだ? 北部貴族は皇太子の死の責任を被せられ、冷遇された!」
「そのことは皇族の罪だろう。だが、あの時、皇帝にはやるべきことがたくさんあった。北部の問題を置いておくことしかできなかったことは、公爵とてわかるはず」
すでにあの時、権力の委譲は始まっていた。
それなのに委譲相手が死んでしまった。父上はもう一度、帝国を自分の下にまとめあげるために奔走しなければならなかったわけだ。
もちろん、理由はそれだけじゃない。皇太子の救助が間に合わなかったことを父上はきっと心のどこかで恨んでいた。
だから精力的には動かなかった。手が空くまで放置したともいえる。ほかにもやるべきことは山のようにあったから。
そしてローエンシュタイン公爵はそれが許せない。
「そんなこと関係あるものか! 娘は若くして北部一の剣士と名を馳せ、剣の道に生きることを望んでいた! 妻を早くに亡くし、一人で育てた子供たちだ! 幸せになってほしかった! 夢に生きてほしかった! それでも儂は娘を差し出した! すべて北部のためを思ってのことだ!」
第四妃を妻にしたとき、父上はまだ皇太子だった。
とはいえ、ほぼ権力の委譲は終えており、即位まであとわずかという段階だった。
ほかにも妃がおり、恋愛結婚というわけでもない。
血筋の強化と権力の安定。完全なる政略結婚だ。
剣士として生きることを望んだ第四妃にとって、女として利用されるのは屈辱的だっただろう。
だが、公爵の娘というのはそういうものだ。
喜んで皇帝の妻になる貴族の女性は大勢いる。普通じゃなかったのが悲劇だったといえるだろう。
「娘を送り出すとき、儂は北部のことをよろしくお願いしますと頭を下げた! それを了承し、娘を妃としたにも関わらず、北部のことを顧みない皇帝とその息子! どう信じろというのだ!?」
「信じる信じないは別として、他に道がないことは公爵が一番わかっているはずだ」
「貴様が約束を破ればどうなる? 手柄を必ず譲ると誰が保証する? 貴様は今、弟のために北部諸侯の力が欲しい。だが、戦争が終わればどうだ? 次に欲しくなるのは帝位争いを勝ち抜くための手柄だ。貴様が躍進することは弟にとって大いにプラスとなるだろう!」
「そんなことはしない。俺が躍進することによって票が割れる。北部貴族の信頼も失う。そんな馬鹿なことはしない。あなた方のために動き、あなた方の支持を取り付けたほうがいいに決まっている」
「口では何とでも言える!」
おかしい。
あまりにも頑なすぎる。
これ以上、引き伸ばしても公爵にメリットはないはずだが。
「儂と交渉したくば、皇帝自らか宰相を連れてこい! 誓約状を書かさねば信用などできぬ!」
「無茶を言うな。この情勢下でどちらかが帝都を離れるなどありえない」
「では誓約状を持ってこい。貴様が知恵を働かせ、北部のために誓約状を持ってくる。それが儂の望みだ」
そう言って公爵は話は終わりだとばかりに椅子から立ち上がる。
だが、一瞬だが公爵がよろけた。
咳をこらえるような仕草のあと、公爵は何事もなくその場を立ち去っていく。
「お爺様! 待ってください!」
その後をシャルが追っていくが、ローエンシュタイン公爵は相手にしない。
シャルは大事な息子の娘にして、盟友の孫でもある。
ローエンシュタイン公爵にとっては大切な存在だろう。
それは交渉の前に見せた怒りからもわかる。
だが、今はあまりにもそっけない。
「どう見る?」
「アルノルト様が考えているとおりかと」
「……そうか」
俺はセバスの言葉を聞き、踵を返した。
おそらく公爵は病だ。
だからこそ、明確な物証を必要としている。
自らが亡くなったあとのために。




