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第三百三十四話 偽造手紙




 驚いた。

 俺を皇子と見破ったことじゃない。その程度ならやるだろうと思っていた。こうまであっさりバレるとは思わなかったが、いつまでも欺けるとも思っていなかった。

 驚いたのは俺の名を正確に口にしたことだ。


「情報が漏れていたか? 俺は帝都で寝ていることになっているはずだが?」

「ただの推測だ。北部での戦闘が始まる前、貴様の弟が儂のところにやってきた。少数の近衛騎士だけを連れて極秘に、な」

「なるほど。その時のレオとの比較で俺だとわかったか」

「それもある。しかし、貴様の弟が言っていた。戦争が長引けばいずれ兄が来ると。あなたの説得は兄に任せると言っていた。だからすぐにわかったのだ」

「余計なことを……」


 はぁとため息を吐き、俺は髪をくしゃくしゃとする。

 レオが来ていたことに驚きはない。むしろ来て当然だろう。それだけローエンシュタイン公爵は重要な立ち位置にいる。

 だが、俺が来ると言い残したのは驚きだ。

 戦争が長引けば、それだけ俺が起きる確率も高くなる。

 帝都にいる皇族の状況を考えれば俺が来るという予測もできるだろう。

 だが、ローエンシュタイン公爵の説得に来るかどうかは予測だけじゃどうにもならない。

 俺が素直に軍を率いてくる可能性もある。レオが劣勢じゃない可能性もある。

 状況への予測じゃない。俺ならどうするか。そう考えての答えだろう。

 大軍を率いるのは俺の好みじゃない。

 北部貴族の問題を放置するのも好みじゃない。

 戦争に勝ったところで北部の問題をそのままにしていたら、また新たな火種となる。

 だから俺なら必ず北部貴族の問題解決に挑む。そうなったらローエンシュタイン公爵の説得は避けられない。

 我が弟ながらよくわかるもんだな。


「あの英雄皇子は貴様なら儂を説得できると確信しているようだったが、この程度の変装しかできんなら望みは薄いな」

「俺が正体を隠していたのは俺の存在を隠していたいからだ。あなたの説得のためじゃない」

「ほう? ならどんな交渉材料を持ってきた? わざわざ孫娘に近づいてきたのだ。つまらんものなら帝都に帰れると思うなよ?」


 そう言ったローエンシュタイン公爵の体からバチリと雷が迸り、床を打つ。

 シャルを利用して近づいたことが気に入らないらしい。

 まぁそうだろうな。

 口ぶりから察するに、皇族への最初の恨みは自分の娘を奪われたことだろう。孫娘までもと思うのは無理もない。


「帝都に帰れると思うな、か……北部の問題を放置して帝都に帰る気はない。舐められたものだと口にしたな? そっくりそのままお返ししよう。俺個人として、弟が戦っているのに逃げる気など毛頭ないし、皇族として、これ以上北部の問題を放置したりもしない。あまり侮らないでもらおう。出涸らしと呼ばれていようと俺は皇子だ」


 ローエンシュタイン公爵は俺の言葉を受けて椅子に座り直した。 

 その目はさきほどよりさらに鋭くなっていたが。


「何が出涸らしだ。昼行灯を気取っておるだけだろう? 貴様の父もそうだった。何事にも無気力な風を装い、帝位争いの中で徐々にその爪を見せつけた。一度侮った相手を警戒するのは至難の業。対抗者たちは本領を発揮できぬまま敗れていった。貴様からも同じ匂いを感じるぞ?」

「俺の父、皇帝ヨハネスには野望があった。皇帝になるという野望だ。そのために爪を隠したわけだが、俺は違う。帝位争いに弟と共に参入しなければ、自分も家族も守れない。だから帝位を狙っているだけだ。帝位争いなど起きなければ俺はいつまでも出涸らし皇子だったし、それに不満もなかった」

「帝位争いが起きなければ一生、侮られ続けていたと? 笑わせるな」

「その通りだ。少なくとも十数年は証明している」


 帝位を取るために爪を隠した父上と、爪を見せるつもりがなく、結果的に見せる形となった俺は違う。

 父上には明確な目的があり、俺には明確な目的がなかった。

 同じにしては父上に失礼だろう。


「ふん、まぁいい。ならば貴様にとってこの帝位争いは不本意だと? 自らの力を世に知らしめる場ではないと? 貴様を侮る者に膝をつかせる機会とは捉えないというのか?」

「すべてその通りだ。そもそも膝をつかれて喜ぶ趣味はない。前時代的な老人たちとは違うんでな」

「……膝をつくというのは古来からの習慣だ。深い意味がある」

「忠誠の証、心服の証明。そんなことはわかっている。わかっているからそんなことは望まない。自分の力を見せつけ、そうせざるをえなくしてつかせた膝にどんな意味がある? 認めてくれた奴が自然と膝をつくなら喜んで受け入れるが、そうでないのに膝をつかれても気分が悪いだけだ」

「……皇族のくせに道理を弁えているらしいな。意味のない行為に魂は宿らん。それがわかっているなら、儂を説得する意味はなんだ? 弟を救うためか?」


 少しは認めてくれたらしい。

 あのまま俺を試すだけの話を続けられていたら、いつまで経っても本題には入れないからな。

 助かる。


「もちろんそれもある。レオはこれからの帝国に必要だ。理想主義と馬鹿にする者がいるのは知っている。いまだに至らぬ点もあるだろう。それでも理想を掲げない皇帝に未来はない」

「……帝国のためか」


 ローエンシュタイン公爵の顔に失望が浮かぶ。

 ありきたりな答えは期待していなかったんだろう。

 もはや話を聞く価値もないと言わんばかりに視線が逸れた。

 その瞬間、俺は言葉をつづけた。


「だからこそ――今ある問題は放置しない。レオが治める帝国がよりよいものであってほしいから……俺は北部の問題を解決する」

「……いつもいつも皇族はそうだ。耳に心地よい言葉で臣下を惑わす」

「そうだ。人の上に立つということはそういうことだ。惑わし、夢を見させる。それが上に立つ者の役目だ。人は夢がなければ生きられないから」

「夢がなければ生きられない? そうだろう。だが、夢だけでは生きられない」

「それも承知している。だから皇帝の周りには有能な者が控える。皇帝が見せた夢を実現させるために。問題の解決は皇帝の仕事ではない」


 レオは俺に任せた。

 なら失敗はできない。

 失敗するなどとレオは微塵も思っていないだろうから。

 兄らしいところを見せておかないと威厳が保てないからな。


「自分が周りに控える者だと? 実行者だと言うなら答えろ! どうやって北部の問題を解決する!? 今更皇帝側についたところで、遅すぎると罰を受けるだけだ! 我らに道はない! この状況をどう打破するつもりだ!?」

「そうでもない。〝あなたは最初から動いていた〟」


 俺の言葉の意味がわからず、ローエンシュタイン公爵が怪訝な表情を浮かべた。

 そんなローエンシュタイン公爵に俺はニヤリと笑みを見せながらつぶやく。


「セバス」

「はっ、ここに」


 音もなくセバスが俺の後ろに現れた。

 そんなセバスに手を伸ばすと、紙の束を渡してきた。


「戦後に帝国の者は思うだろう。出涸らし皇子がいきなり大きな戦功をあげるなどありえない、と。あなたが言ったことだ。一度侮った者を警戒するのは至難の業だ。評価するのも同様だ。だから誰も俺の戦功を信じない」

「民などそんなものだ。しかし繰り返せば認めざるをえん」

「そうだ。しかし、俺は認めさせる気などない。俺は出涸らし皇子という呼び名を気に入っているんでな」


 そう言って俺はその紙の束をローエンシュタイン公爵の側近に渡す。 

 側近はそのままそれをローエンシュタイン公爵に手渡した。


「手紙だと?」

「そうだ。〝あなたから俺に宛てた手紙だ〟」

「……貴様……! まさかすべて手柄を寄こすというのか!?」

「さすがは公爵。察しが良いな」

「どういうこと……?」


 シャルが困惑した表情を浮かべている。

 それを見て、ローエンシュタイン公爵は乱暴な手つきで手紙の封を開け、それに目を通す。

 そして鋭い目で俺を睨んだまま、それをシャルに見せた。


「これは……!? お爺様の字!?」

「無論、儂が書いたものではない。しかし精巧だ。儂らでなければわからんほどにな」

「俺の執事は手紙の偽造はお手の物でな」

「久しぶりでしたが、なかなかの傑作です。デュースの街に見本があったのが幸いでした」


 デュースの街でセバスに命じたのは情報収集と、ローエンシュタイン公爵からの手紙の偽造。

 屋敷の保管庫にはツヴァイク侯爵とローエンシュタイン公爵との間で交わされた手紙がたくさんあった。

 セバスで無理なら俺がやるつもりだったが、あれだけ見本があればそれなりのモノができる。セバスも職業柄、他人の字を真似するのは得意だからだ。


「大型飛竜にて兵糧を輸送せよ、敵軍の兵糧基地は山中にあり……これって指示?」

「そうだ。レオナルト皇子の本隊は兵糧攻めにあっていた。それに対して、援軍に来た第六近衛騎士隊が兵糧輸送作戦を展開したのだ。鮮やかに空から兵糧を届け、対応できたのは竜王子だけだったそうだ」

「それって……」

「状況的に見ればそんな奇抜な作戦を思いつきそうなのは目の前の皇子だけだ。だが、この皇子はその手柄をすべて儂に寄こすと言っている」

「北部の大物であるあなたが動けば敵の警戒を誘う。あなたは最初から皇帝と帝国のために動いていた。セバスを通して俺に接触し、的確な指示を与えた。これまでも、これからの手柄も。すべてあなたの差し金だ。そうなれば罰することなどできない」


 違和感を覚える者もいるだろう。

 だが、俺の証言と証拠である手紙。それが揃っているのにわざわざ文句をつける者はいない。


「真っ先にデュースに来たのはこのため?」

「この策をツヴァイク侯爵に相談するためだ。結局、それは間に合わなかったが、ツヴァイク侯爵は北部の貴族による会議を計画していた。おそらく否とは言わなかっただろう。だから実行した。黙っていたことは謝ろう。すまなかった」

「それはいいけど……こんな手紙があったらせっかくの手柄が……」

「手柄なんていらないさ。興味ないからな。これで北部の貴族が非協力的だとは言わせない。あなたの功績は北部貴族の功績だ。北部も家も守られるぞ。もちろんこれからの行動次第だがな」


 そう言って俺はローエンシュタイン公爵に道を示したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 坊主憎ければ袈裟まで憎いと言う諺も有りますが、皇族で年少組を除けば、最も責任がないアル(一番は、皇帝、次にゴードン、三番にコンラート、四番、エリク)に当たりすぎな気がする。
[良い点] 理屈はわかるが感情がどう反応するか、雷じじい様
[気になる点] ローエンシュタイン公爵がこの話を受けるのかも気になりますが、もし受けた場合公爵とアルが繋がっていたと周囲が納得する手紙よりも強力な方法がすぐそばにあるんですよね。まあこの方法は北部貴族…
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