第三百三十三話 ローエンシュタイン公爵
ローエンシュタイン公爵領の中心。
領都アラー。
北部最大の街であり、名実ともに北部の中心と呼べる場所だ。
そのアラーの中央。巨大な館に俺たちはいた。
「シャルロッテ様。少々、お待ちください。ローエンシュタイン公爵は会議中ですので」
「わかったわ」
執事の言葉にシャルは文句を言わずに頷いた。
それを見て俺は意外そうにつぶやく。
「孫娘が帰ってきたのに会議優先か」
「お爺様はそういう人よ。公私混同はしないわ。皇族が関わらないかぎりって条件がつくけれど」
「まいったなぁ」
「楽観視は捨てたほうがいいわ。正体がバレたら雷が飛んでくるわよ。間違いなく殺す気のやつが」
「怖いこと言うなよ……」
「冗談じゃないわ。本気でそうする人よ。正体を明かすタイミングは十分気を付けて」
シャルの言葉に俺は頷く。
出涸らし皇子と侮る奴はいくらでも相手にしてきたが、恨みを持つ者を相手にするのはあまり経験がない。
それだけ帝国において皇族は強い。
油断は禁物。それは言われるまでもない。
相手は〝雷神〟ローエンシュタイン。
一度だけ会ったことがある。十歳の誕生日を祝うために開かれた宴で、少しだけ喋った。今でもあの迫力は覚えている。
公爵の跡取り息子でありながら、軍に入って将軍として活躍した魔導将軍。
数多の戦場で敵を打ち破り続け、帝国の拡大に尽力した古強者。
その戦績は生涯無敗。ローエンシュタイン家の精鋭を自らの側近として連れていき、帝国軍という精強な軍を率いていたため、質と量で敵に劣ることはなかったとはいえ、それでも尋常じゃない戦績だ。
皇帝が無敗というのとは話が違う。皇帝が出る戦と将軍が出る戦は違う。危険度の高い戦に皇帝は出ないし、そもそも皇帝は近衛騎士たちを率いる。負けるほうが難しい。
現在の帝国において、実績面でリーゼ姉上を上回る唯一の人だ。
敵軍と距離があるときは戦略に長けた知将としての側面を見せ、ひとたび敵軍と接敵すれば自ら先頭を駆ける武勇を見せる猛将としての側面を見せる。
知勇兼備の大将軍。
それがローエンシュタイン公爵だ。
「緊張してるの?」
「どうだろうな。失敗したらまずいなとは思ってる」
「……お爺様が怒ったら守ってあげるわ。止めるくらいはできるはずだから」
「頼りにしてる」
俺が笑顔でそういうとシャルは目を丸くして、すぐに眉をひそめた。
楽観的だと思ったんだろう。
「やっぱりあなたって変よ」
「そうか?」
「今の皇族の中で、お爺様の前に単身で立つ気概を持つ人はいる?」
「どうだろうな。まぁ一人で立つのはリーゼ姉上くらいじゃないか?」
エリクにしろ、レオにしろ、単身で前に立って何かあったら困る立場だ。個人としての意地を優先したりはしない。絶対に護衛をつけるだろう。
そんなことを考えていると、シャルがため息を吐いた。
「姫将軍には絶対に負けないって自信があるわ。けど、あなたは?」
「俺だって自信がある」
「どんな?」
「君に守られる自信だ。護衛よろしく」
「はぁ……私が守らないって可能性を考えないの?」
「守ってくれるんだろ?」
「言葉だけだったら?」
「人を見る目がなかったと諦めるさ。ローエンシュタイン公爵も皇子を殺したりはしないだろう。腕の一本、二本で許してくれるはずだ」
俺の言葉にシャルが顔をしかめた。
何か言おうとするが、その時に執事が戻ってきた。
「会議が終わりました。どうぞ」
「っ!?」
「行かないのか?」
「行くわよ。私の後ろにいて。絶対よ?」
「はいはい」
肩を竦めながら俺はそう答えたのだった。
■■■
案内されたのは広い謁見室。
普段は民がここで領主に要望を伝えたりするんだろう。
その最奥。
椅子に腰かけた赤髪の老人がいた。
ゴードンの祖父らしく大柄で、元将軍らしく背筋はきっちりと伸びている。
赤い瞳は鋭く、まずシャルを見たあとに俺を見た。
その老人こそ、雷神と呼ばれるヴィクトール・フォン・ローエンシュタイン公爵だ。
「シャルロッテが帰還のご挨拶に参りました。お爺様」
「――ご苦労。ツヴァイク侯爵は最期に何か言っていたか?」
「いえ……」
「そうか……薄情者め。酒を飲もうという約束があったというのに」
そう言うとローエンシュタイン公爵はゆっくりと目を瞑った。
ツヴァイク侯爵を偲んでいるんだろう。
長く北部を支えた盟友ともいえる間柄だ。
子供同士が結婚し、親戚同士にもなった。こんな状況じゃなきゃ、ローエンシュタイン公爵自らが会いにいっただろう。
それは家臣たちもわかっているのか、謁見室はしんみりとした雰囲気に包まれた。
「……体調は平気か?」
「はい。一度発作は起きましたが、その後はなんともありません」
「そうか。それは良かった」
「お爺様、実は紹介したい人がいます。ツヴァイク侯爵の葬儀の際、山賊が現れました。私は発作で対処できなかったところ、後ろにいるシュヴァルツとその傭兵団が対処してくれました。ツヴァイク侯爵に恩義があり、私にも良くしてくれています」
「ほう?」
そう言ってローエンシュタイン公爵が俺に興味を示した。
俺は頭を下げたまま、挨拶する。
「お初にお目にかかります。シュヴァルツと申します」
「そうか。孫娘が世話になったな」
「いえ、ツヴァイク侯爵には大恩がありました。その恩を返そうとここまでやってきましたが、間に合いませんでした。その恩はシャルロッテ嬢に返したいと思っています」
「良い心掛けだな。それで? シャルロッテがあちこちの貴族に手紙を送っているのは貴様の差し金か?」
ローエンシュタイン公爵の視線が鋭くなる。
それを見てシャルが慌てて口を開く。
「お、お爺様! それは私の判断です! ツヴァイク侯爵はこの北部の一大事において、北部諸侯は意見を一致させるべきと考えていました。そのため各地の貴族に会議に賛同してほしいという手紙を書いていたのです!」
「なるほど。では儂への手紙はあるか?」
「いえ……お爺様の説得は私がするつもりです」
「ツヴァイク侯爵はよくわかっているな。いくら奴の手紙でも儂は動かん。ならばシャルロッテに託そうということか。それはわかる……わかるが、鼠を連れてきたのは失敗だったな」
「シュヴァルツは護衛です。説得は私が!」
「そういうことではない。まったく、舐められたものだ。お初にお目にかかります? 馬鹿にするな。貴様が十歳の誕生日を迎えた時、各地の貴族が集められた。そのときに会っている。もっと言うなら乳飲み子だった貴様を抱いたことすらあるが?」
そう言ってローエンシュタイン公爵はゆっくりと椅子から立ち上がる。
一気に空気が重くなった。
周りにいる側近たちですら冷や汗をかいている。
「ふっ……まさかあっさり看破されるとは思わなかった」
「儂から正体を隠したいならその目を隠すべきだったな? 血筋の強化のためだけに娘を奪った男にそっくりだ。一目見ればわかる。儂ほどその目が憎い男はおらんだろうからな!」
そう言ってローエンシュタイン公爵は声を荒げた。
その荒い声を聞きながら、俺は立ち上がってフードを取った。
「謀ろうとしたことを謝罪しよう。あなたに殺されたくなかったのでな」
「ふん! ふてぶてしい男に成長したな? その態度、口振り。今の皇帝の若い頃にそっくりだぞ?」
「親子なんでな。まさか昔に出会ったことを覚えているとは思わなかった。少し喋っただけだったはずだが……大したものだな。その皇族への恨みは」
「それをよく理解しておきながら、何しに来た? アルノルト・レークス・アードラー!」
そう言ってローエンシュタイン公爵は俺の正体を的確に言い当てたのだった。




