第三百二十八話 シャルロッテ
葬儀は粛々と行われた。
派手さはなく、領民は皆泣いていた。
そして夜。
助けてくれたということで、俺は領主の館に部屋をもらうことができた。
本来ならツヴァイク侯爵と今後のことについて話すつもりだったが、予定は大きく狂ってしまった。
北部貴族の説得にはツヴァイク侯爵の力を借りるつもりだった。説得するには会ってもらう必要がある。
人脈という力が俺には必要だ。なにせ今の俺は何の功績もない傭兵団の若団長。
会ってもらうために一々正体を明かしていたら、俺の存在が漏れてしまうし軽くみられる。
やはり身分を明かすタイミングはこちらで選びたい。
北部貴族に絶大な影響力を持つツヴァイク侯爵はもういない。すべての北部貴族はツヴァイク侯爵に借りがあり、ツヴァイク侯爵の頼みなら断らなかったはずだ。
有力貴族を集めて、会議を開いてもらおうかと思っていたが、もうそれは使えない。
「困ったもんだ」
「何が困ったの?」
部屋の中で呟いたのに、返事があった。
ふと部屋のバルコニーを見ると、そこにはシャルロッテがいた。
しかもバルコニーの柵に腰かけている。
昼間は病人のようだったのに、やけに元気だな。
「……危ないぞ?」
「平気よ。今日は体調がいいから」
そう言ってシャルロッテはニヤっと軽い笑みを浮かべた。
全然信用できない。
「体調の問題じゃない。落ちたらどうする?」
「うーん……痛い」
「わかってるならやめろ」
「だって風が気持ちいいんだもん。シュヴァルツさんも来たら?」
そう言って彼女はアハハと笑う。
コロコロと表情の変わる子だ。
祖父を失ったばかりの孫娘とは思えない。
「俺は傷心なんだが?」
「私も傷心よ。誰かと話したい気分なの。話し相手になって」
「はぁ……」
どこかに行くという選択が彼女にはないらしい。
諦めてバルコニーに出ると、シャルロッテは両足をブラブラさせながら空を見上げていた。
星空が綺麗だ。
「お爺様にどんな恩があったの?」
「……子供の頃、助けてもらった。それだけじゃなく、道も示してくれた」
「お爺様らしい。お人よしだから」
「……惜しい人を亡くした。もっと早く来れていればよかったんだが」
「ベッドからずっと起き上がれなかったから、気にしないで。医者も手の施しようがないって言ってたわ。ずっと心労を抱えてたし、しょうがないの」
シャルロッテは呟いたあとにため息を吐いた。
心労の原因は北部貴族と皇族との対立だろう。危ういバランスを侯爵が一人で担ってきた。健康にいいわけがない。
「……一つ聞いても?」
「どーぞ。なんでもいいわよ」
「なぜ反乱を許した? 領地の騎士はあれだけなのか?」
「……北部で起きてる戦争は知ってるでしょ? それであちこちの治安が悪化してるの。騎士たちは領内に散っているわ。だから反乱を許したの。あとは私のせい」
「君の?」
まさか自分のせいだと言うとは。
予想外だったせいで聞き返してしまう。
シャルロッテは気にした様子もなく頷く。
「そう、私のせい。私ってこれでも超強い魔導師だから」
「……」
「あー、疑ってるなぁ。本当なのに」
「疑ってない。君が強大な魔力を持っているのはわかるし、街に入る前に巨大な落雷も見た」
「そうそう。それが私の魔法。けど、具合悪くなっちゃって……調子が良ければあの程度の数なら問題なかったわ」
それはあながち間違いじゃないだろう。
あのレベルの魔法を簡単に撃てるなら制圧は難しくなかったはずだ。
シャルロッテの力を頼りにして、騎士を各地に派遣していたというところか。それで自分のせいだと。
まぁ言いたいことはわかる。
だが。
「病気持ちの人間を戦力に数えるのは感心しないな」
「私の病気は特殊だから。ほとんどの時は調子がいいの。ただ、突然立っているのも辛くなるほどの発作が起きちゃうの。いつ来るかわからないし、すぐに回復するときもあれば長引くときもある。まさか魔法を撃った直後に発作が来ると思わなくて……」
「俺たちが来て助かったな」
「そうね。ありがとう」
本当に感謝しているんだろう。
その言葉には格別の想いが込められていた。
あの騒動で領民の死者は出なかった。怪我人が数人だけ。家屋の被害も最小限だ。
山賊が街に引き入れられたにしては奇跡的な結果だろう。
だからこそ、俺たちは感謝されている。
だが、その感謝は本来向けられるべきじゃない。
どうして北部が荒れているのか?
ゴードンが北部に拠点を作り、レオがその討伐に赴いたからだ。
両軍のにらみ合いにより、治安は悪化している。軍の脱走兵からなる山賊や、運び込まれる物資を狙った盗賊などが横行するようになった。
すべて皇族の責任だ。
そんなことを思っているとシャルロッテは冷たい表情で街を見つめていた。
「……もしも、街に被害が出てたらどうなってたのかしら?」
「さぁな。他の領主が動いたんじゃないか?」
「そうよね。お爺様は人望があったから……でもね、私は北部貴族が嫌いなの。全部お爺様に押し付けた。今更助けられたって感謝なんてしないわ」
「……じゃあ皇族はもっと嫌いか?」
「そうね。世界で一番嫌いかも。お爺様を不満の受け皿に使って、挙句の果てには北部で戦争を起こしてる。そのせいでお爺様は……」
シャルロッテの気持ちはよくわかる。
ツヴァイク侯爵の親族ならば当然の感情だろう。
皇族は北部貴族はもちろん、ツヴァイク侯爵にも何にも報いていない。
北部での争いを起こさないようにツヴァイク侯爵は尽力してきた。それなのに北部で戦争は起きてしまった。帝位争いのせいで、だ。
「皇帝も嫌い。皇子も皇女も嫌い。でも一番許せないのはゴードンだわ」
「本来、北部貴族に寄り添うべき皇子だからな」
「そうよ! それなのにゴードンは何もしなかった! 皇帝の歓心を買うことだけ考え、反乱に失敗したら北部に逃げ込んで戦火を持ち込んだ! 絶対に許せない! この地は……お爺様がずっと守ってきたのに」
「それは同感だ。だから俺も侯爵の下にやってきた。あの皇子を放置するとは思えなかったからな。何か力になれると思った」
「……お爺様はひっそりと動いていたわ。北部貴族たちに手紙を書いていたの。北部の問題について話し合おうって手紙よ」
「さすがは侯爵だな」
安易にレオと手を組めとは言わない。
それは北部貴族の神経を逆なでするからだ。
話し合いの結果、納得する答えを導きだそうとするのが侯爵らしい。
「その手紙は?」
「保管されてるわ」
「なら、君が後を継ぐか? 協力するぞ?」
ツヴァイク侯爵の遺書ともいえる。
それがあれば北部貴族の多くは心を動かすだろう。
孫娘が立ち上がれば効果は絶大だ。
だが。
「無理よ。お爺様しか説得できない人への手紙がないもの」
「……ローエンシュタイン公爵か」
「そう。あの人が動かないなら北部貴族は動かない。頑固者だから何を言っても無駄よ。可能性があったのはお爺様だけ。けど、もうお爺様はいないわ」
「君でも無理か?」
「私だから無理なのよ。血のつながった孫の言葉で動くような人じゃないわ。それに私はあっちのお爺様が嫌いだし」
「……なに?」
今、シャルロッテは何と言った?
血のつながった孫?
どういうことだ?
「ああ、言ってなかったわね。私はシャルロッテ・フォン・ローエンシュタイン。私の父はローエンシュタイン公爵の息子で、私の母はツヴァイク侯爵の娘なの」
それはつまり。
ゴードンの従妹ということでもあるということだった。