表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

329/819

第三百二十七話 シュヴァルツ 

6月10日はコミカライズの更新日!

ヤングエースアップでコミカライズ最新話をお見逃しなく!(`・ω・´)ゞ


 デュースの街の門にたどり着いたとき。

 中で巨大な落雷が発生した。

 今は昼間。しかも青空だ。

 自然現象ではない。


「魔法ですな」

「しかもかなり強力だぞ」


 現代魔法であることは間違いないだろうが、使用者は相当レベルが高い。

 高レベルの魔導師が中にはいる。

 どういう状況だ?

 門番もいないし、あまりにも無防備だ。

 俺たちはそのままデュースの街へ入っていく。

 心臓が嫌な予感で高鳴るのがわかる。

 俺の嫌な予感はよく当たる。

 だから馬を先へ先へと進ませた。

 そしてデュースの街の広場。そこにたどり着いた俺が見たのは対立だった。

 両陣営ともに騎士がいた。だが、片方は山賊らしき者たちと共におり、片方は泣いている領民たちを背にかばっている。

 どちらが民の味方か。一目瞭然だった。

 周囲にはいくつか燃やされたらしき家屋があり、荒らされた痕跡がある。

 数は山賊たちのほうが圧倒的に上だ。

 だが、そんなことは俺にはどうでもよかった。

 広場の中央。

 そこは焦げ付いていた。そこにさきほどの落雷は落ちたんだろう。

 その手前。

 そこに黒い棺が置かれていた。

 様式を見るに行われていたのは盛大な葬儀。

 その途中に山賊たちが乱入したといったところだろう。


「シリングス! 恩ある領主様を裏切るとは!」

「その領主様が死んだんでな! もう義理はねぇ! 俺はゴードン殿下に付かせてもらうよ! たんまりと金はくれるっていうんでな!」


 言葉が耳に入ってくるのに、中身が理解できない。

 ただゆっくりと馬を進めていく。

 後ろでラースが何か叫んでいるようだが、それもよく理解できない。

 ボーっとしながら馬を進め、両陣営の間に割って入る形になった。

 突然出てきたよそ者を見て、山賊の男が俺の前に立ちはだかった。


「ああん!? なんだてめぇは!? もうここは俺たちのもんだぞ!?」

「……黙れ。殺すぞ?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!??」


 殺気をこめて睨みつける。

 すると山賊の男が尻もちをついて後ずさっていく。

 それを見たあと、俺は馬を降りてフラフラと棺に近寄った。

 そこに書かれていた名は。


「アダム・フォン・ツヴァイク侯爵……!」


 ツヴァイク侯爵のフルネームだった。

 なぜとか、どうしてとか。

 理由を探す言葉が頭を回る。だが、それなのに死という言葉を理解できなかった。

 死んだんだと冷静に受け止める俺と、理解できないと混乱する俺がいる。

 感情がごちゃまぜになり、制御できなくなっていく。

 ゆっくりと棺に手を伸ばすと、冷たい感触だけが帰ってきた。

 その冷たさが俺に死を理解させる。

 俺の恩人は死んだのだ。


「何をしてやがる! さっさとそいつを殺せ!」


 さきほどシリングスと呼ばれていた若い騎士。

 状況的に考えればツヴァイク侯爵を裏切り、葬儀の最中に山賊を引き入れたんだろう。

 ゴードンの調略に引っかかった愚か者。

 ツヴァイク侯爵の葬儀を汚し、この街を荒らす不届き者。

 ああ、そうだ。

 感情を整理する言葉が一つあった。

 シリングスが言った言葉だ。

 殺せと命じればごちゃごちゃした感情がすべてすっきりする。

 そう命じれば殺すだろう部下もいる。

 制圧なんて余裕だ。皆殺しにしてしまえばいい。

 それなのに。

 簡単な言葉が出てこない。言おうとすればするほど、心が拒絶する。

 わかっている。

 侯爵に成長した姿を見せたかった。膝をおったのは間違いではなかったと証明したかった。

 それなのに過去にできたこともできず、醜態をさらすわけにはいかない。

 ツヴァイク侯爵は感情に支配されず、先を見た俺を評価した。

 あの時も簡単な言葉を口にしなかった。楽な道を選ばなかった。

 それなのに今、その道を選ぶわけにはいかない。


「あなたのすごさが改めてわかります……」


 感情を制御するのは難しい。

 ツヴァイク侯爵は理不尽に黙々と耐え続けた。

 ずっと押し殺したんだ。その先に待つ未来のために。

 それが最善だと信じて。

 そんな人の前で、格好の悪いことはできない。

 自分の感情の整理なんて自分の中で終わらせろ。殺せと命じて何になる? 俺がすっきりするだけだ。

 それよりも命じなければいけないことがある。

 俺の目的は隠密行動。

 そして北部貴族の説得。

 それならやることは一つだ。


「この地は北部で最も偉大な貴族が治めた地だ。混乱は似合わん。そして賊も――必要ない。領民を守れ! これ以上、誰も傷つけさせるな!!」

「お任せを」


 そう言ってラースが山賊たちの前に躍り出て、瞬時に数人を制圧する。

 そして。


「無力化でよろしいですかな?」

「ああ。殺すのは最小限にしろ。首謀者は捕らえろ」

「はっ!」


 黒いマントを着たネルベ・リッターが剣を抜いて、山賊たちを追い詰めていく。

 彼らと共にいた騎士たちはそうそうに捕らえられる。

 さすがはネルベ・リッターというべきか、一人も逃していない。

 皆殺しを命じていれば、混乱は増していただろう。被害は増え、逃げる山賊たちもいたはずだ。

 これでよかった。そう思う反面、心には空虚さが残る。

 もはやほぼ鎮圧は終わった。

 俺は棺に視線を移し、再度触れる。


「やっぱり冷たいな……」


 どうしてこう上手くいかないんだろうか。

 母上の病気は治らないし、大恩人は駆け付けたときにはもういなくなっている。

 国のため、民のためとレオを皇帝に推しているのに、その帝位を巡る争いで国と民が困窮する。

 俺はどうして何事も上手くやれない?


「あなたの助言が欲しかった……」


 ゆっくりと俺は棺に触れていた手で拳を握る。

 スーッと頬に水が伝う感触があった。


「泣いてるの……?」


 視線を向けるとそこには侍女に支えられた金髪の綺麗な少女がいた。

 長い髪を左右で結び、長い簡素な白い服を着ている。病気なのか顔色は悪く、立っているのも辛いといった感じだった。

 まさに病人という印象の少女。

 その少女の目は、左目は緑、右目は赤みがかったブラウン。

 虹彩異色。そのせいだろうか、少女からは相当な魔力を感じる。

 その目には涙がたまっていた。


「君も泣いてるな……」

「泣くわよ。そりゃあ……だって私はあなたが触れてる棺に眠る人の孫娘だから……」

「……そうか。侯爵はどうして亡くなった?」

「ずっと寝たきりだったの。先日、体調が悪化して……戦争のせいね。心労がお爺様の寿命を縮めたの」

「……残念だ」


 その言葉に様々な感情を込めながら、俺はゆっくりと少女の前に膝をついた。


「俺の名はシュヴァルツ。傭兵団を率いている。昔、侯爵に助けられた。大恩ある侯爵の力になれるかと思ってやってきた」

シュヴァルツか……偽名?」

「父から受け継いだ」

「そう……私の名はシャルロッテ。助かったわ、シュヴァルツさん。ゆっくりと葬儀ができる。あなたも……参加してくれる?」

「もちろんだ」

「ありがとう……」


 悲し気にシャルロッテは呟くと、苦し気にせき込んだ。

 その姿がなぜか母上と重なり、俺は咄嗟に視線をそらしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
母親の病気設定はまだ有効だったんですね。かなり前にフリがあってそれから描写がないのでどうなったんだろうと思ってました。
[一言] アーノルド・シュワルズ????
[一言] ゴードンを殺せなかった、ではなく。 帝都で殺さなかった、としか、自分は思えませんでした。 暗躍するしかない、ではなく。 暗躍するから味方が死んで、敵から肝心な情報をを取らない。 そんな風に自…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ