第三百二十四話 心の声
はからずも本日二話更新(´-ω-`)
強い。
フィンは自らの後を追ってくるロジャーを見ながら、そう心の中で呟いた。
本気で動いて振り切れない相手というのは初めてだった。
しかもこちらの動きを予測しているのか、先回りをして必ず攻撃を近づけてくる。
今はそれを躱せているが、それもいつまで持つか。
「これが連合王国最強の竜騎士……!」
最精鋭である黒竜騎士を率いる隊長。その実力はウィリアムすら上回る。
名実ともに連合王国最強の竜騎士。
空戦技術では負けないまでも、上回ることができていない。
ならば攻撃でどうにか状況を変えたいところだが、ロジャーは大剣を盾にして雷撃を防いでいく。
攻防に優れ、隙がない。
武器の性能にせよ、単純な飛竜の力にせよ、どちらもフィンのほうが上だった。それでもロジャーは経験ですべてを埋める。
「くっ!」
迫るロジャーから距離をとるため、フィンは上昇する。だが、それを予想していたロジャーはほぼ同時に上昇して距離を空けさせない。
「機動力を生かしての上昇か! ほかの竜騎士ならまだしも!」
俺には通用せん。
ロジャーは大剣を一閃する。
身をよじるようにしてフィンは躱すが、その隙をついてロジャーは騎竜を回転させる。
尻尾による殴打。
予想外な攻撃だった。
ノーヴァがフィンをかばい、その尻尾の殴打を受け止める。
致命的なダメージにはならないが、サイズの違いのせいでフィンとノーヴァは大きく吹き飛ばされた。
「ぐぅぅぅぅ!! ノーヴァ! 無事か!?」
「キュー!」
まだまだやれるとばかりにノーヴァが応じた。
それを見てフィンは安堵するが、危機は去っていない。
ロジャーは健在で、いまだに前へ立ちふさがっている。
フィンが負ければ、ロジャーを軸に敵は攻め入ってくる。そうなれば輸送作戦は中断せざるをえないだろう。
逆にフィンがロジャーを倒せれば、敵は決め手を失う。
二人の戦いは戦場のバランスを左右するものだった。
墜ちるわけにはいかない。そのことがフィンの動きと判断を鈍らせる。
「日和ったか!」
また距離を取ろうとするフィンを見て、ロジャーは一気に距離を詰めにかかる。
何の解決にもならない意味のない行動。
それを無意識に取っていたことにフィンは愕然とするが、ロジャーは待ってくれない。
逃げるフィンを巧妙に追い詰めていく。
まずいと思っても、一度劣勢に陥ってはひっくり返すのは難しい。
必死に攻撃を避けることだけにフィンは集中する。
そんな中、ランベルトの声がフィンの耳に届いた。
「殿下! 伏兵です!!」
チラリと視線を輸送部隊のほうへ移す。
三騎の竜騎士が隙をついて、防陣の内側に入り込んでいた。
黒竜騎士隊と第六近衛騎士隊の戦いは完全に膠着状態だった。そのため、ほかの場所から低空で飛んできた竜騎士に気づくのが遅れたのだ。
また、負傷した第六近衛騎士隊の騎士たちは、輸送隊の護衛に回っていた。その代わり、最初に護衛をしていた騎士が乱戦に参加していたのだ。
それも気づくのが遅れた要因と言えた。
負傷した騎士たちは必死に火球を放つが、竜騎士たちはそれを弾き、一心不乱に輸送隊を狙いに行った。
降下中の大型飛竜に回避の手段はない。
中途半端な高さで兵糧を離したら、下にいる味方が下敷きになる。
だから誘導を行っていたカトリナたち、グライスナー侯爵家の竜騎士がその竜騎士たちの間に割って入る。
「これ以上行かせるな!」
「邪魔をするな! 半端な竜騎士どもめ!」
元々、技量に差はあった。
今は騎竜が疲弊しており、自らも万全とは程遠い。
それでもカトリナたちは立ちふさがった。
迫る槍を避けることもせず、自らの槍で受け止め、騎竜をぶつけにいく。
そうなっては無視はできない。
「このっ!」
「ここは――通さない!」
「調子に乗るな!」
騎竜同士がぶつかりあっている状態で、槍での戦いが始まる。
本来、不利なら距離を取る場面だが、距離を取れば輸送隊への接近を許してしまう。
だからカトリナたちは一切、退かなかった。相手が距離を空ければすぐさま距離を詰める。
だが、それは動きを制限すると同時に自らを死地に置くことでもあった。
竜騎士の槍がカトリナの肩に浅く刺さる。それに対して、カトリナはその槍を掴むことで対抗した。
ほかの竜騎士も同様だった。
文字通り、体で止めたのだ。
「くっ! 離せ!!」
「帝国の竜騎士を――侮るな!」
相手が槍を動かす度に激痛が走る。
それでもカトリナは手を離さない。
今、稼ぐ一秒がどれほど重要かよくわかっていたからだ。
まともにやって時間は稼げない。自らの騎竜に食料をわけていたグライスナー侯爵家の竜騎士たちは、カトリナを含めて全員立っているのがやっとの状態だったからだ。
傷を負いながら足止めを図るカトリナたちに、奇襲した竜騎士たちは得体のしれない恐怖を感じた。だが、彼らも止まるわけにはいかなかった。
長槍から手を離し、彼らは距離を取る。
そして剣を抜いて、痛みで動きの鈍いカトリナたちを仕留めにかかる。
それを遠目で確認したフィンは、六二式をそちらに向けようとして――やめた。
今、ロジャーを放置すればどうなるか。
戦況のことを考えれば、自分はここを動けない。
そう判断を下して、しかし迷いながらフィンはロジャーを迎え撃つ。
だが、心はすでにそこにはなかった。
「余所見とは舐められたものだ!」
ロジャーはこれまでの技巧を凝らした動きとは打って変わって、強引で直線的な動きをしながらフィンに向かって大剣を振った。
その大剣を見ながらフィンはアルの言葉を思い出していた。
お前は初陣だ。きっと戦場で迷うこともあるだろう。その時は心の声に従え。
戦況のことを考えれば、離れるべきではない。
ロジャーの相手ができるのは自分だけ。
それでもフィンはカトリナたちのところに行きたかった。そのためにここにやってきたのだから。
不利は承知。勝手なことだろう。
頭ではわかっていた。
だが、いつまでも心が訴えかけてくる。
それでも、と。
「行くぞ――ノーヴァ」
そう呟き、フィンは後ろに飛んだ。
大剣は今までフィンがいた場所を通過する。
その行動にロジャーは目を見開いた。
初めて、フィンが予想外なことをしたからだ。
竜騎士にとって竜の背中は家も同然。そこから飛び降りるなど誰も考えない。
しかし、フィンはそれをやった。
ノーヴァから飛び、距離を空けて六二式をロジャーに向ける。
「この勝負、預けます」
そう言ってフィンは雷撃を放って、ロジャーの大剣を弾き飛ばす。
「ぐおぉ!?」
武器を失うなどいつぶりのことだろうか。
驚き、思わず感心してしまう。
「なんて奴だ……」
落ちながらフィンはカトリナたちのほうを見る。
状況は圧倒的不利。
退くこともできず、跳ね返す力もない。
それでも敵の竜騎士たちの動きを止めている。
その間に第六近衛騎士隊の騎士たちも向かっていた。
きっと間に合うだろう。だが、それはカトリナたちの無事を保証するものではない。
カトリナたちが命をかけるから、敵の竜騎士たちも無視できず、カトリナたちを仕留めることに時間を割く。
だから間に合うのだ。
それを許すわけにはいかなかった。
アルに言われたのだ。
助けてこいと。
「助けるんだ!!」
落ちながら六二式に魔力を充填していく。
自分がこのまま地面にぶつかるとか、落下中に攻撃されるとか。
そんな余計なことは考えない。
わかっていた。
信頼する相棒が自分の傍まで来ていると。
だからフィンはカトリナたちを助けることに集中できた。
「いけぇぇぇぇ!!」
放たれたのは十を超える雷撃。
それは真っすぐ城のほうへ伸びていき、カトリナたちと相対する竜騎士たちを直撃した。
意識の外からの攻撃だ。
彼らに防ぐ術はなかった。
カトリナたちの前で、彼らは力なく地面に落下していった。
カトリナは雷撃のほうへ目を向ける。
そこではフィンが落下していた。
「フィン!?」
ありえない光景にカトリナは思わず手を伸ばす。
だが、手が届くわけがない。
その代わり、視界にフィンと落下速度を合わせるノーヴァが映った。
そしてフィンがノーヴァの手綱を掴み、空中で騎乗するのが見えた。
「なんて無茶を……」
離れ業もいいところだった。
戦闘中じゃないところでさえ、怖くてできないだろう。
愛竜への信頼。そして自分の技量を信じられないならとてもやれない。
それをフィンは戦闘中にやっただけでなく、落下中に攻撃までしてみせた。
だが、安心は束の間。
フィンの後ろには一人の黒竜騎士が迫っていた。
「くっ! 頑張れ! ノーヴァ!」
「キュー!!」
フィンを乗せたノーヴァは急降下からの減速に入っていた。
翼を広げ、懸命にノーヴァは速度を殺し、なんとか城の城壁に着地する。
ノーヴァを通して伝わる大地の感触にフィンはほっと胸を撫でおろすが、後ろには突撃してくる黒竜騎士がいた。
「その首、もらうぞ!」
「!?」
完全に背後を取られていた。
いくらノーヴァでも、地面に着地したばかりでは動きが鈍い。
咄嗟に振り返ったフィンは、突き出された槍を片手で受け止め、六二式で迎撃するしかないと覚悟を固めた。
今更傷つくのは怖くはない。
そんな時期はとうに過ぎていた。
しかし。
「良く飛んだ。若い竜騎士」
「え?」
フィンの頭の上。
何かが着地し、喋っていた。
そして突き出された槍は弾かれ、代わりに黒竜騎士が飛竜の上から吹き飛ばされる。
何が起きたのか。
理解が追い付かないフィンの前にその人物は姿を現した。
「ジーク様。華麗に参上!」
「……熊?」
「愛らしいだろ?」
ニヤリと笑う子熊を見て、フィンは顔をひきつらせたのだった。