第三百二十三話 黒竜騎士隊
城から数騎の竜騎士が上がってきたのを見て、フィンはそちらに向かおうとした。
待機を命じられ、やることもなかったからだ。
しかし、それをランベルトが制した。
「再会の挨拶なら後にしろ。そんな時間はない」
「え?」
「敵の主力だ」
ランベルトはそう言って敵陣のさらに奥へ目を向ける。
そこから三十騎ほどの竜騎士たちが編隊を組んで向かってきていた。
黒一色の竜騎士部隊。
「連合王国最強、黒竜騎士隊だ。しかも率いるのは」
「連合王国の竜王子……!」
先頭を駆けるのは赤い竜に跨ったウィリアムだった。
黒竜騎士隊はもちろん、竜王子の名もフィンは良く知っていた。
竜騎士として目指すべき理想とすら思っていた人物だ。その理想が今、敵として向かってきている。
緊張しているのはフィンだけではない。
ランベルトをはじめとした第六近衛騎士隊の面々にも緊張が走っていた。
戦う準備はできていた。戦う相手として想定していた相手でもある。
だが、いざ目の前に現れるとその実力に驚かずにはいられない。
空を主戦場とするランベルトたちは、飛行する姿を見ればだいたいの実力がわかる。
ウィリアムはもちろん、後ろに付き従う黒竜騎士たちは別格の技量を誇っていた。
それがわかってしまうから全員が警戒度を引き上げていた。
だが。
「緊張する必要はない。相手が連合王国の最強部隊なら、君らは帝国の最強部隊だ。その白いマントは伊達ではないはず。相手を必要以上に大きく見る必要はないよ」
「殿下……」
「援軍ご苦労、ランベルト隊長。助かったよ」
「はっ! 皇帝陛下の命ですので」
空に上がってきたレオは第六近衛騎士隊の緊張をほぐす。
練度では負けていない。しかし、実戦経験には差がある。
そこに劣等感を第六近衛騎士隊は抱いており、それが敵を大きく見せていた。
それをレオは取り払ったのだ。
「陛下はいいタイミングで君らを送り込んでくれた。動こうか迷ってたところだったんだ。結果的に動かずに正解だったね」
「すべて皇帝陛下と宰相閣下の深謀遠慮の結果です」
「そうだね。グライスナー侯爵家の竜騎士たちを上手く使う、良い作戦だ。しかも敵の兵糧に手を出して、気すら引いてくれた。人の嫌がることを心得ているようだね。作戦の立案者は」
「……」
クスリと笑うレオを見て、ランベルトは押し黙る。
アルの存在は極秘。レオにも伝えるなと本人から厳命されている。
あくまで皇帝の命による輸送作戦。そう振る舞えと言われていた。
だが、レオの口ぶりは何もかもわかっているようだった。
だからランベルトは黙るほかなかった。
そんなランベルトに苦笑しながら、レオはフィンに視線を移す。
「すごい活躍だったね。白い竜騎士。名を聞いても?」
「は、はっ! 自分はフィン・ブロストと申します! 所属は……」
グライスナー侯爵家の竜騎士だと答えようとしてフィンは固まる。
どういえばいいのかわからなくなったからだ。
ランベルトはフィンの素直な性格にため息を吐く。グライスナー侯爵家の竜騎士だと言えばいいものを、それでは嘘をついてしまうと考えたのだ。
そんなフィンを見て、レオは一つ頷く。
「良い魔導杖だね。ほかとは違うみたいだ」
「えっと、これは……その……」
「……僕用の試作兵器かな? 彼に託したのは良い判断だよ。ランベルト隊長」
「はっ。勝手をして申し訳ありません」
静かにランベルトは頭を下げる。
置いてけぼりを食らったフィンは困惑したように視線をあちこちに移す。
そんなフィンの前でレオは剣を抜いた。
そして。
「君の所属は皇族直下。つまり〝アードラーの竜騎士〟だ。期待に応えられるかな? 竜騎士フィン」
「は、はい! 必ずや!」
「良い目だ。よろしい。敵主力を食い止める。僕はウィリアム王子を止める。君はできるだけ目立って、注意を引くんだ。でも、命は大切にするんだよ? ちゃんと家に帰るまでが旅だからね」
そう言ってレオは笑う。
そのまま剣を高く掲げ、城全体に響くほど通った声で力強く告げた。
「第六近衛騎士隊!! これより指揮は僕が執る! 敵は竜王子率いる黒竜騎士隊! 相手にとって不足はないだろう! 雌伏の時は終わった! 今、飛翔の時だ! 空の王者は誰か! その論争に終止符を打ちにいく! 続け! 近衛騎士たち! この帝国の空は君らのものだと思い知らせにいくぞ!!」
「行くぞ! 殿下に続け!!」
兵糧の輸送はいまだに終わらない。
敵の援軍と比べ、第六近衛騎士隊は数で勝っていた。だが、輸送部隊の護衛を残せばほぼ互角。数の優位はないに等しかった。
武器の質は上であったが、相手は幾度もの死線を潜り抜けてきた猛者ばかり。
武器の質など経験で埋められる相手だ。
楽観視できる相手ではない。だからレオは自ら先頭に立って、ウィリアムに向かっていた。
「出てきたか! レオナルト!」
「ようやく指揮官から抜け出せたので」
「奇遇だな! 私もだ!」
空からの輸送は地上の大軍では防げない。
ならば大軍の指揮官として慎重になる必要はない。
攻める側、防ぐ側。
立場は違えど、両者は束縛から解放されていた。
戦士として全力を振るうことができるようになったのだ。
「腕は鈍っていないようだな!」
「そちらこそ!」
幾度かの交差の後、二人は一気に距離を取る。
その二人が空けた間。
そこに黒竜騎士と隼騎士が割り込んでいく。
互いに大将を狙い、どちらも成功しなかったのだ。そのままハイレベルな空戦に移行していく。
あちこちで上下左右に動き回る空戦が展開される。
完全に乱戦だった。
しかし、実力は拮抗しており、誰も墜ちない。
ゆえに戦況は動かない。
だが、ウィリアムの顔は険しかった。
互角では突破できないからだ。さらに。
「とんでもない切り札を隠し持っていたものだな! 帝国は!」
「帝国とて空戦への研究は怠っていませんから」
「研究であんな化け物が生まれるか! どこで探し当ててきた? いや、誰が探してきた?」
「皇帝陛下ですよ」
「下手な嘘はやめるのだな! 自慢の兄だと言ったらどうだ!?」
ウィリアムは強引に距離をつめ、レオとつばぜり合いに持っていく。
力比べになり、ウィリアムとレオの動きが止まる。
その瞬間を待っていた一人の若い黒竜騎士がレオに迫った。
「レオナルト!!!! その首もらった!」
「悪いけど、そこまで安くはないんだ」
レオがそう言った瞬間。
レオと黒竜騎士の間に雷撃が割って入った。
咄嗟に回避した黒竜騎士は、背後に猛烈な寒気を感じた。
そして後ろを確認もせず、そのまま最速で動き始める。
「くそっ!」
その判断は正しかった。
背後にはフィンがついており、六二式がその黒竜騎士に向けられていたのだ。
しかし、咄嗟の判断で移動を選択したことで黒竜騎士は難を逃れた。
その黒竜騎士は距離を離したことを確認するため、ようやく背後を振り返った。
すると、そこには何もいなかった。
「なに……? 消えた……?」
それがその黒竜騎士の最期の言葉となった。
呟くと同時に真上から複数の雷撃を浴びせられ、何もできずに地上に落下していったのだ。
そのままフィンはレオの傍に近寄る。
「ご無事ですか! 殿下!」
「ああ、おかげ様でね」
そう言ってレオは答えつつ、ウィリアムを見る。
ウィリアムはフィンに険しい視線を向けながら、ゆっくりと深呼吸する。
精鋭中の精鋭である黒竜騎士を墜とす相手だ。
渡り合えるのはそうはいない。
自分が死力を尽くして止めるしかない。
そう判断し、ウィリアムはレオの相手を他の黒竜騎士に任せようとする。
だが、そんなウィリアムの後ろから一騎の黒竜騎士が突っ込んできた。
その黒竜騎士はわき目もふらず、フィンに向かっていく。
悪寒を感じたフィンは距離を取りながら、雷撃を放つ。だが、その黒竜騎士は持っていた黒い大剣ですべて弾くと、フィンに肉薄した。
「こいつの相手はお任せを! ウィリアム殿下!」
年は四十を超えているだろうか。黒い髪に黒い髭。
そして粗野な顔立ち。
竜に乗っていなければ海賊か山賊と間違われそうなその男は、ニヤリと笑って大剣を振り下ろす。
それをフィンはクルリと回転して回避した。
「おお! あれも躱すか!」
「ロジャー! どういうつもりだ!? 兵糧の護衛を命じたはずだぞ!?」
「兵糧など失ってもまた手に入りますが、殿下の代えはきかぬので! 部下に任せてきましたよ! どうせ陽動です!」
「お前という奴は……」
呆れた様子でウィリアムが呟く。
ロジャーと呼ばれた男は豪快な笑みを浮かべながら、フィンに大剣を向ける。
「好き敵と見た! 名を名乗れ! 白い竜騎士!!」
「……フィン・ブロスト。アードラーの竜騎士です」
「皇族直下の竜騎士か! 面白い! 俺の名はロジャー! 連合王国竜騎士団所属! 黒竜騎士隊の隊長だ! お前の首! 俺がもらおう!!」
そう言ってロジャーは一気に愛竜を加速させる。
それに合わせてフィンもノーヴァを加速させたのだった。




