第三百二十話 上がる煙
「さすがですな。殿下」
「世辞はいいさ。あれだけ情報があれば少し頭が回れば見つけられる」
俺とラースは当初の目的地であった山を見ながら、そんな会話をしていた。
すでに山からは輸送部隊が出てくるのも確認している。
あそこが兵糧基地だろうな。
ゴードンたちの兵糧は連合王国と藩国から集められている。
連合王国が集めた兵糧が藩国に入り、藩国から北部国境の穴を通ってゴードンの根拠地に送られる。
そして前線で包囲を続けるウィリアムの軍を維持するための兵糧が、ここにため込まれているというわけだ。
しかし、その兵糧は無尽蔵にあるわけじゃない。
他国から輸送するだけでも相当なコストがかかるし、大量に輸送するには北部国境の穴は小さい。大規模な輸送団が移動すれば北部国境軍も阻止に動く。
だから少しずつ送るしかない。
もちろん、すべての兵糧を頼り切っているわけではないだろう。だが、向こうも苦しい面はあるということだ。
そしてそこを突かせてもらう。
「兵糧基地を奇襲した後、すぐに火を放て。そのまま移動する」
「火を放ってもすぐには燃え尽きませんが?」
「消火作業で足止めできる。元々、兵糧を燃やしつくすのが目的じゃないからな」
兵糧がなくなった軍は山賊と変わらない。周辺の村々が襲われ、略奪の憂き目に遭う。
敵軍を一気に倒せない以上、兵糧を燃やしつくすのは避けたい。
あくまで目的は時間稼ぎだ。
「しかし、敵は足の速い竜騎士。煙を見たらすぐに駆け付けるでしょう。そして被害が少ないと判断すれば引き返すやもしれません」
「だから移動するんだ。向こうにヤバいと思ってもらうためにな」
そう言って俺はニヤリと笑う。
敵軍の大将はウィリアムだ。他国の軍を率いるのにさぞや苦労していることだろう。
兵糧に関しては人一倍気を遣っているはず。
こんなところに兵糧基地を隠したところからも、それがうかがえる。
ならば注意を引く方法は一つ。
「何か策がおありですか?」
「敵軍の次の兵糧を狙う。まぁ、正確には狙いに行ったように見せるんだが」
兵糧に被害が出れば、次の兵糧は重要となる。
それを狙われているかもしれないとなれば、陽動と判断しても俺たちを探しつつ、兵糧の護衛に動かなくちゃいけない。
「なるほど。それでどうやって次の兵糧に向かっているように見せるのですかな?」
「あからさまに煙をあげておく」
「露骨にやるということですか? 乗ってきますか?」
「乗らざるをえないさ。放置すれば本当に次の兵糧を焼きにいくからな」
乗ってこないなら乗ってこないでいい。
ここまで引き付けた時点で、城の空は手薄だ。制空権の確保はスムーズに進み、兵糧の運搬が行われる。
ウィリアムたちが引き返せば、すべての兵糧を届けることはできないが、代わりに敵の兵糧を減らすことができる。
やりたくはない。少ない兵糧をやりくりできず、民に手を出す可能性が大いにある。だが、やらなきゃ勝てないし、ウィリアムへの信頼もある。
兵糧が持たないならばウィリアムは無理せず撤退するだろう。その程度の判断はできる指揮官だ。
だから陽動に乗ってこないならば遠慮はしない。
「さて、じゃあラース大佐。あとは任せた」
「お任せを」
「俺はさらに後方へ移動する。敵の兵糧輸送ルートは地図に書いておく。大体でいいからそこに煙をあげておいてくれ。それで察するはずだ」
「かしこまりました」
終わったら即離脱しろと厳命し、俺は地図にいくつか印をつける。
次の兵糧まで点々と煙があがっているのをみて、ウィリアムは顔をひきつらせることだろうな。
それを見る頃にはネルベ・リッターは離脱しているだろう。だが、放置はできない。
潜んでいて、兵糧を焼かれたらたまらないから捜索するしかないし、次の兵糧を持つ輸送部隊に護衛を向けることになる。
消火にも人手を割くし、竜騎士団の大部分は足止めできるだろう。
ウィリアムにできることは信頼できる者にこの場を任せ、少数で引き返すくらいか。
しかし、少数では盤面をひっくり返すことはできない。
「ただの竜騎士として戦うこともできず、信頼できる部下が少なくて指揮官としても苦しいところ悪いが……かき回させてもらうぞ。ウィリアム王子」
そう言って俺は右手を高くあげると無言で振り下ろす。
それを合図としてネルベ・リッターが音もなく動き出したのだった。
■■■
作戦は成功した。
兵糧基地から上がった煙を見て、城付近にいた竜騎士団が駆け付けてきた。
彼らは兵糧基地から後方に続く煙を見て、部隊をいくつかに分けて予想通りの行動に出た。
「上手く乗ってくれましたな」
「そうだな」
遠方からあわただしく飛ぶ竜騎士たちを見ながら、俺は目を細める。
予想通りの行動だが、予想よりも早い。
それは判断の早さだ。
さすがはウィリアムというべきか。陽動だと見抜きつつも、対処せざるをえないとみるや、すぐに部隊を信頼できる者に預けて、自分は引き返した。
何かあると察したんだろう。
だが、今更引き返しても防ぐのは不可能だ。その程度で防げるほど甘くはない。掘り出し物の切り札を投入しているからな。
まぁ、あの竜王子がただやられただけで終わるとは思えないが。
「そこまでは俺の仕事ではないか」
「はい?」
「独り言だ。それじゃあ行くぞ。北部貴族説得の旅だ」
「楽しい旅になりそうですな、殿下」
「楽しくはないな。絶対に。それと殿下というのはやめろ。もう俺たちは皇子でもなければ、ネルベ・リッターでもない」
黒いフードをすっぽりとかぶり、俺は顔を隠す。
ウィリアムはさすがに俺の存在に気付いただろうが、他の者は信じない。
俺は表向き帝都で寝ているし、この作戦が俺の差し金だと説明されても納得しないだろう。
だが、存在が確認されれば納得しなければいけない。
だから身分は隠す。
「これから俺たちは流離いの傭兵団だ。俺は団長、お前らは部下だ。そういうことにしておけ。さすがに各地の領主たちには正体を明かすが、情報が洩れるのは極力避けたい」
「かしこまりました。しかし、団長というには若すぎるのでは?」
「変か?」
「多少。なので若様とお呼びしましょう。我々は御父上に仕えていた。それでどうでしょう?」
「いいだろう。嘘ではないしな」
細かい設定は移動しながら考えるとしよう。
まずはこの場を離れ、目的地に向かう。
「向かう先はツヴァイク侯爵の領地ということですが、なにかあるのですか?」
「ツヴァイク侯爵は俺が唯一信頼できる北部貴族だ。昔、俺のことを助けてくれた。尊敬できる人だ」
そう言って俺は馬を進めたのだった。




