第三百十九話 憎たらしい作戦
「ウィリアム王子。バルテル将軍とフィデッサー将軍が面会を求めております」
兵士の言葉にウィリアムはまたかとため息を吐いた。
しかし、いつまでもため息を吐いてもいられない。
通せと伝え、面倒という感情を自分から消し去った。
「失礼いたします。ウィリアム王子」
そう言って入ってきたのは二人の男性だった。
ゴードン配下の将軍であり、今はウィリアムの指揮下にあるバルテルとフィデッサーだ。
どちらも中年に差し掛かった年齢であり、髭を蓄えたバルテルと、物静かだが目つきが悪いフィデッサー。ともに貴族の末弟として生まれ、実力で将軍の地位まで上り詰めたたたき上げの軍人だった。
その経歴への自信からか、二人の態度は不遜といえた。
「総攻撃のご指示を。ウィリアム王子」
当然とばかりにバルテルが告げ、フィデッサーも当たり前だと言わんばかりの表情で頷く。
それに対してウィリアムは冷静に返した。
「わが軍の戦略は変えない。兵糧攻めだ」
「敵の兵糧は尽きかけております! 今が攻め時!」
「その通り。敵方の士気は下がる一方」
「兵糧攻めは忍耐勝負。焦れて動けば手痛い反撃を食らう。よもや忘れたわけではありますまい?」
元々、包囲網を崩されて城に撤退したレオを追撃したのはバルテルとフィデッサーだった。
二人は早々に攻城戦を開始したが、支城も落とせずにいたため、援軍としてウィリアムがやってきたのだ。
その援軍役もゴードンが自ら出るというところを、ウィリアムが説得したものだった。
ゴードンは反乱軍の要。討たれればすべて終わってしまう。
皇帝に協力する軍を説得するべきと提案し、ウィリアムは軍の抑え役をゴードンに任せた。そして自らレオを討つためにやってきたのだ。
しかし、いくら協力関係とはいえ他国の王子。その下につくことを両将軍は快く思っていなかった。そのため、緒戦での失敗を受けて早々に兵糧攻めに切り替えたウィリアムの方針に反対という立場を取っていた。
「あの時とは状況が違います」
「同じだ。向こうは虎視眈々と反撃の機会を待っている。下手に手を出せば多くの兵を失うだろう」
「指揮官の仕事は兵の命を惜しむことではありません! 勝利を手にすることです!」
「勝利を手にするための兵糧攻めです。私はこの軍の指揮権を預かっている。ご不満ならゴードン皇子に訴えればいい」
「殿下はお忙しいのだ!」
「ならば私に従うことだ」
そう言ってウィリアムは二人に退室を命じた。
忌々し気にウィリアムを睨みながら、二人はその場をあとにする。
邪魔者がいなくなった自分の天幕で、ウィリアムは大きく息を吐いた。
他国の軍を率いることが簡単だと思うほど、ウィリアムは楽観的ではなかった。しかし、想像よりも難しいことは痛感させられていた。
「本来なら結果で黙らせるところだが……」
下手に動けば反撃を喰らう。
相手が絶対に反撃できないというところまで追い詰め、そこを仕留める。その方針をブレさせる気はウィリアムにはなかった。
ウィリアムはいつになく慎重だった。
そうさせるのは帝都で見せたレオの力。そして動かぬ帝都の存在だった。
状況は変わった。援軍が必要なのは明白。
しかし、帝都で動きはない。
「動かぬはずはない……」
ジッとウィリアムは何もない場所を見つめる。
見ているのは過去。帝都での最終局面だった。
レオの登場から一気に形勢が逆転した。それは間違いない。
だが、その前に時間稼ぎをされた。レオは来ると読み、入念な時間稼ぎをされたのだ。
レオの兄、アルに、だ。
「本当に寝ているのか? いまだに起きぬと?」
毒や魔法を喰らい、長い時間眠り続けることはある。
だが、どうしてもウィリアムはそれを鵜呑みにはできなかった。
そう思わせて奇襲されてはたまらない。
ウィリアムはゴードンが北部の三分の一を確保するために奔走した。
シルバーの力を見せつけられ、意気消沈するゴードンを励まし、叱咤した。そして藩国を通じて兵糧ルートを確保し、北部の中でも付け入りやすい東側を手早く占拠、そこに拠点を置いた。
なんとかここまで来た。王国と連携すれば北部を手に入れることも可能となるだろう。
そうなれば藩国と連合王国の軍を北部に引き入れることができる。そのまま南下して帝都に向かうもよし、王国に合わせるもよし。やれることは広がる。
だが、敵も馬鹿ではない。
いずれ皇国との同盟がまとまるだろう。そうなれば東部国境守備軍が北上してくる。
王国方面の軍に比べ、レオの軍は規模が小さかった。それは時間を稼げばよかったからだ。
そしてそれは今も変わっていない。
援軍の見込みのない籠城は下策だが、時間を稼げば帝国最強の軍が来るとわかっているなら上策だ。
「我慢できずに皇帝が出てくるなら望みはあるが……」
皇帝が出てくれば連合王国は本格的に戦力を差し向ける。
今はまだ協力関係だが、その状況となれば肩を並べることになるだろう。
なにせ、皇帝を討てば戦争に勝てるからだ。
帝位候補者たちが抵抗するだろうが、その抵抗も微々たるものだろう。
だから、皇帝は出てこない。本来ならば勇爵が出てくる場面だが、勇爵は出てこないとウィリアムは踏んでいた。
帝都の反乱時、勇爵は軍を率いて待機していた。
しかし、間に合わなかった。足止めの軍がいたからというのもあるが、単純に勇爵の動きが遅かったからだ。
なぜ遅かったのか?
意見の対立があったのだ。
勇爵家には三つの分家がある。その一つが勇爵に意見をぶつけ、足並みを乱した。そのため、一刻を争う事態で勇爵は後れを取った。
その情報があるため、ウィリアムは勇爵は出てこないと判断できた。
「皇国との同盟はまだまとまらない。皇帝も勇爵も出てこれない」
援軍はないと決めつけるだけの情報はあった。
しかし、目に見える情報だけで判断していいものかどうか。
敵の罠がどこかにあるかもしれない。
「曲者め……」
姿が見えないアルの姿を幻視して、ウィリアムは呟く。
姿が見えないからこそ、考えることになる。
いっそ、姿を見せてくれたらどんなにいいか。
そうウィリアムが思ったとき。
その報告は突然やってきた。
「急報! 後方の兵糧基地で煙が発生! 襲撃と思われます!!」
「なにぃ!?」
兵糧基地はウィリアムが設置したものだった。
敵が狙うならば兵糧なのは明白。見つからない場所を選んだはずなのに、そこがバレた。
そのことにウィリアムは戦慄する。
レオに動きはない。いくらレオとて、包囲された城から何もせずに外の軍は動かせない。
つまりレオではない。
「くそっ!」
脳裏にニヤリと笑うアルがよぎる。
罠かもしれないという思いはあった。しかし、このまま放置してしまえば兵糧を焼かれてしまう。
兵糧基地を焼かれ、そのまま兵糧ルートもつぶされればウィリアムは孤立する。
他国の軍を率いる不安定な立場である以上、兵糧を失えば反乱を起こされかねない。
そんなことを考えていると、慌てた様子でバルテルがやってきた。
「ウィリアム王子! 兵糧が狙われました!」
「報告は聞いた。今、考えている」
「何を悠長な! すぐに竜騎士団を率いて向かってください!」
「……それは要請ということですかな?」
「もちろんです!」
望む言葉を引き出したウィリアムは一つ頷く。
これで罠だとしても責任はウィリアムにはない。
「では、この場の指揮をバルテル将軍に預ける。臨機応変な対応を心掛けるように」
「はっ! お任せを!」
「念のため、竜騎士団の一部は残しておく。彼らは空の防衛に専念させるように。私の部下だ。勝手に命令は出すな」
「……かしこまりました」
釘をさしてからウィリアムは天幕を出た。
これで竜騎士を使っての攻城はできない。命令に反するからだ。
地上の軍だけを使って、攻城するならば仕方ない。適度なガス抜きは必要だ。返り討ちにあえばうるさい両将軍も黙るだろう。
問題は兵糧への攻撃が陽動だった場合。
憎たらしい作戦だ。罠かもしれないと思っても、対応せざるをえない。
人の嫌がることを熟知している人間が考えた作戦だろう。
「……出てきたな。アルノルト」
確信めいたものを感じながらウィリアムは呟く。
すでに自分は手のひらの上なのではという不安を抱えながら。