第三百十八話 初恋の相手
僕の初恋は小学三年です( *・ω・)ノ
作戦は決まった。
しかし、すぐに決行はされない。
まずネルベ・リッターが敵軍に悟られないように敵後方に移動しなければいけないからだ。
ラースが入念に確認した結果、敵にばれないように背後を取るには二日かかるという結論に至った。
だからこれから俺とネルベ・リッターは先に出陣する。
「ご武運をお祈りしております。殿下」
「そっちもな、ランベルト隊長」
「我々は平気です。最悪、撤退すればよいだけですから。しかし、殿下はネルベ・リッターと共に行動します」
「途中まで、な。奇襲自体はネルベ・リッターが行う。俺は兵糧基地の最終確認をしたら、離れたところで待機だ」
「それでも敵に近づくことには変わりありません。やはり危険では?」
少数の部隊しか連れていない以上、ランベルトが心配するのは無理ない。
なにせ本来、俺の護衛はランベルトたちの仕事だ。
自分の安全に関しては絶対の自信があるから、ついつい前に出ること前提で作戦を考えてしまったが、周りへの配慮に欠けていたな。
「危険は危険だが、ネルベ・リッターが帰還するのを待っていたら時間がかかりすぎる。それに北部貴族を説得するとなれば、前線近くの貴族にも会いにいくことになる。どうであれ危険は避けられんさ。安心しろ。ネルベ・リッターは万能部隊だ。俺を逃がすだけならどうにかしてくれる」
「楽観的ですね……どうかお気をつけて。このままではあなたを馬鹿にする者を見返せませんから」
「見返す気なんてないさ。俺は出涸らし皇子という呼び名は嫌いじゃない。それに態度を変える奴が好きじゃないし、それを見るのも好きじゃない」
俺を馬鹿にするのは結構。馬鹿にしたきゃすればいい。
だが、俺が成果をあげて手のひらを返さないでほしい。
愛想笑いですり寄られてもイラつくだけだ。馬鹿にしていたなら、俺が成果をあげても馬鹿にすればいい。
今回の功績は認めるが、それまで自堕落だった事実は変わらない、くらいは言ってほしい。そういう態度が一貫している奴のほうが信用できるし、見ていて気分がいい。
「あなたにその気がなくとも、今回の戦争であなたを見る目は変わるでしょう。いえ、すでに変わり始めています。敵も味方も、帝都での反乱であなたが曲者だと理解し始めた。もっともその認識すら甘いのだと、あなたと共にいて思い知らされましたが」
「困った話だな。俺は今のままがいいのに、それが許されない。なにが困るって皇子らしく真面目に国難に取り組んだら、俺の望むとおりにはならないってことだ」
「殿下は変わっていますね。あなたのような人をきっと天才と呼ぶのでしょう」
「天才ねぇ。レオのほうが似合いそうだが?」
「そう思っていました。しかし、レオナルト殿下はきっと努力の人なのでしょう。あなたは違う。閃きに秀でた天才です。ずっと疑問でした。レオナルト殿下はあなたといつも比べられていた。子供の頃から、周りから兄とは違って優秀だと言われ続ければ調子にも乗りそうなものですが、レオナルト殿下は違いました。より一層、努力を重ねた。その疑問がようやく解けました。あなたの傍にいたからあなたの凄さをレオナルト殿下はわかっていたのでしょう」
「大げさだな。レオが真面目なだけだ」
「殿下がそういうなら、そういうことにしておきましょう」
俺がため息を吐くと、ランベルトはそう言って苦笑する。
そして一礼して下がっていく。
入れ替わりにフィンが俺の下へやってきた。
「殿下、お気をつけて」
「問題ない。お前さえ上手くやれば不安はないよ」
「では、ご安心ください」
そう言ってフィンは真っすぐ俺を見る。
迷いはないといった目だ。
「たしかに安心できそうだ。じゃあ気分転換に雑談といこうか。グライスナー侯爵の令嬢はどんな人なんだ? 女なのに飛竜に乗るんだ。普通じゃないだろ?」
「い、いきなりなんですか……!」
「いいから答えろ。どんな人なんだ?」
「……お嬢様は真っすぐな方です。正しいと思うことを行い、それができるだけの強さを持っています。そして同じくらいお優しい」
フィンはフッと笑う。
穏やかな笑みだ。自慢のお嬢様といったところか。
「いつから好きなんだ?」
「……好きか嫌いかでいえば好きなのでしょうね。ですが、それが異性への愛情なのかはわかりません。俺は孤児でした。一人取り残された俺をお嬢様が救ってくださった。竜騎士としての道を示してくださり、ここまで一緒に歩んでくださった。大恩あるお方です。この恩を返したいという思いが俺にはあります」
「……そうか。まぁ幼馴染相手の感情なんてそんなもんだろうな。そのうち好きとか嫌いとかって感情もなくなってくる」
「やけにお詳しいですね。殿下もたしか勇爵家のお嬢様と幼馴染だとか。どうなのですか?」
反撃とばかりにフィンがエルナについて訊ねてくる。
だが、その反撃は俺には通じない。
「好きか嫌いかで言えば好きだろうな。なにせ初恋の相手だ」
「……はい?」
なにかとんでもないことを聞いたような気がする。
そんな表情をフィンが浮かべた。
皇子の初恋の相手が勇爵家の神童。それはきっと大事なんだろうが、今更どうでもいいことだ。
「俺も幼馴染には大恩がある。いつだって返したいと願ってる。そしてこの先、常に同じ方向を向いて歩いていたいと、そう思う。結果的に隣に寄り添うことになっても、そうじゃなくても――俺たちは変わらない。幼い頃から共に作り上げた腐れ縁という魔法は聖剣にだって断てないし、シルバーだって解除できない。大切な幼馴染ってのはそういうもんだ……だから助けてこい。今のお前は助けたいと願えば助けられる力を手に入れたんだからな」
感じた無力感も。
努力が実らなかった絶望感も。
決して無駄にはならない。
それがあるから今があると思える。
そして思い返すたびに、共にいた幼馴染への恩を思い出せる。
弱かったとき、何もできなかったとき。
共にいてくれる人は貴重だ。無条件で傍にいてくれる幼馴染は、だれにだって得られるモノじゃない。
だから大切だし、死に物狂いになる価値がある。
「殿下……」
「フィン、お前は初陣だ。きっと戦場で迷うこともあるだろう。その時は心の声に従え。守りたいと思って、お前は一歩前に踏み出した。だから心の声を無視するな。無視すればお前は大きな後悔を抱く。もしもその心の声に従って、状況が悪くなったとしても……今のお前にはそれを跳ね返す力がある」
弱ければどんな結果も得られない。
平凡であれば片方しか得られない。
強ければすべての結果を得られる。
強者の特権だ。幼馴染も守るし、作戦も成功させる。
それができるだけの力をフィンは持っている。
「……心に刻みます」
「見せつけてこい。そして示せ。お前の強さを。この帝国の空はお前のものだ」
「はい……殿下のご期待に全霊でお応えします。必ず勝報をお届けします」
そう言ってフィンは強い目で応じた。
その目から感じるのは守り通すという想い。
最初にあったときは守りたいという願望だった。
やがてそれは守るという決意に変わり、今は守り通すという確固たる強さに変わっている。
少しだけ残っていた心配が消え去った。
これなら万に一つも失敗はないだろう。
俺はフィンと別れて歩き出す。そこに待つのは黒いフードつきのマントを被ったネルベ・リッターだった。
俺もフードをすっぽり被り、彼らが用意した馬へ跨る。
「行くぞ。慎重に、しかし大胆に。誰にも気づかれずに敵の背後を取る」
「はっ!」
こうして俺とネルベ・リッターはターレの街を出陣したのだった。




