第三百十七話 作戦立案
「では作戦を説明する」
そう言って俺はランベルトたち空戦部隊に作戦の説明を始めた。
敵軍の動向を探っていたセバスが戻り、敵軍のおおまかな配置はわかった。
それをテーブルに広げられた大きな地図に駒として置いている。
「とりあえず、敵味方のおさらいだ。レオが籠るのはディック城。まぁ城といっても実態は強固な要塞だ。元々、帝国国境がこの辺にあったときに作られたものを増改築していったものだからな」
「防御は完璧ということですな?」
「そうだ。現在、敵軍はこのディック城を包囲しているが、なかなか城攻めが進んでいない。理由はディック城の傍にある支城を落とせていないからだ」
ディック城は堅牢な防御拠点だ。
だが、それでも毎日激しい攻撃にさらされれば消耗を強いられる。
しかし、本格的な城攻めに入るには支城を落とさなければいけない。
支城を放置すれば、包囲を崩されかねないからだ。
「ディック城の支城は丘上にある。レオはこの城に精鋭三千を配置して、敵軍の動きを阻害している。上下の連動で敵を揺さぶっているわけだな。敵は包囲直後は何度か挑んだらしいが、全部跳ね返され方針転換を余儀なくされた」
丘上を取られている以上、敵は地の利を得られない。
支城を先に落とそうにも、支城がある丘は攻めづらく守りやすい。
大軍の利も生かしづらく、無理に攻めれば出血を強いられる。
本城の攻略前に被害が増えれば、本城攻略が不可能になる。
だから敵軍は兵糧攻めに切り替えた。
「この支城が健在なうちはディック城も無事だ。しかし、敵はそのうち軍を増強する。その前にレオ達に兵糧を届ける。兵糧がなければ移動もできないからな」
同時に敵の兵糧もできるだけ焼きたい。
兵糧がなければ動けないのは敵も同様だからだ。
現在の状況はそんなところだ。
そしてここからが本題。
俺は地図上に目を向けた。
敵はディック城を包囲し、支城に抑えの軍を置いて動きを封じている。
その後ろには予備軍がおり、そのさらに後ろには山が広がっている。間違いなく兵糧基地はこの山々の中にある。
問題はどこにあるか、だ。
「兵糧基地は山の中にある。しかもかなり見つけにくい」
「山にあると絞れたならば我々が空から偵察したほうが確実ではありませんか?」
「見つけにくいってことはそこそこ移動も不便ってことだ。そんなところに兵糧基地を作ったのは空を移動できる竜騎士団がいるからだ。監視は地上よりも空のほうが厳しい」
「なるほど……では地道に探すわけですね?」
ランベルトの言葉に俺は首を横に振る。
そんな時間はない。
さっさと動かなければこっちが何かしようとしていると悟られる。
時間はかけない。
「地道に探すのは見つかる危険を増やすだけだ。今回は予測で動く」
「予測が外れた場合は?」
「外れんから平気だ」
そう言って俺は地図上にいくつも小さな駒を置いていく。
それは確認された小部隊だ。
おそらく兵糧基地からの連絡部隊や輸送部隊。
それらを置いていき、そいつらがどういうルートで動いたかを頭の中でシミュレーションしていく。
Aの山に兵糧基地があったと仮定して、どこかの部隊の動きに違和感や無理があった場合、Aの山に兵糧基地がある可能性は低い。
そうやっていくと浮かび上がるのは一つの山だった。
確認された部隊の動きがまったく無駄なくつながる。
広がる山々の中の端。そこにある山を俺は指さす。
「敵の兵糧基地はここにある」
「失礼ですが、根拠は?」
「確認された小部隊がそう示している。兵糧基地を移動しづらい場所に隠した以上、輸送部隊に偽装ルートを辿らせることはまずない。そこまで入念にするほど向こうは劣勢じゃないし、そんなことをすれば兵糧の輸送が大幅に遅れる。だから周りにいる部隊の動きを見れば、ここだという結論に行き当たる」
「……私が聞いた話では殿下は戦術論の成績が非常に悪かったはずですが?」
「サボるか寝てたからな。それに戦術論なんて必要ない。相手の動きを予測しただけだ。セオリーなんて知らなくてもどうにかなる」
戦術論なんていうのは今まで行ってきた戦争の蓄積だ。
それをよく知っていれば応用も利くだろうが、別に知らなくてもどうにかなる。
まぁ俺は爺さんに古代魔法を学んだときに、それも学ばされているからそこそこ知っているんだが。
それをわざわざ説明してやる必要もないだろう。
「兵糧基地への奇襲はネルベ・リッターに任せる。途中までは俺も同行し、作戦後に俺たちは北部貴族の説得に回る」
「作戦が失敗した場合もですか?」
「失敗した場合でも、だ。兵糧基地がなく、竜騎士団を引き付けられなかった場合はネルベ・リッターはそのまま後方かく乱に入る。そうなれば少しは敵軍の目は引き付けられる。その間に運べるだけ兵糧を運べ」
「簡単そうに言いますね……」
「お前たちならできると思っているからな。さて、これが俺の行動予定だ。問題はお前たち」
竜騎士団を上手く引き付けられたとしても、ディック城の周りにはこちらを上回る竜騎士がいるだろう。
質で上回っても数は向こうが上。
それをどうにか埋める必要がある。そしてそのための策だ。
「騎獣の優位、武器の優位、そして技術的な優位。優位はこちらにある。だが、できれば損害なく勝ちたい」
「求めすぎでは?」
「求めて悪いことはない。さて、ここで敵軍のことを考えてみよう。包囲中、常に竜騎士が空を警戒しているだろうか? 答えはしてない、だ。少数が警戒しており、大多数は地上にいる」
飛竜はずっと飛んでいられるわけじゃないし、竜騎士の集中力も持たない。
交代制で警戒に当たっているはずだ。
だから。
「フィン。お前は単騎で先に突撃し、この地上待機組の竜騎士たちを攻撃しろ。できれば飛竜にダメージを与えたい。空にあげなきゃそれでいい」
「お、俺だけですか……?」
「そうだ。数万の軍に単騎で突撃しろ。空からしれっと奇襲して、ディック城の上空まで戻ってこい。当然、敵はお前を追うだろう。それを今度は第六近衛騎士隊が集中砲火で迎撃する」
フィンの役割は二つ。
敵飛竜の無力化と囮。
ディック城の上空に逃げるフィンを追撃すれば、敵は上昇することになる。
それを第六近衛騎士隊が降下しながら撃ち落とす。
上手くいけば相当数の竜騎士を始末できるだろう。
「天隼の姿を見れば、第六近衛騎士隊だと悟られる。それに六二式の火力が必要だ」
六二式にはモードがある。
一本の雷魔法を放つモードと複数の雷魔法を同時に放つ拡散モードがある。
魔力を多く消費するが、多くの敵を一度に倒せる。六二式だけのモードだ。
今回の作戦にはピッタリだろう。
「どうする? 嫌なら別の作戦を考えるが? 初陣から敵軍への単騎突撃なんて聞いたことないし、断っても不名誉じゃないぞ?」
「……殿下は俺にできるとお思いですか?」
「余裕だと思ってるが?」
俺の言葉を聞き、しばしフィンが押し黙る。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……やります。やらせてください」
「失敗すれば作戦の成否に関わる。自信はどうだ?」
「……自信はわかりません。ですが、確信できることは一つあります」
「ほう? それは?」
「ノーヴァはどんな騎獣よりも速いです。攻撃して逃げることはできるかと」
その言葉を聞き、俺は一つ頷く。
怖気づいてないなら問題ない。
「じゃあ決まりだな。この作戦で行く。任せたぞ」
俺の言葉を受け、その場にいた全員が返事をしたのだった。