第三百十六話 空の戦い
ターレの街から少し離れた訓練場。その空で二人の騎士が模擬戦を行っていた。
空戦は通常、幾度も交差する。
攻撃するためには近づかなければいけないからだ。
だが、今回の空戦はあまり交差がない。
互いに距離をとっても攻撃できるからだ。
「実際、副隊長はどれぐらい強いんだ?」
「自分の次に天隼の扱いは上手い男です。六一式の訓練でも優秀な成績を残しています」
「つまり勝てば戦力ということだな?」
「いえ、渡り合ってるだけで十分、戦力です」
空を見上げながらランベルトは真剣な表情を浮かべている。
その表情を見る限り、副隊長が手を抜いているというわけではなさそうだ。
空での戦いは全くの互角だった。互いに後方の取り合いをしつつ、隙を見ては魔導杖で魔法を放つ。
ルールは一撃でも当てれば勝ち。
威力を調整するため、互いの魔導杖からは宝玉を外してある。訓練用のモードだ。
当たっても痛い程度で済む。
六一式が放つのは火球だが、六二式が放つのは雷撃。威力、速度ともに六二式のほうが優れているが、今はそこまで差はない。
つまり、フィンとノーヴァは実力で渡り合っているということだ。
「さすがにすぐには決着がつかないか?」
「どうでしょうか。副隊長は対応するだけで手いっぱいのようです」
「手いっぱい? ならなんで互角なんだ?」
「フィンが強引に攻めて隙を作りたくないと思っているからでしょう」
「……意外に慎重だな」
「大事なことです。しかし、空では思いっきりの良さも必要です」
そうランベルトが言った瞬間。
フィンが動いた。
円を描くような軌道から、一気に上昇して宙返りを始めたのだ。
横から強引に縦の動き。
副隊長は後ろを取られまいと旋回を始めるが、高速で動く騎獣はその場で後ろを振り向くことができない。
どうしたって動きが膨らむ。
なにより、副隊長の天隼とノーヴァとでは決定的に運動性能の差があった。
小回りという点でノーヴァのほうが利くのだ。
「単独で天隼に勝てる飛竜などいないと思っていましたが……世界は広いようで狭いですな」
「帝国にいたな」
副隊長の旋回中に背後を取ったフィンは、そのまま距離を詰める。
魔導杖は距離を取って攻撃できるが、それでも高速で動く相手が目標だ。
距離を縮めたほうが命中率は高い。
そんなフィンの動きを予測していたのか、副隊長は魔導杖を無理やり片手で操り、背後に火球を放つ。
通常、腰に固定している魔導杖。それを片手で扱うあたり、大したもんだ。
しかも狙いは正確。
経験の差が出たかと思ったが、フィンはその場で横向きに回って火球を回避してみせた。
「あの速度で横転をやるのか……!」
「すごいのか?」
「やってみますか? 空に投げ出されますよ」
「俺を後ろに乗せているときはやるなと言っておこう」
副隊長の一撃を回避したフィンは、悠々と副隊長に雷撃を浴びせる。
そして二人はそのままゆっくりと降下してきた。
「どうだ? 副隊長」
「どうもこうもありません。見た通りです。完敗ですよ」
ランベルトの質問に副隊長は苦笑しながら答える。
その顔は負けたのに清々しいものだった。
所詮は模擬戦。戦場では味方だしな。頼もしいとすら感じているんだろう。
そもそも近衛騎士は実力主義だ。
強い者を認めることに抵抗はない。相手がたとえ竜騎士であったとしても、だ。
「よくやった。竜騎士フィン」
「はっ! 殿下からお預かりしたこの六二式のおかげです!」
「謙遜はよせ。武器の性能に大して差はない。それに、戦場じゃ武器の性能も実力のうちだ」
「そのとおり。見事だったぞ、フィン。どうだ? この戦いが終わったら近衛騎士になる気はないか?」
「え? あ、その……」
ランベルトは素直にフィンを褒め、そのまま勧誘を始める。
別に近衛騎士になることは悪いことじゃない。
だが。
「第六近衛騎士隊は天隼の部隊だ。竜騎士が入ることは反対されるだろうな」
「そこは殿下から口添えを」
「嫌に決まってるだろ。大臣たちから小言を言われる。それより別の近衛騎士隊のほうがスムーズに入れる」
「ほかの隊ではフィンが孤立します。やはり我が第六近衛騎士隊に!」
「だそうだが? だいぶ熱心だぞ?」
「その、俺は……殿下の意向に従います」
ランベルトに気を遣いつつ、そうフィンは頭を下げた。
そういわれてはランベルトも何も言えない。
不満そうな顔はしつつも、その場での勧誘はやめた。
だが、不満顔なのはランベルトだけではない。
「フィン! お前は我がグライスナー侯爵家の竜騎士だ! 皆と戦うのがお前の夢だったはず!」
領主代行のバーナーはフィンに近づき、そう説得を開始した。
不敬といえば不敬だが、臣下の騎士を奪うというとんでもない不敬を行ったのは俺なので、不敬だというわけにもいかない。
「バーナー様。たしかに夢でした。今もグライスナー侯爵家への恩義は忘れておりません。ですが、俺は戦いたいんです。皆のところに行きたいんです。どうかご理解ください」
「お前が望めば殿下も強制はしない! お前は強い! それを証明したんだ! さっきまでとは状況が違う!」
フィンが強いと分かった以上、作戦に組み込むのはほぼ確定だ。
今更、フィンから六二式を取り上げることはできない。
その立場を利用して、意見を述べろとバーナーは諭す。
必死だな。まぁ当然か。
竜騎士は貴重だ。育てるまでに十年はかかる。それを引き抜かれるだけでも問題なのに、フィンは新たな力を示した。
これから敵も味方も注目する存在になるだろう。
それを領主の留守中にまんまと皇子に奪われたとあっては、バーナーの失態となる。
受け取り方次第ではバーナーに不満があったから出ていったともとれるからだ。
実際、バーナーは戦力にはならないとフィンを判断していた。大型の飛竜たちも同様だ。それをどう生かすかを考えなかった。そこらへんが凡庸という評価につながる。
「バーナー、もう諦めろ」
「殿下は黙っていてください! そもそも臣下の騎士を奪うのが皇族のやるべきことですか!?」
「引き抜きなら今までもあった」
「それは互いの合意があった場合です。領主にも話を通さず、騎士を自らの下に加えるなど越権行為ですぞ!」
「そうかもしれないな。じゃあ問題にするか? 俺が帝国の最新鋭試作兵器を与えた竜騎士フィンは、自らの騎士だと皇帝に訴えてみろ。誰もがグライスナー侯爵家が試作兵器欲しさに訴えたと思うだろう」
「っっ!! それでもかまいません! フィンは我が家の竜騎士です! 竜騎士である妹は将来、フィンを正式に竜騎士の指南役にと考えておりました! 勝手はしないでいただきたい!」
竜騎士の妹?
グライスナー侯爵の娘は竜騎士だったか。
なら、今はグライスナー侯爵と共にレオの下か。
そんなことを思っていると、フィンが少し視線を落としているのに気付いた。
副隊長との模擬戦でも気後れしなかったのに、どういう風の吹き回しやら。
よっぽどその竜騎士のお嬢様が怖いのか。
それとも――。
「まぁいい。この話はあとだ。文句があるなら受け付けるが、作戦を成功させるのが先だからな」
「……後回しにしてうやむやにはしないでいただきたい」
「約束しよう。必ず話し合いの場を設ける。もっとも結果は目に見えているがな」
そう言いながら俺はフィンの傍によって、フィンにだけ聞こえるようにつぶやく。
「お嬢様のために前線に行きたいのか?」
「なっ!? ち、ち、違います! 俺は皆のために!」
「そういうことにしておこう」
慌てるフィンをニヤニヤと見ながら、俺はその場をあとにしたのだった。