第三百十四話 戦えない飛竜
作戦は決まった。
あとは機を見て動くだけだ。
すでに敵軍の配置についてはセバスに探らせている。
情報と敵の動き次第で作戦決行となるはずだ。
それまでの間、ターレの街は忙しい。
なにせ兵糧をまとめなければいけない。
「大型飛竜が約三百頭か」
小回りを利かせるために、飛竜は必要以上に大型化してはいけない。
しかし手探り状態だったターレでは竜騎士の騎竜に向かない大型飛竜が数多くいた。その数は三百。一頭でも馬車五台ほどをつるして飛べる力を持っている。
単純計算で馬車千五百台分の兵糧を空から運べるということになる。
もちろん、そのまま馬車をつるして飛ばすわけじゃない。
大型飛竜が運びやすいように、馬車の荷台部分を連結させている。
大型飛竜に乗るのは竜騎士の候補生。即戦力の竜騎士はほとんど前線に出ているため、養成中の竜騎士を使うしかないのだ。
とはいえ、厳しい訓練を行っている候補生だ。荷物を運んでいるとはいえ、安定して飛竜を飛ばすくらいは簡単にやれる。
だから輸送隊の問題はほとんどない。
むしろ俺が少々心配なのは、露払いである第六近衛騎士隊のほうだ。
実力は問題ない。だが、どこまでいっても少数だ。
空戦において大きなアドバンテージを見せる六一式があるとはいえ、制空権の確保には時間を要すだろう。
その間に陽動に引っかかった竜騎士たちが戻ってきかねない。
制空権を維持できなくなった時点で、輸送は中断。
ある程度の兵糧を届けることはできるだろうが、それが満足できるものになるかどうかは、出たとこ勝負になる。
「レオの下にいる竜騎士たちがどれほど使えるかもわからないしな……」
呟きながら空を見上げる。
空では竜騎士たちが模擬戦のようなことをしていた。彼らの動きはお世辞にもスマートとはいいがたい。訓練を始めたばかりといったところか。多分、作戦にも参加させられない見習いだ。
しばしそれを観察していると、あることに気づいた。
その模擬戦は一対多の模擬戦だった。
一騎の竜騎士に対して、五騎の竜騎士が挑んでいる。
だが、逃げる一騎の竜騎士に挑む五騎は手も足も出ないといった様子だ。
理由は明白。速いのだ。とにかく。
直線的速度はもちろん、旋回速度が違いすぎる。後ろを取ったと思ったら、すぐに後ろを取り返されてしまっている。
戦場なら五騎はとっくに全滅しているだろう。
教官役とでもいうべき一騎の竜騎士は、珍しい白い飛竜に跨っていた。だがその白い飛竜はとにかく小さかった。通常の飛竜よりさらに一回り小さい。
それに跨る竜騎士も小柄だ。
だが、その小ささを生かして空を縦横無尽に駆け回っている。
五騎を相手にしながら、まるで本気じゃないという雰囲気が伝わってくる。
「ベテランの竜騎士は戦場に出ているはずだが……」
あれほど飛竜を巧みに操る竜騎士は、連合王国とてそうはいないだろう。それにあの小型の飛竜の機動力、運動性は天隼に匹敵するか、上回るかもしれない。
バーナーはこのターレには戦力がないといった。つまりあの竜騎士は戦力として見られていないということだ。
何か事情があるんだろう。
そう思いつつ、俺は模擬戦を終えて降下する竜騎士の下へと歩き始めたのだった。
■■■
たどり着いたのは飛竜たちの竜舎だった。
そこでさきほどの竜騎士と思われる小柄な少年が、白い飛竜に餌を与えていた。
年は十六、七歳だろうか。
小柄で童顔なため、正確な年はわからない。顔は整っており、少女のように見えなくもない。だが、竜騎士として鍛えているのか、細いながらも体は引き締まっている。
背は俺のほうが高いが、力比べじゃ勝ち目はないだろうな。
重そうな餌も軽々と持ち上げ、楽しそうに白い飛竜へ与えている。
「今日も頑張ったね、ノーヴァ」
「キュー!」
竜騎士が頭を撫でると、白い飛竜は嬉しそうに目を細め、もっと撫でろといわんばかりに頭をこすりつけていく。
「懐かれているんだな」
唐突にそう声をかけると、竜騎士の少年が振り返る。
キョトンとした様子で俺を見たあと、少年はフッと笑った。
「どなたでしょうか?」
「どなたでもいいだろ。さっきの模擬戦を見て、気になってやってきたんだ」
「ああ、なるほど。彼らは新人ですから」
「新人相手なら五対一でも余裕なのか。ターレの竜騎士はすごいな」
そんなわけがないと承知で俺は呟く。
相手がいくら新人でも、五対一ならそんな余裕はないだろう。余裕だったのは、この白い飛竜が圧倒的な能力を誇っており、この竜騎士の少年がそれを巧みに扱えるだけの技量を持っていたからだ。
ほかの竜騎士ではああはいかない。
それは少年もわかっているんだろう。苦笑して肩をすくめている。
「名を聞きたい。白の竜騎士殿」
「名乗るほどの者じゃありませんよ」
「そこをなんとか」
「……変な人ですね。俺の名はフィン。フィン・ブロストです」
物腰柔らかなのに一人称は俺なんだな。
意外だった。僕とか私だと思ってた。まぁそんな一人称を使うと女に間違えられるから嫌だとかそんなところだろうか。
そんなことを思っていると、竜騎士のフィンは白い飛竜に視線を移す。
「この子はノーヴァ。俺の相棒です」
「キュー!」
相棒という言葉に反応したのか、ノーヴァは嬉しそうに鳴いた。
それを見て俺は違和感を覚えた。
しばらくその違和感がなんだか気になっていたが、少し考えてから理解する。
この状況が違和感なのだ。
「……飛竜は高い魔力を持つ者を嫌うと聞いてたんだが?」
鷲獅子にせよ、天隼にせよ、高すぎる魔力を持つ者は嫌う。
鷲獅子と天隼は近づくだけなら問題ないが、飛竜は違う。魔力の高い者が近づくだけで威嚇するほどだ。
そのため、帝国の皇族は飛竜に嫌われやすい。訓練された飛竜が人をむやみに襲うということはあまりないが、それでも近づくなと言われるほどだ。
俺は皇族の中でも飛びぬけて魔力が多い。レオが乗る鷲獅子に乗れたのは、レオがいたというのと、そもそもあの鷲獅子が魔力の高いレティシアに育てられたからだ。
一人じゃ耐性のあるあの鷲獅子でも乗せてくれないだろう。
それなのに。
ノーヴァは気にする様子もなく鳴いている。しかも、だ。
見た限り、フィンも相当魔力が高い。
「この子は特殊なんです。俺でも乗せてくれるくらいですから」
「……それが君がここにいる理由か」
「……そうです。俺はノーヴァにしか乗れません。そしてノーヴァは小柄で速い分、接近戦はできません。槍と槍がぶつかりあっただけで吹き飛ばされてしまうんです。だから俺とノーヴァは戦場に出れないんです……」
悔しそうにフィンはそう語る。
そんなフィンを慰めるようにノーヴァが額を何度もこすりつけた。
空戦の基本は長槍による突撃。交差の度に弾かれていては、たしかに戦えないだろう。
戦えない飛竜とその飛竜にしか乗れない竜騎士か。
不憫だな。
いや、不憫だったというべきか。
「もしも……戦えるなら戦いたいのか?」
「もちろんですよ! 俺は十年前から竜騎士になるために努力してきた! ノーヴァが幼竜の頃から育てて、ここまで来たんです! 戦いがすべてじゃないとみんなは言う! けど! 幼馴染同然に育った周りの竜騎士たちはみんな戦場にいる! 俺だけ残された! 技術なら負けない! ノーヴァだって速さなら負けない! 戦う術さえあれば俺たちは色んな人を助けられる! けど……俺たちは戦えない」
「……」
「ずっと夢だった……グライスナー侯爵家の竜騎士として戦うのが……でも、自分の故郷が危機でも、大切な幼馴染たちが戦場に向かっても……俺はここにいる……」
感じるのは無力感。
自分の努力が実らなかった絶望感。
そして幼馴染への想い。
同じものを俺は感じたことがある。
だから、俺はフィンに告げた。
「……戦えるなら何でもできるか?」
「え……?」
「答えろ、竜騎士フィン。戦えるなら何でもできるか? 幼馴染を助けにいけるなら何でも捨てられるか?」
「……あなたは一体……?」
俺の質問の意味がわからず、フィンは困惑する。
そんなフィンに俺は改めて告げた。
「――俺の名前は帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラー。問おう、竜騎士フィン。戦えるなら……夢を捨てられるか?」




