第三百十三話 ターレの街
西部に行くと見せかけ、闇に乗じて北部へ向かった俺たちはターレという中規模都市に到着していた。北部の南側。帝都に近い都市だ。
ここを治めるのはグライスナー侯爵。
飛竜を育てるに適した山岳地帯が領地にあることに着目し、十年以上も前から飛竜と竜騎士の育成に取り組んでいた先進的な人物だ。
ノウハウがない中で苦労しつつも、竜騎士と呼べるだけの戦力を抱えるまでになった。
北部貴族の中では珍しく、親皇族派であり、レオ側についている北部貴族のまとめ役でもある。
北部諸侯連合が敗走したあとは、自らの手勢と共にレオの本隊に合流し、籠城中のレオを支えているそうだ。
そのため、現在領地をまとめるのは長男だった。
「大した歓迎もできず、申し訳ありません……」
「別にいい。むしろされたら困っていたところだ」
領主の館。
そこで長男、バーナー・フォン・グライスナーは困惑した表情を見せていた。
バーナーは二十代前半の青年。
茶色の髪のごく普通の青年だった。それゆえに困惑しているんだろう。
「その……殿下……」
「なんだ?」
「いえ……一つお尋ねしたいのですが……援軍は殿下と付き添いの部隊だけでしょうか……?」
「そうだが?」
露骨にショックを受けた表情をバーナーは見せた。
正直な奴だ。貴族の長男でなければ長所だろうが、腹芸ができないと苦労するだろうな。
まぁそこは父親が指導すべき点か。
あえて俺が指摘してやることでもない。
「不満か?」
「いえ……ただ、レオナルト殿下と父は籠城中ですので、すぐに救援が必要ですので……」
「わかっている。だからここに来た」
ターレは兵糧基地としても機能しており、ここにはレオたちの生命線である兵糧があった。しかし、その兵糧をバーナーは動かせずにいた。
完全にレオたちが包囲されているため、届けることができないのだ。
「中央からの援軍は第六近衛騎士隊と少数のネルベ・リッター。大軍は来ない。色々と事情があってな」
「それは重々承知しております。軍部の中で信頼できる軍が少ないということはよくわかっております。ですが……包囲を指揮するのは連合王国の竜王子。少数での突破はおそらく不可能かと……」
皇帝陛下にさらなる援軍をお願いしてはいかがでしょうか?
バーナーの言葉は気を遣っているが、そこには不可能だという確固たる意志があった。
まぁ普通は無理だ。
レオの下には数万の本隊がいるわけだが、包囲されている。戦力として期待するべきじゃない。
正攻法としては大軍で包囲を破り、レオたちを逃がすべきだろう。
しかし、それを許す竜王子でもない。
北部貴族たちはウィリアムの恐ろしさをよく知っている。ゴードンが手早く北部の三分の一を制圧できたのはウィリアムがいたからだ。
だが、万能な奴はいない。
「では、できたらどうする?」
「……試してみて失敗しましたでは済みません」
「たしかにやってみなければわからないというのは無責任な言葉だ。やって失敗したらどうするのか? というのはわかる。だけどな……時にはやるしかない場面もある。座して父親の死を待つか? 俺の派遣は皇帝の命令だ。つまり、俺が失敗しないかぎりは皇帝は動かん。俺たちは動くしかないんだ。家族を救いたいならな」
「ですが! あまりにも無理難題です!」
「そうだ。盤石の布陣を敵は誇っている。地上は固め、空は自慢の竜騎士団が固めている。指揮官であるウィリアム王子はともかく、大半の敵はこう思っているだろう。どんな敵が来ても問題ない、と。そこが奴らの隙だ」
動ける皇族はもはやいない。皇帝や勇爵が出てきたとしても、大軍を動かせば必ず事前に察知できる。少数では突破はできない。
敵には油断に繋がる共通認識が出来てしまっている。
レオを上手く城に追い詰めることができたのがそれを助長している。
「それは自信に裏付けされています……実際、少数での突破は……」
「できるさ。奴らが一番自信を抱く場所を突き穿つ。とにかくターレの全戦力は俺が預かる。バーナー、お前は俺の存在が外に漏れないように徹底しろ」
「……わかりました。ですが、このターレにはほとんど戦力がありません……」
「それは固定観念に囚われた見方だな。何事も使い方次第さ」
そう言って俺は座っていたソファーから立ち上がり、その場を去ったのだった。
■■■
次の日。
第六近衛騎士隊隊長、ランベルトがターレに到着した。
先に北部に入っていた第六騎士隊は敵の目を避けるために街とは別の場所に野営を張っていた。
ターレにやってきたのは作戦会議のためだ。
「さて、ラース大佐には道中説明したが、もう一度聞いてくれ」
「はっ!」
部屋にはラースとランベルト、そして俺だけだ。
バーナーは兵糧を動かす準備を始めている。不安ではあるが、とにかくやるしかないといった感じだろう。動いてくれるなら悪くはない。
「敵軍の包囲はほぼ完ぺきだ。城はぐるりと包囲され、空は竜騎士団が固めている。城の中にいるレオたちに呼応してほしくとも、敗走したうえに包囲で兵糧も断たれている。レオたちだけを逃がすならできなくはないだろうが、本隊は打撃を受けるだろう」
「そうなっては反撃どころではありません」
「そうだ。それに逃げれば北部貴族はレオから離れる。それがわかっているから、レオは撤退せずに籠城を選んだ。だからこそ、俺たちもその姿勢を崩さない。大軍が手元にない以上、包囲を完璧に破るのは不可能だが、一部だけなら破れる。兵糧さえ届けることができれば、レオはまだまだ持ちこたえるだろう。そうなれば竜王子はレオから目を離せない」
「言いたいことはわかります。ですが、その兵糧を届ける方法が難関です」
「そうでもない。やることは簡単だ。兵糧を空から運ぶ。その護衛を第六近衛騎士隊に頼みたい」
俺の計画を聞いたランベルトは顔をしかめた。
言いたいことはわかるが、危険すぎる。そう言いたいんだろう。
まぁそりゃあそうだろう。
空からは来ないと敵は思っている。だから奇襲はできるだろう。
だが。
「ターレに残っている飛竜は大型で、兵糧を運ぶには適しています。しかしその分、鈍重です。重たい兵糧を持っていれば、余計にです。降下する前に敵に墜とされるかと」
「守り切れないか?」
「数万規模の軍を維持する兵糧です。大型の飛竜は力がありますから、相当な荷物を運べるでしょうが、それでも短時間では終わらないでしょう。それまで制空権を我々だけで維持するのは無理があるかと」
「まぁ、そうだろうな。だが、空が手薄になるならどうだ?」
「……手薄にできるのですか?」
質問に質問を返される。
それに対して俺はニヤリと笑って頷く。
「敵軍がやっているのは兵糧攻めだ。有効な手段だが、欠点もある。包囲する大軍を維持する兵糧が必要だということだ」
「なるほど。こちらも兵糧攻めをするということですね?」
「兵糧攻めってほどじゃない。ただ、俺たちだけ兵糧について考えるのは不公平だろ? 敵にも考えてもらおうと思う。その役目はラース大佐とネルベ・リッターに任せる」
「お任せを。敵を慌てさせるだけなら余裕でしょう」
敵軍は攻撃がないと思っている。
だから後方にある兵糧が焼かれたりしたらどうする?
最も速度が出る部隊が急行する。
つまり竜騎士団が出張るというわけだ。
ウィリアムなら陽動だと見破るかもしれない。だが、見破るなら結構。竜騎士団が動かないなら徹底的に兵糧を焼く。
レオ達も辛いだろうが、向こうも辛くなる。
数万の軍を養う兵糧だ。すぐに用意はできまい。
連合王国と帝国北部の間には藩国があり、兵糧はそこからやってくる。
だが、藩国は治安が悪く、貴族たちの質も悪い。しかもさらに国内が混乱するように手は打ってある。
兵糧の受け渡しだけでも相当苦労するはずだ。
「しかし殿下。敵軍の兵糧を焼くというのは妙策ですが……どこにあるかわかるのですか?」
「そんなもの知るわけないだろ?」
「……」
ランベルトの表情が固まる。
まさか知らないと返されるとは思わなかったんだろう。
その顔を見て、ラースが笑いだす。
「殿下はお人が悪いですな」
「素直に答えただけだ。まぁ言っていないこともあるが」
「方策があるのですね?」
「方策ってほどじゃない。数万単位の軍を養う兵糧だ。相当な量になる。つまり兵糧基地はどうしたって場所が限られる。ましてやレオが籠る城の近くには敵側の街がない。やつらは仮設の兵糧基地を作るしかない。なるべく敵にばれない場所に、な」
なら敵軍の配置を見れば予測はできる。
そう告げるとランベルトは驚いたように目を見開くのだった。