第三百十話 キューバー技術大臣
「帝国第七皇子アルノルト・レークス・アードラーに命じる。近衛第六騎士隊を率いて、第八皇子レオナルトを救援せよ」
「はっ」
膝をついて俺は父上から剣を受け取る。
帝都での反乱の際、目立ちすぎたと思っていたが、こうしてみると結果オーライだったな。
あまりにも無能な者は戦場には出れない。帝都で目立ったからこそ、今こうして剣を受け取ることができている。
本来ならこういう役目は別の誰かに任せたいところだが、今は動ける皇族がいない。皇族もどんどん手薄になってきたな。
帝都の会議に出ていないということは、エリクは皇国か東部国境にいるんだろう。
皇国を止めるのに全力を尽くしているといったところか。
困った話だ。いくら前線でレオが手柄をあげても、騒動が起きれば起きるほどエリクは別方面で手柄をあげる。厄介な皇国を自ら作ったコネクションで食い止めているからだ。
それはほぼエリク一人の手柄となる。皇国を動かせない。それだけで今回の内戦でもエリクは功労者となる。
外務大臣というポストについているエリクは、忠実に自分の仕事をしていれば功績がついてくる。それがエリクの絶対的優位を支えている。
それを崩すためにゴードンもザンドラも躍起になっていたわけだが、結局は及ばなかった。正攻法では勝てないと理解しているから強硬手段を取ったわけだ。
これからは俺たちがその絶対的優位を崩さなきゃいけない。そのための第一歩がこの内乱だ。
「気を付けるのだぞ。アルノルト」
「まぁ気長に待っていてください」
そう言って俺は立ち上がる。
ゴードンは倒すし、レオにも手柄をあげさせる。できるだけ短く終わらせるし、北部貴族もまとめあげる。
やることは多いが、いつものことだ。
今回もきっちり暗躍させてもらおう。
そんなことを思っていると、フランツが俺に声をかけた。
「殿下。第六近衛騎士隊は現在、帝都の傍で試作兵器の試験運用中です」
「試作兵器?」
「技術大臣が開発したものです。行けばどんなものかわかるかと。第六近衛騎士隊を呼び戻すよりは、殿下が直接見に行ったほうがよいかと思いますが、どうでしょうか?」
天下の宰相の勧めだ。
いやというのは愚かだろう。
それに試作兵器というのも気になる。
「じゃあ俺が出向こう」
「では早馬を走らせます。技術大臣も殿下のお目覚めを今か今かと楽しみにしていたようですから」
「技術大臣が? 俺を待ってた?」
「はい。殿下用の試作兵器も作ったそうです」
「懲りない人だなぁ」
そう言って俺はため息を吐くのだった。
■■■
帝都のすぐ近くにある大きな森の中。
人知れずそこで試作兵器の運用試験が行われていた。
「魔導杖か」
「魔力を流すだけで魔法が発動する杖。実戦レベルに耐えられる物がついに完成したようですな」
森の中を歩きながら俺はセバスの言葉に頷く。
魔導杖というのは、魔導師でなくても魔法が使えるようにする魔導具だ。
今までは簡単な魔法なら再現できていたが、実戦レベル、つまり兵士に対して有効な攻撃を行える魔導杖はなかった。
魔法大国である皇国に備え、帝国ではいち早くこの魔導杖の研究に取り組んでいた。その本気度は、技術大臣というポストを用意して、凄腕の研究者を帝国に招くほどだ。
その努力が報われた形なんだろうが、全部上手くいったわけではなさそうだ。
「調子はどうだ? キューバー大臣」
「おお? おお! アル皇子! 冬眠から目覚めたのですね!」
俺の顔を見て、よくわからん言い方をするのはやせた中年の男。眼鏡をかけて、薄汚れた白衣を身にまとっている。
とても帝国の大臣とは思えない見た目だが、れっきとした技術大臣だ。とはいえ、特例で重臣会議への出席は免除されており、一年の大半は部屋に籠って研究に明け暮れている変人。
それがキューバー技術大臣だ。
「冬眠じゃないが、なんとか目が覚めたよ。第六近衛騎士隊が使ってるのが試作兵器か?」
「ええ、ええ! そうですとも! 六一式魔導戦杖です! 魔力を流し込むだけで炎系統の魔法が発射されます! 威力は対人には十分です!」
「みたいだな」
そう言って俺は大きな木を器用に回避しながら、用意された的に炎弾を当てていく第六近衛騎士隊の面々を見つめる。
彼らが跨るのは黒と白の毛色を持つ隼。天隼だ。
猛烈なスピードを誇る天隼を操り、森を低空飛行で突破する。それだけでもすごいのに、的にもきっちり炎弾を当てている。さすがの練度といったところか。
彼らが持つのは一見すると槍のような杖。それが六一式魔導戦杖なんだろう。
その大きさは一般的な長槍よりやや短いといった感じだ。だが、重さはきっとその比じゃない。近衛騎士たちはベルトに固定して使っている。きっと腕だけでは支えきれないんだろう。
「大型化は避けられなかったか」
「そうです、そうなんです! どうしても内部構造を小型化できず……しかし宰相が第六近衛騎士隊で運用させるという方法を提案してくれまして!」
性能は確かだが、大型な魔導杖。それを第六近衛騎士隊に使わせることで簡易的な空飛ぶ魔導師を作り出したか。
空戦は基本的に接近戦だ。遠距離とは言わないまでも、中距離からの射撃ができればそれだけでとんでもない優位を確保できる。
敵は矢を放つしかないのに、こちらは威力の高い魔法。しかも精度も悪くない。
ただでさえ強力な第六近衛騎士隊をさらに強化するとはな。こういうことをやっていたということは、宰相もいずれは第六近衛騎士隊を戦力として投入する気だったんだろう。
ただ、試験運用中の兵器を持たせて出撃させるのは少々リスキーだ。すぐに使おうとしなかったのは慎重な宰相らしい。
「現在は馬に乗った人間が扱えるレベルまで小型化する研究を開始してますが、なかなか難しくて、難しくて……ですが! そこがやりがいポイントでして!」
「熱心なことで何よりだ。それで? 〝また〟俺用の兵器を開発したそうだが?」
「ああ! そうです! そうなのです! 今回は自信作です!」
毎度毎度、そう言ってるけどな。
自慢のおもちゃを取り出す子供のような表情を見せるキューバーに苦笑する。
キューバーは、魔力はあるけど魔法の才能がない俺に目を付け、俺が使える兵器をずっと考案してきた。
今のところ成功したことはない。大抵、俺が流し込む魔力に魔導具が耐えきれないからだ。
「アル皇子! これです! 六二式魔導戦杖! 小型化ができない代わりにすべての性能で六一式を上回っています!」
「欠点は?」
「魔力の消費量が多いことです! しかし! アル皇子ならば関係ないでしょう!」
そう言ってキューバーは早く試し撃ちしろとばかりに俺を六二式が置いてある場所に誘う。
地面に置かれた六二式は大きさや形は六一式とあまり変わらない。しかし、黄金の塗装がされており、見るからに豪華な特別仕様。
「こりないなぁ。いつもいつも壊れるのに」
「今回は大丈夫です!」
「それもいつも言ってるけど」
呟きながら俺は周りにいたキューバーの助手たちの手を借りて、六二式を持つ。
ベルトで固定していても相当重い。
俺の体を助手たちが支えてくれているから、なんとか姿勢を保てるが、手を離されたらすぐに倒れてしまうだろう。
「重いなぁ……もういいか?」
「大丈夫です! 魔力を流し込んでください!!」
そう言ってキューバーが興奮気味に告げた。
言われたとおりに俺は魔力を流し込む。
すると。
「あーあ……」
「あああああああぁぁぁぁ!!!!????」
六二式から魔法は発射されず、代わりに真っ二つに折れた。
いつも通りなんだが、キューバーは悲痛な叫び声をあげて駆け寄ってくる。
まるで倒れた子供を介抱するように折れたほうの部位を持ち上げて、ゆっくりと呟いた。
「……ご臨終です……」
「そうか。まぁいつも通りだな」
「くそー! どうしていつも失敗するんだ!」
悔しそうにキューバーは地面を何度もたたく。
失敗の理由は単純に強度不足だろう。
俺は魔力のコントロールが下手だ。いや、正確には下手なわけではない。
現代魔法やこの魔導杖に使う魔力が十の位だとしよう。その位の調整が俺はほぼできない。
大体、百の位で魔力をコントロールしてしまうのだ。
そうなると大体の魔導具はこうなる。
古代魔法は必要魔力量が百の位からなため、そこが問題にならない。俺が古代魔法に向いている理由の一つだ。
もっとも魔力があれば古代魔法を使えるかと言われると、そうではないが。
「切り替えろ。いつものことだろ?」
「いつも悲しんでいるんです!」
そう言ってキューバーはいじいじと土いじりを開始した。
本当に変わり者だな。まぁその腕は確かだが。
「キューバー大臣。これをもう一個作れるか?」
「一応、試作したのは二本なのでもう一本ありますが……」
「なら、それをレオに使わせてみよう。俺はこれから前線に行くからな」
「なんと!? つまり第六近衛騎士隊を連れていくのですね!? 我が六一式と共に!」
「そうなるな」
そう俺がキューバーに答えたとき、一人の近衛騎士がゆっくりと俺の傍に着地した。
その背に纏うのは近衛騎士にだけ許された白いマント。その中でも細部にこだわったマントだ。つけられるのは近衛騎士隊長のみ。
「久しいな。ランベルト隊長。急で悪いが、これから俺と前線に出てもらうぞ?」
「宰相より知らせは届いております。我々は今か今かと待っておりました。いつでも行けます」
そう言って第六近衛騎士隊長、ランベルト・フォン・マイアーは笑うのだった。