第三百九話 アルの計画
「あ、アルノルト殿下!?」
「お目覚めになられたのですか!?」
重臣会議の参加者たちは驚いたように声をあげた。
それを無視して、俺は父上とその隣にいるフランツへ視線を向けた。
「お前という奴は……しばらく寝てても変わらんな」
「たかが一月半で人は変わりませんよ」
「それもそうか……体は平気か? どこにも支障はないな?」
「ええ。平気ですよ。ご心配をおかけしました」
「よい……よく目覚めてくれた」
そう言うと父上は軽く笑ってみせた。安心した笑みだ。だいぶ心配をかけてたらしいな。
だが、すぐに皇帝としての顔に戻り、フランツに目配せする。
「アルノルト殿下がお目覚めならやれることはいくらでもあります」
「そうだな。しかし、アルノルトには考えがあるようだぞ?」
「別に考えってほどじゃありませんよ。状況はだいたいセバスに聞きました。そのうえで言いますが、援軍の大将に俺を据えるのは勘弁してください。死にたくないので」
「護衛には近衛騎士隊がつきます」
「そこの心配はしていない。問題なのは敵には竜王子がいるってところだ。帝都で嘲笑ったので、向こうは絶対に俺を許さないでしょう。俺が出陣すると聞けば、必ず標的にされます」
「……その可能性は十分にあります」
父上がフランツに目を向け、フランツは静かに頷く。
援軍として派遣された俺が標的になるのは好ましくない。
俺が敵を引き付ければ、レオは自由に動けるわけだが、苛烈な攻撃を俺は受けることになる。信頼度でいえば次点の軍を率いて、俺はそれを防げるかどうか。
怪しい話だろう。
「では、どうする?」
「ですからこっそり行ってきます。俺は帝都で寝ているということにしてください」
「……レオナルトは現在、包囲されている。少なくとも兵糧の支援が必要だ。それをするのに軍はいらないというのか?」
「大軍で向かったところで兵糧を届けられるとは限りません。向こうは地上だけじゃなく、空も封じてるでしょうしね」
俺の言葉に父上が顔をしかめ、フランツは目を細めた。
俺がどんな部隊を求めているのか。
それをすぐに察したんだろう。
「聞くだけ聞こう。それをどう打破するつもりだ?」
「近衛騎士団最速の部隊。第六近衛騎士隊を使います。帝国において貴重な航空戦力ですから」
俺の言葉を聞き、大臣たちが騒ぎ出す。
貴重な航空戦力。それが今まで温存されていたのには訳があるからだ。
「第六近衛騎士隊は儀礼部隊! 偵察や連絡任務ならまだしも、本格的な戦闘に参加させるなどあってはなりません!」
「彼らが騎乗するのはかつては崇拝の対象でもあった、幻獣・天隼! その個体は帝国内でも数少なく、騎乗できる隼騎士は第六近衛騎士隊の五十人あまりだけ! 失えば補充するのに何年かかると思っているのですか!?」
非難の嵐だな。当然か。誰もが思っていたのに口には出さなかったわけだしな。
第六近衛騎士隊は天隼という幻獣に跨る騎士だ。天隼は連合王国の飛竜はもちろん、王国の鷲獅子よりも速く飛べる。その力は圧倒的であるが、調教が難しく、さらには数が少ない。
帝国内ではかつて崇拝されていた幻獣でもあり、そのため祭事で活躍する儀礼部隊とされてきた。
強さは折り紙つき。しかし数が少なく、補充も効かない。しかも、かつて崇拝していた幻獣でもあり、戦争に巻き込むのも体面が悪い。
戦場に出せない理由は揃っている。
だが。
「温存して北部で帝位候補者が亡くなれば、北部貴族はもはや後には引けません。これまでですら冷遇されていたのに、今度はどんな仕打ちを受けるか。ならばゴードンに付こうと考えるでしょう。そうなってからではすべて手遅れですよ?」
「……投入するならば勝たねばならん」
「もちろんです。戦争は勝たなきゃ意味がない。だからこそ、レオへの補給は欠かせない。彼らを使って空から補給します」
「それはフランツも考えていたことだ。しかし、天隼に兵糧を運ばせるのは長所を消すことになる」
「ええ、ですから第六近衛騎士隊は護衛です。運ぶのは別にやらせます」
俺の説明を聞き、大臣たちが怪訝な表情を浮かべた。
帝国内において航空戦力は数少ない。
地上戦力では連合王国を圧倒しているが、航空戦力では大劣勢。それが北部の苦戦の要因でもある。
王国のように鷲獅子騎士はいない。飛竜を相当な数揃えてくる連合王国を相手にするには、とにかく空で竜騎士を自由にさせてはいけない。
「アルノルト殿下。どうやら知らないようですが、帝国には航空戦力が少ないのです。願えば湧いてくるわけではないのですよ?」
「戦力は少ないかもな。だが、戦力ではないのはいる。北部ではかなり前から飛竜と竜騎士の育成が行われていました。戦力になりそうなのは少ないという話ですが、荷物を運ぶくらいはできるはずです。第六近衛騎士隊で制空権を確保し、彼らに兵糧を運ばせます」
空での戦いではそれなりの機動力が必要になる。大きすぎる飛竜は的になるだけで、戦場には出れない。連合王国はそこらへんのノウハウを持っているが、帝国は持っていない。
いまだ試行錯誤の段階なのだ。だから飛ぶことはできても、身軽に動けない竜がかなりいる。戦力には確かにならないが、輸送任務になら使えるはずだ。
「たしかに帝国北部では竜騎士の育成が行われています。主導していたのはグライスナー侯爵。現在はレオナルト殿下のお傍にいるはずです」
「敵に回ってたらどうしようかと思ってましたけど、これで問題解決ですね。正直、これしか手はないと思いますよ?」
俺の言葉を受けて、父上は考え込む。
しばらく沈黙は続き、フランツに声をかけた。
「どう思う?」
「第六近衛騎士隊に依存しすぎる作戦ですが、悪くはないかと。安全性に問題がありますが、今は拘ってもいられません」
「……ワシもそうは思っている。だが、その後はどうするつもりだ? アルノルト」
まぁそうだよな。
レオに兵糧を届けたとして、北部の戦況をどう変えるのか。
レオに兵糧を届けても、レオの延命にしかならない。
根本的な解決にはならないということだ。
だからこそ、動かない奴らの尻を叩くしかない。
「北部諸侯連合を作ります」
「すでに形を成していない。再建するつもりか?」
「一部の貴族しか参加していないのに、北部諸侯連合とは言えません。北部諸侯が一丸となって、力を合わせる。そのために俺が説得に動きます」
「……北部の貴族は皇族を嫌っておる」
「そりゃあ嫌うでしょう。皇太子の死を自分たちのせいにされたんですから。確かに北部貴族の動きが早ければ死ななかったかもしれない。けど、可能性の話です。だけど、元凶のように言われ、彼らは常に冷遇されてきた。いまだに裏切らないのは状況が五分五分だからということと、ゴードンも皇族だから。それだけです」
「わかっているのに説得できると殿下はお考えですか?」
フランツの言葉に俺は少し考え込んだ。
絶対にできるとは言えない。なにせ相手のあることだ。
だけど、彼らはきっと俺の話なら耳くらい貸してくれるだろう。レオはたぶん話も聞いてもらえない。その差はでかいし、聞いてくれるなら俺次第でもある。
「彼らは忠義が出涸らしになってしまった者たちで、俺は能力が出涸らしの皇子。同じ出涸らし同士、仲良くやれるかもしれないと思ってます。馬鹿にされ、冷たく対応される。その気持ちはわかりますから」
「……お前と北部貴族は違う」
「一緒です。彼らは我慢することを知っていた。我慢しなければいけなかったから……父上。この一件は俺に任せてもらえませんか? 皇族に冷遇されてきた貴族と、帝国中から馬鹿にされてきた皇子。面白い組み合わせだと思うんです」
そう言って俺は頭を下げた。
北部貴族のためにもここは俺に任せてもらいたい。
「……よかろう。そこまで言うなら第六近衛騎士隊をお前に預ける」
「陛下!?」
「お考え直しください! 第六近衛騎士隊は帝国最強の航空戦力! 失えば敵側は大いに士気をあげます!」
「それ以外に手はない。ワシはアルノルトに任せると決めた」
「これは帝国の存亡にかかわります! せめて東部国境のリーゼロッテ元帥にお任せください!」
「異論は許さん。お前たちはアルノルトが頼りないと思っているようだが……前回も帝国存亡の危機だった。そのときアルノルトは誰もが予想できない動きを見せた。その功績を評価して、ワシはアルノルトに託す」
「感謝いたします」
「だがアルノルト。お前が失敗した場合、ワシは強硬手段に出る。それを忘れるな?」
「はい。父上」
言いたいことはわかる。
父上じきじきに近衛騎士団を率いるか、勇爵が出ていくか。
なんにせよ、北部の戦いは激化する。
北部貴族のため、そして彼らの領民のためにも失敗は許されないのだった。




