第三百四話 訂正・五名
「さすがジャックじゃのぉ。あれだけいた鳥が一羽もおらんくなったわい」
「魔弓使いに数の利は通用しねぇからな。っていうか、お前らは何してんだ? あの程度のモンスターに。一撃でどうにかできんだろ?」
ジャックが怪訝な表情で俺たちを見つめる。
それに対して俺はさっさと答える。
「俺はあのスライムの核を探していて忙しくてな」
「スライム……? 仮面の位置、大丈夫か? どう見ても鳥だぞ?」
「本気で言ってるようだから許してやろう」
「ああん?」
ジャックが俺の物言いに対して、殺気立って睨んでくる。
思わず、それに対抗して殺気を出しそうになる。
落ち着け。俺は常識人だ。
「……あれはエヴォリューション・スライム。モンスターを同化して進化する超レアモンスターだ」
「なんでそんなややこしいモンスターがここにいるんだ? そもそも、スライム相手に核を探すとか馬鹿か? この面子で」
予想していた質問に俺はため息を吐く。
こいつもクライドの話を聞いてなかったパターンか。いや、そもそもこいつは最初から討伐に参加する気はなかったわけだし、聞いてるわけないか。
「クライドが地形を破壊するなと言ったからな。スライムの消滅はなしで、核を破壊する作戦に切り替えた。俺が核を探すまで、そこの三人は手加減しながら戦っていたわけだ」
「手加減? こいつらが? ドラゴンに編み物でもさせたほうが上手くいくぞ?」
「俺もそう思うが、人手不足だったのでな。そもそもお前が最初からいれば何の問題もなかったんだが?」
「私たち、貶されてるのかしら?」
「仕方あるまい。わしらは手加減下手じゃ」
「だから言っているじゃありませんか。地形破壊を考慮するのが間違っているんです」
三人がそれぞれの反応を示す。
複雑そうなリナレスに、諦めのエゴール。そしてそもそも最初から間違っていると主張するノーネーム。
こいつらはパワーでごり押しタイプのせいか、この局面では役に立たない。
強い個体が出てくるなら何とかなったんだが、向こうが手数で押してきた。
手数に対応するとついつい、周りを破壊するこいつらとあいつは相性が悪いと言わざるをえない。
まぁ、本来ならそんな相性なんて発生しないんだが。
「SS級冒険者が四人も揃って、ちまちまやるとは思わねぇだろ。俺の出番があるとは思わなかったぜ」
「諦めろ。半分以上が使えない」
「報酬は俺とシルバーの山分けでいいんじゃねぇか? 核見つけたら俺が射抜いてやるよ」
「話が違います。トドメは私に譲るはずです」
「私ももうちょっと動きたいわ~」
「わしも~」
「はぁ……」
どこまでいってもこいつらは遊び気分だ。
制限があるから時間がかかっているとはいえ、やろうと思えば一撃でどうにかできるからだろうな。
本気で全力。それを出す相手ではないからこそ、真剣さは出てこない。
「それで? シルバー。核はどこだ? 見つけてねぇなんて言うなよ?」
「馬鹿にしないでもらおう。もちろん見つけている」
俺はスライムの中心からやや下あたりに小さな結界を作り出す。
それが目印だ。そこに核がある。
「では、私が」
「使えない奴がしゃしゃり出てくるな。失敗したらどうすんだ?」
「誰が使えないと?」
「お前だよ。使えないほうの仮面だ」
「……ジャック。あのモンスターの前にあなたと戦ってもいいんですよ?」
「はっ! 適切な手加減もできないのに俺と戦う? 寝言は寝て言え」
「あなたとの戦いに手加減は必要ないでしょ」
「今の発言でまた差が出たな。冒険者としてもお前はシルバーに劣る。自分が拠点とする国で手加減なしで俺と戦う? 国が滅びるぞ?」
「望むところです。皇国に思い入れはありませんから」
ジャックとノーネームの殺気が膨れ上がる。
エゴールとリナレスはやれやれといった様子で、止める気配はない。
まったく。個性が強いってのも考えものだな。
「つまらん言い争いはそこまでだ。冒険者だと言うなら結果で示せ」
「結果?」
「俺が援護に回る。あのスライムの核を壊したほうが勝ちだ。もちろん地形を変えるのはなしで、な」
ここでSS級冒険者同士の戦いなんて御免だ。
モンスター討伐どころじゃない。
「その勝負に勝ったら何があるんだ?」
「俺の報酬をくれてやる」
「はっ! まぁ悪くねぇな」
「私に得はありません。お金に困ってはいませんし、そもそもトドメは私に譲るという約束のはず」
「なんだ? 自信がないのか? なら俺がさっさと片付ける。引っ込んでろ」
「……いいでしょう。その安い挑発に乗ってあげます」
最初の話を持ち出したノーネームに対して、ジャックは安い挑発を行い、それにノーネームが乗る。
冒険者の最高峰。SS級冒険者同士のやり取りとはとても思えないが、これが最高峰なのだから仕方ない。
「リナレス、エゴール翁。それで構わないか?」
「いいわよ。じゃあ、私はノーネームに賭けようかしら。今回の報酬」
「それじゃあ、わしはジャックじゃ。多少の援護は構わんな? シルバー」
「好きにしろ……」
ったく。
今回の場合、冒険者ギルドが要請を受けたのはSS級冒険者の派遣のみ。それに対して五人来たのは気まぐれみたいなものだ。
個人指定の相場、虹貨三枚が適用ということはないだろう。たぶん一人、虹貨一枚か二枚くらいだ。しかし、それを簡単に賭けるあたりどうかしている。
これだけの虹貨が動いたら、小国なら財政が傾くぞ。
「すまんな、領主殿。訂正だ。参戦するSS級は五名。そして大変申し訳ないんだが、討伐はゲーム形式だ」
「ま、まぁ……それでも討伐していただけるなら……」
「いざとなれば俺が結界で地形は保護しよう。興が乗ると何するかわからないからな、こいつらは」
ヴェンゲロフにそう言いつつ、俺はノリノリなエゴールとリナレスを見て、仮面の中で顔をしかめる。
さすがに全員の興が乗ったら地形を守るのはきつい。
「……勝負は核の破壊。ノーネームの援護はリナレス。ジャックの援護はエゴール翁。俺は全員の援護に回る。地形を破壊したら勝負は無効だ。いいな? 全員に適用だぞ?」
「任せてちょうだい」
「任せるのじゃ」
「早く始めろ。瞬殺だ」
「いつでもどうぞ」
すっごい不安だ。
どうしよう。
このまま行くととんでもない密度の結界を張ることになりかねん。
ふと、俺はそこで思いつく。
そうだ。逆転の発想をしよう。
「万が一、地形を壊した場合、そいつが自腹で補填しろ。いいな?」
「なにぃ!? 聞いてねぇぞ!?」
「いいでしょう。任せてください」
「ちなみに、破壊しない努力が見られない場合は負けだぞ? 金を出すから地形を壊していいなんて馬鹿なことは考えるな?」
「……もちろんです」
考えてたな、こいつ。
なんてやつだ。
危ない危ない。
油断も隙もあったもんじゃないな。
だが、これだけ言えばどう転んでもどうにかなるな。
打てる手は打った。
あとは神のみぞ知るというやつだろう。
「では行くぞ。討伐開始!」
俺がそう言うと同時にジャックが神速という言葉が相応しい速度で矢を放ったのだった。