第三百二話 作為
飛んできたのは緑色の虎だった。
どれも通常の虎くらいのサイズはある。エヴォリューション・スライムの分身といったところだろう。
それが千を超える数で飛来してきた。
鳥ならまだしも、虎が飛来するというのは珍しい光景だ。そもそも虎は空を飛ばないし、これだけの数で行動することもない。
「ひぃぃぃぃ!!??」
「なんだあれは!?」
「こっちに来るぞ!!」
城壁の各所で悲鳴が上がる。
それに対して俺は一切の対処をしない。
「都市の防衛は任せた。俺は核を探す」
「ああいうのを防ぐのはあなたが一番得意でしょ?」
「俺の代わりに核を探せるならいくらでも代わるが?」
「嫌な返し。私たちが無能みたいじゃない、まったく」
そう言ってリナレスは空に向かって正拳突きを連続で放つ。
爆音と共に放たれた正拳突きは空を覆う虎の群れに風穴を開けていく。
しかし、それだけでは足りない。
「思いっきりやっちゃ駄目っていうのは面倒ねぇ」
「仕方ないですね。私が残りをやります。やり残しはエゴール翁。頼みます」
「任された」
そう言ってノーネームが冥神で虎の群れを横に薙ぐ。
それだけで虎たちは斬撃に呑まれていった。
残りは少数。
そいつらは城壁の向こう側に向かっていく。
まだ避難していない民も多い。都市に入られれば厄介だ。
しかし、エゴールは動かない。
「し、シルバー殿! 街に虎が!!」
動かぬエゴールに痺れを切らせ、ヴェンゲロフは俺に助けを求める。
だが、俺は探査魔法でエヴォリューション・スライムの核を探すことに集中しているため、それには応えない。
代わりにエゴールが一言告げた。
「もう斬った」
「え……?」
ヴェンゲロフは驚いたように残りの虎を見る。
都市の中心部あたりに着地した虎たちは、数歩の後、バラバラになって完全に形を失った。
あれだけ細切れにされては、再生もできないだろうな。
「早くせい、シルバー。わしらは防衛に向かんのじゃ」
「急かされても困る。あの巨体を動かないように封じつつ、核を探している。こちらの苦労も知ってほしいものだ」
「転移で空へ飛ばしたらどうです? 空なら地形は関係ありませんよ?」
「あの巨体を空に浮かすのに、俺がどれほど魔力を消費すると思っている? 転移にしろ、別の方法にしろ、消滅したほうが安上がりなのは間違いない」
方法がないなら仕方ないが、周りには同格の実力者がこれだけいる。
そんな離れ業に頼る気にはなれない。
そもそもこいつらを送り返すのに転移をさらに使わなきゃいけないんだ。これ以上、魔力を失いたくはない。
せっかく回復したってのに、これ以上無駄使いしてたらまた眠る羽目になる。
ましてや、このエヴォリューション・スライムは作為を感じる。
本部で俺だけが査問を受けていたら、こいつの相手は俺がしていた。地形を変えるような攻撃をしていたら、きっと査問はさらに面倒なことになっただろう。
そうなると魔力を消費する手段を使わざるをえない。
魔力と時間。俺はどちらも奪われていた。
帝国の誰かか、もしくは他国の誰かか。目的はわからんがシルバーという冒険者が帝国にいると困る奴らがおり、そいつらの差し金とみるべきだろう。
査問も含めて、すべてそいつらの差し金だとするなら……ここで思い通りに行動してやるのは癪だ。面倒だが、この問題児どもを最大限に利用して省エネといかせてもらおう。
「だから多少、地形が変わることは目を瞑るべきです」
「SS級冒険者がこれだけ揃って、その程度のこともできないなら笑われるぞ?」
「笑わせておけばいい……って言いたいところだけど、副ギルド長の立場もあるし、このまま行きましょう」
「まったく……ジャックと代わりたいもんじゃ」
「そうね。こういうのはジャックの得意分野だもの」
たしかにジャックがいればこの局面は楽になる。
防衛はジャックに任せて、俺はさっさと核を探せばいい。
この三人だと勢い余って地形を変えないか心配で、なかなか集中できない。
そんな風に思っていると、エヴォリューション・スライムが一瞬、膨張した。
移動は結界で阻んでいるが、分身を射出するのは防げない。
そうなると完全に覆わなきゃいけないからだ。あれを完全に封じる結界を作るのは難しい。
「また来るぞ」
そう俺が言った瞬間。
エヴォリューション・スライムの姿が変わった。
虎から鳥へ。
咄嗟に結界の形を変えて捕縛したが、その体からは無数の分身が発せられた。
取り込んでいたのは緑植虎だけじゃなかったか。
「棘雀じゃな。さっきより厄介じゃぞ」
形からエゴールがモンスター名を言い当てた。
棘雀はその名のとおり、棘に覆われた雀だ。
その棘は射出することもできるが、特筆すべきはその速度。
弾丸のような速度で敵に突撃し、棘によってダメージを与えるモンスターだ。
「どうやって取り込んだのかしらね?」
「誰かが餌として与えたのでしょうね」
緑植虎ならまだ偶然という線があるかもしれない。しかし、空を飛ぶ棘雀はさすがにありえない。
エヴォリューション・スライムは死体を取り込むことはできないし、連続の同化はできない。
二つのモンスターを取り込んだ場合、あり得るのは同時だった場合だ。瀕死の棘雀と緑植虎が転がっているというのはなかなか珍しい。
これはまずいな。
「探査は中止だ。俺がやる」
「そのままやっておれ。できるだけわしらで迎撃する」
「できるだけでは困るのだが?」
「多少の侵入なら問題ない。街にはジャックがおる」
「あの酒飲みを信用しろと?」
「舐めるでない。あれでも冒険者の端くれ。モンスターを見逃しはせん」
「……ならエゴール翁の判断を信じるとしよう」
俺は迎撃をせず、探査魔法に戻る。
その間に無数の棘雀が飛来してくる。
周りの被害を度外視するなら、全員一撃で吹き飛ばせるだろうが、それを禁止している以上は全部を迎撃するのは難しいだろう。
こいつら、思ってた以上に手加減が下手みたいだからな。しなくていい力加減までしているせいか、思ったほど戦力になっていない。
「エゴール翁がそこまでジャックを買っていたなんて意外だわ~」
「当たり前じゃ。酒飲みに悪い奴はおらん!」
「……街の方々に被害が出そうな場合、対処は任せます。シルバー。私が全力であのスライムを消滅させますので」
「そうならないことを祈るとしよう」
エゴールの根拠のない判断を信用してしまったことを少々後悔しつつ、俺は結界で捕らえているエヴォリューション・スライムを見据える。
いざとなれば本当に被害度外視で消滅させるしかない。
エヴォリューション・スライムの同化は連続ではできないが、期間をおけば行える。翼を持ったこいつを野放しにすれば、そのうちもっと厄介な存在になる。
厄介なモンスターを作ってくれたもんだ。
こういう馬鹿なことをしそうなのは魔奥公団だが、果たして今回は関係しているのかどうか。
もしも関係しているとするなら。
「どれだけ災禍をまき散らせば済むのか……」
すでに俺の敵だと心に決めているが、もしかしたらこの場にいるSS級冒険者たちと共に滅ぼしたほうがいい組織なのかもしれない。
そんなことを思いつつ、俺は視界の端でどんどん都市に侵入する棘雀を見て、小さく舌打ちをしたのだった。




