第三百一話 訂正・四名
カレリアの城壁を踏みつぶそうとしている巨大モンスター。
その前足による一撃を結界で防ぎ、そのまま結界でその巨体を押し返し、その動きを止める。
そして。
「よく耐えた。カレリアの騎士と冒険者。これよりあのモンスターはSS級冒険者、五名によって討伐する。あとは任せてもらおう」
城壁にいるすべての人間に〝警告〟を発する。
巨大モンスターに対抗するために投入された戦力は過剰であると。
「来てくれたか……」
城壁の上。
白い髭が特徴的な老人がそうつぶやいた。
周りには護衛と思わしき騎士が数名。
「あなたが領主殿か?」
「いかにも。私はカレリアの領主を務めるヴェンゲロフ。逆に問わせてもらおう、貴公がシルバーか?」
「ああ、そうだ。たまたま本部にいたのでな。こうしてやってきた。他の四人も一緒だ」
「そ、そのことだが……全員が揃うほどの相手ということか……?」
「そういうわけではありません」
「暇じゃから来ただけじゃよ」
いつの間にかノーネームが空中にいる俺の横にやってきていた。
そして疑問に答えたエゴールは、音もなく領主の横に椅子を置いて茶をすすっていた。
いきなりのことにヴェンゲロフは思わず後ずさって体勢を崩す。しかし、そんなヴェンゲロフを支える者がいた。
「言い方を考えなさいな。エゴール翁。あ、ごめんなさいねぇ。領主さん」
「……」
ヴェンゲロフを支えたのはリナレスだった。
さすがに速いな。こいつらは。
転移したのは街の外れ。俺は転移で城壁に向かったが、こいつらは普通に移動して追いついてきた。エゴールに至ってはどこからか、椅子と茶を調達しているし。
「ジャックはどうした?」
「お酒飲みにいくって言ってたわよ」
「なるほど。失礼、領主殿。参戦するのは四名だ」
「一人で十分です」
俺が訂正すると、ノーネームが魔剣・冥神を引き抜く。
巨大モンスターを押さえつけている結界を解除し、その代わりに冥神が周囲を破壊しないようにモンスターの周りに結界を張った。
ノーネームは冥神を上段に構えると、思いっきり振り下ろす。
すると巨大な魔力で構成された斬撃が巨大モンスターへ向かう。
斬撃は見事にモンスターに直撃し、土煙が周囲に広がった。
「どれだけ巨大だろうと緑植虎であることには変わりありません。元々、私たちが出るほどのモンスターではありませんよ」
ノーネームの言葉に俺はため息を吐く。
そしてこの場で最もモンスターに詳しいだろうエゴールに訊ねる。
「エゴール翁。あれほど巨大な緑植虎を見たことは?」
「ないのぉ。そもそも緑植虎はそこまで巨大化せん」
「突然変異じゃないのかしら?」
「かもしれんのぉ。じゃが、違う可能性も考えられる」
「それは俺と同じ見解か?」
「おそらくのぉ」
言いながらエゴールは茶をすする。
そうしている間に砂煙が晴れる。
その先では緑植虎が真っ二つになっていた。
だが、形は維持したままだ。再生も開始されているようだな。
「私の一撃を受けて再生?」
「いくら緑植虎でも再生が早すぎる」
緑植虎はたしかに再生能力のあるモンスターだ。元々植物ゆえ、大地と接しているかぎりは深手を負っても時間をかけて再生する。
その再生能力の厄介さからAAA級に指定されるモンスターだが、ノーネームの一撃を受けて即座に再生できるほどじゃない。
突然変異で巨大化したとしても異常だな。
「ただの突然変異じゃないわね。それで? 二人の見解は?」
「……エヴォリューション・スライムかもな」
「それしかないじゃろ」
「はぁ……超レアモンスターね」
リナレスが呆れたようにつぶやいた。
エヴォリューション・スライムは一見すればただのスライムだ。
しかし、対象を取り込み、その姿形と特性を自分の物にする。厄介なのは必ず取り込んだ対象以上の力を発揮する点だ。
まさしく進化。取り込むことで、取り込んだモンスターよりも進化する。
だが、その力は滅多に発揮されない。なぜなら何も取り込んでいないエヴォリューション・スライムはただのスライムだからだ。
非力ゆえにそうとは気づかず、すぐに討伐されるし、ほかのモンスターとの生存競争にも勝てない。
どうやって生まれるのかもわかっていない超レアモンスターで、スライムの突然変異だとか、そもそもスライムとは別種だとかいろいろ言われている。
「エヴォリューション・スライムが緑植虎を取り込んだ姿。そう判断するべきだろう。なぜ、エヴォリューション・スライムがAAA級の緑植虎を取り込むことができたのか? という疑問が浮かんでくるが」
「そういうのはギルドに任せましょう。今は目の前のモンスターをどうするか、よ」
「厄介なスライムへの対処法は二つ。消滅させるか、スライムが持つ小さな核を壊すか、だ」
「消滅ですね」
「消滅じゃな」
「消滅ね」
「はぁ……」
エゴールが椅子から立ち上がり、リナレスが肩を軽く回す。
ノーネームはさっき以上の一撃を放つつもりなのか、冥神に魔力を込め始めた。
そんな三人に俺は告げる。
「やってもいいが、地形は変えるな」
「難しいのぉ。地面ごと斬ることになるじゃろうし」
「あれを消滅させるとなると、後ろの山二つくらいは消えるわね」
「帝国のSS級として遠慮しているんですか? 気にしなくて結構です。放置すればそれ以上の被害が出ますから」
「お前たちは人の話を聞いていたのか? クライドが言っていたはずだ。地形を変えるなと」
俺の言葉にエゴールが顔をしかめ、リナレスが困ったように頬へ手を当てる。
ノーネームは変わらず冥神を構えたままだ。
「せっかくクライド優勢の状況なのに、俺たちが地形を変える損害を皇国で出せば、責任がクライドに飛びかねん。地形を変えるのはなしだ」
「そうねぇ。全員で来たわけだし、約束は守らないとよねぇ」
「といっても、あの中から小さい核を見つけるのは一苦労じゃぞ?」
「……五人いるから地形を変えてはいけないということは、あなたたちが帰れば好きにやっていいのでは?」
「人に転移を使わせといて、そんな勝手が許されると思うなよ? この場の地形を変えることは俺が許さん」
「不思議ですね。皇国がダメージを負えば帝国は楽になりますよ? 東部国境守備軍を移動させられますから」
「国は関係ない。助けるべきは民であり、すでにあのモンスターのせいでこの周辺は多くの被害を受けている。これ以上、この付近の被害は避けるべきだ」
と言いつつ、俺は周囲を見渡す。
きっとこの周辺が被害を受けたとしても、皇国の軍事力は低下しない。皇国とはそういう国だ。
この場にいる彼らが苦労をするだけだ。
それに今は帝国の皇子じゃない。
冒険者だ。
「クエストを説明しよう。周囲への被害を最小限に抑え、エヴォリューション・スライムの核を探す。間違っても力を入れて攻撃するなよ?」
「やれやれ……暇つぶしにしては難易度の高いクエストじゃのぉ」
「困ったわ~。私、手加減苦手なのに」
「核への攻撃は私がします。それが条件です」
「好きにしろ。さて……とりあえずは迎撃だ。来るぞ」
そう俺が言った瞬間。
エヴォリューション・スライムの再生が完了し、同時に無数の何かがこちらへ飛んできた。




