第二百九十六話 フィーネの怒り
「フィーネ大使。帝国の内情について理解が薄かったことは謝罪しましょう。しかし、それは貴国の帝位争いに起因することもわかっていただきたい。注視していても、情報が入ってこないこともあるのです」
「それについて恨み言は申しません。帝国を危機に晒したなどと言うこともしません。結局、冒険者ギルドに所属する二人のSS級冒険者が協力してくれたため、霊亀は討伐できたのですから。そもそも霊亀討伐に関しては帝国とギルドの共同作戦。ギルドに責任を追及するような真似はしません」
「感謝いたします。しかし、では何を聞きたいのですかな?」
「帝国に派遣したS級冒険者たちの人選についてです。記念式典やその後の反乱もあり、抗議する機会がありませんでしたが……いったいあの人選はどういう意図があったのでしょうか?」
「意図とは? 我々は実力者を選んだつもりですが?」
トロシンがしれっと告げた。
小娘の追求など受け流してくれる。そんな表情だ。
しかし、そんな簡単にいくかな?
「では素行については? そもそも帝国に派遣する冒険者の内、二組が皇国出身というのに作為を感じます」
「当時、手の空いているS級の中から任務に耐えうる冒険者が皇国を中心に動いていただけです。彼らは皇国とは関係ありません」
「しかし、両方とも問題を起こしています。雷の勇兵団は帝都に集合という指示を無視して、勝手に霊亀に攻撃を仕掛けて、霊亀の覚醒を早めました。そしてイグナートは魔奥公団に与し、帝国に対する策謀に加担しました。これについて納得のいく説明をお願いします」
霊亀戦のとき、多くの失態が評議会にはあった。
フィーネはいつでも帝国の大使としてそのことを切り出せたが、あえてこのタイミングまで取っておいた。最も効果を発するのがこの場だからだ。
もちろん、この事実を評議会は把握しているだろう。
全員がそこを突いてきたかという表情を浮かべている。
「……そのことについては任命責任があります。しかし、彼らはそれぞれ独立した冒険者。独断行動は彼ら自身の判断です」
「評議会は関係ないと? 霊亀の覚醒が早まり、帝国は至急の対応を余儀なくされました。それを解決したのはシルバー様の転移魔法です。また、イグナートが加担した魔奥公団は帝国内に結界を張り、皇帝陛下の命を危険に晒しました。この事実を評議会は把握していましたか?」
「もちろん把握しておりました。大変遺憾であり……」
「把握していたのにシルバー様を査問するというのはどういうことでしょうか? 水際で防いでくれたのはシルバー様です。評議会の人選した冒険者が帝国に害をもたらした。それを食い止めていた冒険者を査問にかける。私には評議会が公正とは思えません。まるで帝国の弱体化を望んでいるような行動です」
「そのようなことはありません。我々は中立です」
「では中立だという証拠をお見せください。行動からは中立性が感じられません。他国と共謀して帝国を貶めていると私は感じています」
言葉では簡単だ。中立と叫んでいればいい。
しかし、証拠となると難しい。
そんなことはフィーネも百も承知だろうな。
今、このタイミングで切り出したのは俺の帝国への加担が許されたから。そうなると評議会はその点をつけない。
自分たちが不利になったからといって、矛先を俺には向けられないということだ。
「証拠と言われましても……我々はどの国にも属さず、大陸の安定に長年、貢献してきました。それでは不足ですか?」
「不足です。それは先人たちの実績で、あなた方、現評議会のモノではありません。私が聞いているのは今の評議会の中立性についてです。納得できる答えがいただけない場合、この問題は帝国内に持ち帰らせていただきます」
「そ、それは……!」
ピットマンがたまらず声をあげる。
フィーネが言ったのは帝国がこの問題に対して全力をあげるということだった。
皇帝の名の下に会議が開かれ、冒険者ギルドに対して何らかの行動を起こす。
「御存じのとおり、帝国は現在、内乱状態であり、諸外国とも戦争状態です。今すぐ何かはできません。しかし……大陸最強の帝国軍をあまり甘くみないことです。何もできないと高をくくれば、終わった後に後悔するのはあなた方です」
トロシンを含めた評議会の面々の体が一瞬震えた。
小娘と侮った相手が予想以上のやり手だったのは、トロシンにとっては誤算だっただろう。
その勘違いはきっと、この査問が開かれる前にフィーネが幾度も評議員と会っていたからだ。その印象が小娘という評価につながった。
あの場でフィーネは何のカードも切らず、言葉だけの説得を繰り返したんだろう。それに対して評議員は皇帝からの信用だけで選ばれた令嬢だと思い込んだ。
まさか爪を隠しているとは思っておらず、対策はされていなかった。
帝国としては俺の査問は一大事だ。なんとか止めたいところだった。もちろん、その気持ちは評議員もわかっていた。
だから事前交渉の段階でカードを切ってくると思っていたわけだ。そしてそこでカードを切らないフィーネは取るに足りないと判断した。
浅はかだな。
帝国大使としてフィーネが本気を出せば、この場の査問対象は評議会へと変わる。
「フィーネ大使。少し感情的になっておられるようだ。少し落ち着いていただきたい」
「私は落ち着いています。感情的になっていいなら、あなた方にもっと恨み言を投げかけています」
ニッコリとフィーネは笑う。
その笑みを見て、ジャックが肩を竦めて俺を見てきた。
「おっかねぇ嬢ちゃんだな? 想像していた蒼鴎姫とは違うんだが?」
「なによ? ものすごく素敵じゃない。綺麗な花には棘があるものよ。その棘が鋭ければ鋭いほど、花は輝くの。私のように!!」
「わっはっはっは!! 老人を笑かすんじゃないわい!」
「エゴール翁? 何か笑うところあったかしら?」
「全部じゃ全部! 棘が本体みたいなお主が花を語るでないわい!」
「まぁ! 失礼しちゃうわ!」
「はぁ……まだ掛かりますか? 結果は見えているように思えますが?」
退屈してきたのか、SS級冒険者たちが喋り始めた。
まぁ、こいつらは、最初から交渉には不要だからな。
わざわざ全員を揃えたのは、SS級冒険者に対してSS級冒険者を当てるという評議会の奥の手を封じるためだ。
これで評議会はかなり不利な状態で査問に入った。
武力では決して敵わない相手だからな。
そんな武力を背景にフィーネは交渉を有利に進めている。
そして決定的な言葉を口にする。
「評議会の皆さん。私も綺麗事ですべてが回っているとは思っていません。ですから一つ確認させていただければ退きましょう」
「……確認とはなんです?」
「簡単です。今回の査問、諸外国の圧力に屈しましたね? それさえ認めていただければ大事にはしません。どうでしょうか?」
それは俺への査問という根底を覆しかねない要求だった。
いつまでも笑顔なフィーネだが、その笑みからは言い知れぬ圧力を感じる。
珍しく本気で怒っているらしいな。




