第二百九十五話 肩入れの理由
「では……シルバーの査問を始めたいと思います」
ピットマンはトロシンのほうを窺い、頷いたのを確認してからそう切り出した。
遅延工作はもう無意味と見たんだろうな。
何をしようと多数決で押し切られるならさっさと始めたほうがいい。
「今回の査問はシルバーの行動について、一つ一つ確認していきます」
当初より用意されていたであろう文章をピットマンは読み上げる。
この査問によって俺の行動がSS級冒険者として不適切だったとされた場合、おそらく何らかの罰則が与えられる。
その罰則でもってトロシンたちは俺の行動を制限する気なんだろう。
「まず、御存じのとおり、帝国では現在帝位争いが行われております。この帝位争いを勝ち抜いた候補者が次期皇帝、皇太子となります。大陸三強の一つにして、大陸中央を制覇する帝国のこの帝位争いは大陸に与える影響が大きく、冒険者ギルドとしても注意を払っていました。その中でシルバーは候補者の一人、第八皇子レオナルト・レークス・アードラー殿下に肩入れしていると見受けられます。その証拠といたしましては」
「認めよう」
ピットマンが長々と証拠を挙げる前に俺はさっさとその事実を認めた。
まさかあっさり俺が認めるとは思わず、ピットマンは口を開けたまま固まってしまう。そんなピットマンに対してトロシンは咳払いで行動を促した。
「あ、そ、それではシルバー。SS級冒険者という立場でありながら、極めて重大な政争に加わったということで間違いないな!?」
「そうだと言っている」
「これは明確な違反行為です! SS級冒険者は軍隊にも匹敵する力を持っており、冒険者を代表する存在です! ほかの冒険者ならいざ知らず、SS級冒険者が一つの勢力に肩入れすることはギルドと冒険者という存在の中立性を疑問視されかねない! まったくもって軽率と言わざるを得ません!!」
ここぞとばかりにピットマンがまくしたてる。
それに対して俺は肩を竦めるだけだ。
嘘をついても仕方ない。こういう場で嘘をつけば、その嘘を取り繕うためにさらに嘘をつく羽目になる。そもそも圧倒的有利な状況なのは俺だ。嘘をつく意味もない。
誰がどう見ても俺はレオに加担していると見える。その証拠をピットマンたちは持っているはずだ。それは一つ一つであれば大したことがないかもしれない。しかし、積み重ねれば考察材料になる。
結果的に肩入れしていると判断されるなら認めたほうがいい。
「シルバー。弁明はあるか?」
クライドが少し心配そうに俺へ訊ねた。
それに対して俺は一つ頷く。
「まず事実として俺はレオナルト皇子と協力関係にある。ここにいるフィーネ嬢を介して、幾度も情報を交換してきた」
「はい。間違いありません」
「では、もう決まったも同然だ! シルバー! 貴様はSS級冒険者としてやってはならないことをやったのだ!!」
「吸血鬼」
ピットマンの決めつけに対して、俺は静かに告げた。
評議会の面々は何の話だとばかりに首を傾げている。
その様子に俺は苦笑しつつ、さらに続ける。
「海竜、悪魔、霊亀、聖竜。これが何のことかわかるかな?」
「自分が討伐したモンスターのことを言っているのか!? その手柄に免じて許せと!? そんなことが通ると思うな!」
「そう、俺が討伐した高ランクのモンスターだ。おかしいと思わないか?」
「何がだ!?」
「いくらSS級冒険者といえど、僅かな期間でこれほどの高ランクモンスターと接触するのは異例ということか?」
クライドの言葉に俺は頷く。
その言葉に評議員たちは確かにという表情を浮かべた。
ここ最近、高ランクモンスターが多発したせいで麻痺しているかもしれないが。
「本来、帝国は高ランクのモンスターがいない地域だ。出たとしても、大抵は討伐を逃れたモンスター。つまり他所から流れてきたモンスターということだ。今あげたモンスターは年に一度でも帝国内で出れば大騒ぎなレベルだ。まぁ海竜は公国の領海内で起きたことだが、帝国が関わっていることには変わりない」
「だからどうしたというんだ!? モンスターがたくさん出たからといって政争に関わっていいと思っているのか!?」
「そこだ。そう、このモンスターたちは帝位争いが本格化してから動き出している。正確には第八皇子レオナルトが帝位争いに名乗りをあげてから、だ。不思議なもので、レオナルト皇子はこのモンスターたちとすべて関わりがある」
当然といえば当然だ。大体の場合、俺とレオは同じ行動を取っているし、シルバーとして介入する場合もレオがピンチの時だ。
しかし、この短期間でレオが巻き込まれた問題は常軌を逸している。なぜそんなに巻き込まれるのか?
それはレオが帝位候補者だからだ。
「ここ最近の帝国での高ランクモンスター出現は、帝位争いが大きく絡んでいる。海竜はどうだか知らんが、まぁレオナルト皇子が公国に派遣されたら封印が解けるというのも出来すぎな気がするな。霊亀はどうだろうか? 偶然か?」
「どうじゃろうなぁ。あれは自然災害じゃからなぁ。まぁ刺激して結界を破らせた馬鹿者たちは何かしらの企みに絡んでおるかもしれんのー」
「一応、それを抜きにしたとしても異常だ。当然、それに対処する俺も忙しい。魔力を回復するのにも時間がいるからな。そうである以上、正確な情報が必要になる。帝位争いに関わるレオナルト皇子とは、そういう情報交換をしていた。もちろん引き換えに彼が有利になるように立ち回ったが、帝国が未曽有の大混乱に陥るよりはマシではないかな?」
高ランクモンスター出現には帝位争いが関わっており、多くの場合、レオがそれに巻き込まれている。そんなレオから情報を貰っておけば、万が一のときにも動ける。その情報のためにレオに肩入れしたことは間違いないが、それは致し方ないことだった。
そういう流れで俺は話を進める。
それに対してピットマンは押し黙ってしまう。
どう突っ込みをいれるべきか迷っているんだろう。
そんなピットマンを軽く睨みつつ、トロシンが口を挟む。
「シルバー。君ほどの実力者ならば情報がなくてもどうにか対処ができたと思うが? たしかに未曽有の大混乱にはならなかったかもしれないが、帝位争いに介入してしまったことは帝国の歴史を変えたということだ。君の介入により、レオナルト皇子は帝位に近づきつつある」
「レオナルト皇子を帝位に近づけるということは、そのほかの候補者を遠ざけるということだ。それは大陸の安定のためになると思うが? なにせ悪魔の召喚には二人の帝位候補者が関わっているからな。悪魔が召喚されたのは先天魔法を持つ少女が暴走したためだ。その少女を攫った組織にはザンドラ皇女が関わっており、先天魔法を持つ子供を暴走させる実験には帝国軍のタカ派が関わっていた。そのタカ派の首魁はゴードン皇子だ。彼らが帝位に近づくことを阻止したことを褒めてほしいくらいだが?」
評議会といえど帝国内部の機密情報は把握しきれていない。
詳しく掘り下げていけば、レオ以外の帝位候補者たちがヤバイということはわかってくる。
そうなればレオに肩入れしたことは仕方ないという空気にもなる。
だが。
「そうだとしても、政争に介入することが許されるわけじゃない。君は冒険者ギルドに連絡を取り、ギルドの援軍を促すべきだった」
「援軍を促せば応えてくれたのか?」
「無論だ」
「そうか。しかし、残念だが俺はあなた方を信用していない。足手まといを送られては手間が増えるだけだ」
「感情論はやめたまえ」
「感情論ではない。事実から言っている。まず、霊亀戦のときに俺を外す動きを見せたな? 帝国の内情をしっかりと把握し、戦力を配分できる評議会ならあそこで俺を外す動きを見せるわけがない。実際、霊亀は俺とエゴール翁に勇者と仙姫まで加わって討伐した。S級が対処していたらどうなっていたか……」
「全員死んでおったじゃろうし、帝国北部は全滅じゃろうな。地形が変わる程度で収まったのはシルバーが戦闘に参加し、実力者を前線に集めたからじゃ」
エゴールの言葉が決定的だった。
あの一件は評議会の失態が多く見られた。
俺を責めれば責めるほど、自分たちの失態は浮き彫りになる。
すぐに察したトロシンはこの話題を早々に切り上げる。
「話は理解した。たしかに我々の落ち度があった。そこは謝罪しよう。君がギルドへの報告をせず、独力での解決を目指した理由もわかった。よって、帝位争いに介入した件は不問としよう」
深手を負う前に話題を終わらせたか。
しかし、だ。
忘れているようだが、ここには帝国の代表がいる。
「少しお待ちください。その件について帝国大使として評議会に訊ねたいことがあります」
まだまだ終わらんよ。




