第二百九十四話 ゴチャゴチャと
「き、貴様ら! 一体何しに来た!?」
最初に口を開いたのはピットマンだった。
答えが決まっているのに、そんなことを聞いたのはきっと現実逃避に近いものがあるんだろうな。
「何しに来たって、さっき言ったじゃないの。シルバーの査問に参加しにきたのよ」
「貴様らを呼んだ覚えはない!」
「呼ばれなきゃ来ちゃ駄目なのかしら?」
「当たり前だ! 評議会は遊びじゃないんだぞ!」
「あら? そうだったの? SS級冒険者は評議会への参加権利と投票権を持っているっていうのを把握してないから、遊びでやってるのかと思ったわ」
「な、に……?」
ピットマンが絶句する。
あの様子じゃ本当に知らなかったんだろうな。
まぁ覚えておいても使うことのない知識ではあるからな、普通は。
「事実だ。ピットマン監査長」
「し、知っていましたよ! か、彼らが知っていたことに驚いたんです! 馬鹿にしないでいただきたい! もちろん知っていました!」
「それならいいんだ」
クライドに指摘されて、ピットマンが顔を赤くして、自分は知っていたと主張する。
そこをクライドは深く突くことはしない。そんなことをする必要がないからだろうな。
ぶっちゃけ、SS級冒険者が五人そろった時点でこいつらは詰んでいる。
「SS級冒険者として、同じSS級冒険者の査問には興味があります。ですから全員、参加します。どうぞ始めてください」
「わしは邪魔はせんよ。話を聞くだけじゃ。真っ当な話ならなんも言わん」
「俺も邪魔はしねぇよ。興味もねぇしな」
「興味がないなら来るんじゃない! 早く帰れ!」
「あぁ? なんでてめぇに指図されなきゃならねんだ? いいから始めろよ。シルバーが冒険者として間違っているなら、処罰すればいい。それを確かめるための査問だろ? 俺らがいてもいなくても変わらないはずだぜ?」
「それは……」
ジャックに睨まれてピットマンは顔を逸らす。
気弱と責めるのは気の毒だろう。ジャックに睨まれて目を見て話せる奴はそうそういない。
そんな中、黙っていたトロシンが口を開いた。
「SS級冒険者諸君、よく集まってくれた。君たちがこうして一同に集うとさすがに壮観だな。しかし、君たちが全員来るのは想定していなかった。申し訳ないが、今日は軽い事情聴取程度で済ませるつもりだ。査問は長引く。そこは了承してもらいたい」
トロシンはそう言って笑みを浮かべる。
なるほど。査問を長引かせる作戦か。
たしかにそれは有効だ。なにせSS級冒険者は大陸に五人しかいない。
それぞれが散っているのは、大陸中の異変に対応するためだ。まぁ、五人のうち二人はギルドですらほとんど居場所を把握できていないため、実質三人でカバーしているんだが。
そんなSS級冒険者が本部に集結し続けるというのは、大陸のバランスを考えればいただけない。
俺たち五人が同じ場所に長くいるのは良いことではないのだ。
しかし。
「了承なんてしないわ。今日中に終わらせて」
「無茶を言わないでほしい。リナレス君」
「無茶を言ってるかしら? 私は無茶だと思わないわ。これまで時間があったんだもの。ちゃんと書類や情報は用意しているんでしょ?」
「もちろんだ。しかし、我々も査問にばかりかかりっきりというわけにはいかない」
「だから今日中に終わらせましょうって言ってるのよ。それとも今日中に終わらせられない理由でもあるのかしら?」
「いいかい? リナレス君。SS級冒険者への査問は前例がない。これは慎重を期すべき案件だ。今日、早急に結論を出すのは危険だと思わないかい?」
「思わないわね。あなたもそう思わない? フィーネ」
リナレスはフッと笑って俺の後ろに控えるフィーネに話を振った。
自分でもどうにかできるんだろうが、あえてフィーネに振ったな。
それに対してフィーネは慌てることもなく、静かに頷いた。
「はい。私は帝国大使として素早い結論を求めます。シルバー様の行動が帝国に肩入れするという名目で査問が行われる以上、長引くのは帝国としては困ります。はっきりとした答えがない以上、帝国は冒険者を使いづらくなるからです。線引きとギルドの共通見解をいち早く出してください」
「それは帝国側の主張だ。フィーネ大使。我々が帝国に配慮する義理はない」
「なるほど。では、ギルドは大陸の安定を軽視するということですね?」
「……どういう意味かな?」
「そのままの意味です。大国とSS級冒険者の関係性が問題なのに、それを先送りにする。それは大陸の安定を軽視することに直結します。今、ここで素早く結論を出さないならば、ギルドはシルバー様の肩入れを容認するということです」
「それは暴論では?」
「いえ、結論が出ない以上、そう取られても文句は言えません。長引かせているということは、その間にまた似たような問題が出ても放置するということ。素早く結論を出せば、ギルドの態度を大陸中に示すことができます。なぜそれをしないのか? これを軽視と言わずしてなんと言うのですか?」
フィーネの言葉にトロシンは黙り込む。
対等の立場ならトロシンとしても反論できるんだろうが、今はフィーネのほうが絶対的に有利だ。
なにせ。
「しかし、ギルド長の言葉も理解できます。意見が対立した場合、評議会はどう決めるのですか?」
「あなたは評議員ではない」
「私たちが早期決着を望んでいるのよ。その論法は通用しないわ」
「……意見が対立した場合は熟考を重ねる」
「副ギルド長。他にはありますか?」
フィーネがクライドに話を振る。
クライドは肩をすくめながら答えた。
「対立した場合は熟慮するか、多数決ですね」
「じゃあ多数決でいきましょう。手っ取り早くていいわ。じゃあ素早い査問を望む人は手を挙げてちょうだい」
リナレスはトロシンが口を挟む暇も与えず、挙手を促した。
手を挙げたのは五人のSS級冒険者とクライドの六人。
多数決は決まった。
「決まりね」
「ふざけるな! 貴様らがSS級冒険者としての責務を果たしているならまだしも、エゴールとジャックは最近、どこにいるかも把握できなかったんだぞ!? そんな者に投票権があるわけがない!」
「じゃあ事前にSS級冒険者という肩書きを取り上げるべきだったな。今になって言っても遅いぜ?」
「なんだと!?」
「大人しく査問を開始しろよ。それしかお前たちに道はねぇよ」
「いや、そうでもない」
トロシンはそう言ってジャックの言葉を否定する。
そして俺のほうを見てきた。
「シルバー。君は査問される側の人間だ。君の投票は無効だ。そして票が同数の場合は、議長が決定を下す」
「それなら議長の票も無効だろうが」
「残念ながら、そういう決まりはないのだよ。では査問は慎重を期すべきだと思う者は手を挙げてほしい」
トロシンは鼻で笑いながら、挙手を促す。
それを受けて、リナレスが腹の奥から声を絞り出すようにして告げた。
「この場の評議員はよく聞きなさい。私たち冒険者は現場で命を賭けるわ。それを支えてくれるのがギルドの職員。そこに文句はないし、あなたたちがギルドの運営に携わるのは当然だと思うわ。けれど、現場で命を賭ける冒険者がモンスターを討伐して、そのことを理由に査問を開く以上は、そっちも覚悟を決めなさい。自分の命、民の命。それらを賭けて行動した冒険者の決定にケチをつけるんだから、命――賭けてもらうわよ?」
リナレスの視線はすべての評議員に向けられた。
手を挙げようとしていた本部長、事務長、外務長の手が止まる。
それをトロシンが目で非難するが、リナレスが一喝する。
「ゴチャゴチャと策を弄してないでさっさと掛かってきなさい!! あんまり冒険者舐めんじゃないわよ! 私たちは気が長くないのよ!」
「最近運動不足じゃからなー退屈で素振りしてしまうかもしれんなぁー」
「俺も久しぶりに稽古でもするか。どうせならデカい建物が派手でいいよな?」
「早く始めないなら私は帰ります。その後の後始末はご勝手にどうぞ」
ノーネームが止めてくれることを願って、トロシンは視線を向けるがノーネームはそう突き放す。
その脅しが決定的だった。
本部長、事務長、外務長は棄権を申し出た。
「賛成多数のようだな。では始めてもらおうか。俺も暇じゃないんでな。手早く頼むよ、ギルド長」
余裕綽々といった俺の様子を見て、トロシンとピットマンは同時に頬をピクリと動かしたのだった。




