第二百九十三話 査問開始
ついに査問の日がやってきた。
俺は査問のためにギルド本部・バベルの上階にある評議会室に呼び出された。
すでに準備は整っているため、転移で評議会室に向かう。
「これはこれは。全員お揃いのようだな。遅刻か?」
「いや、時間どおりだよ。シルバー」
そう言ったのは金髪の男。
小太りで眼鏡をかけており、眼鏡の奥の目は微かに笑っている。
俺から見て円卓の一番向こう側に座っているその男の名はトロシン。
冒険者ギルドを率いる〝ギルド長〟にして、評議会議長だ。
その右横には〝副ギルド長〟のクライド。左横には酷く痩せている長身の男。不健康そうな顔色ながら、俺を厄介者のように睨んでいる。
大陸全土のギルドを監査し、ギルドの秩序を保つ〝監査長〟。俺の査問を提案した張本人。名はピットマン。ギルド長であるトロシンの腰巾着とも言われており、今の役職にあるのはトロシンのおかげであるのは公然の事実だ。
その他の評議員はギルドの事務を引き受ける〝事務長〟に、各国との調整を主とする〝外務長〟、そして本部を統括する〝本部長〟。
計六人がギルド評議会の面々だ。
そして俺の査問には六人中五人が賛成した。
なぜか?
ギルドで最も影響力を持つトロシンが査問に賛成したからだ。あえて逆らう奴はクライドくらいだ。
クライドは現場の冒険者からたたき上げで今の地位についたが、それはクライドがギルド職員並みに頭がよく、仕事ができるからだ。
ギルドという巨大組織を運営する以上、上にいけばいくほど現場での働きとは違うスキルが要求される。そのため、今の評議会の面々はクライド以外は全員がギルド職員出身だ。
現場を知らないわけじゃないが、現場から遠いことは間違いない。
しかし、現場の冒険者がギルドの運営をできるか? と言われれば答えはノーだ。だからギルド職員が上に行くことにこれまで不満は出なかった。
実際、ギルド職員出身者が固まっていても、ギルドは適切に運営されていた。どの時代の評議会も現場の最高峰であるSS級冒険者には敬意を払い、決して無下には扱わなかった。それがギルドのためだからだ。
だが、今のギルド長であるトロシンは違う。大陸全土に支部を持つ巨大組織・冒険者ギルドのトップとしての能力はある。
実際、トロシンの代になってから支部は増設され、大陸に対するギルドの影響力は増した。
それはトロシンの成果だが、トロシンはギルド長になるときに自らに従わない者は閑職に追い込んだ。そこからわかる通り、トロシンは自らに従わない者を許さない。
だからトロシンにとって、SS級冒険者というのは許容できない存在なのだ。
「ではシルバーも到着したことですし、シルバーの査問を始めたいと思います」
俺はトロシンの真向かいに座りながら、ピットマンの言葉を聞く。
ピットマンは確認のために、残りの評議員に異論はないことを訊ねる。
それに対してクライドが手を挙げた。
「少しいいか?」
「なんですか? 副ギルド長」
「今からでも遅くはない。査問を取りやめないか?」
「まだそんなことを言っているのですか? これは決まったことです」
「SS級冒険者を査問にかけるなんて聞いたことがない。評議会とSS級冒険者のバランスが崩れるぞ?」
クライドの言葉に評議員たちは顔をしかめる。
彼らだってそのくらいの懸念は抱いている。
だが。
「クライド君。私は今までのほうがおかしいと思うのだよ」
「どういう意味です? ギルド長」
「ギルドの運営は評議会によってなされる。その評議会がSS級冒険者に何も言えないというのはおかしいと思わないかね?」
「SS級冒険者はその他の冒険者とは違うんです。ギルド長」
「理解しているよ。だが、冒険者であることには変わりない。私がギルド長となったからには、SS級冒険者には不干渉というくだらない慣習は壊させてもらう」
そう言ってトロシンは俺に目を向ける。
トロシンの目論見はわかっている。
俺を査問し、その行いについていろいろと文句をつける。そしてそれを利用して俺の行動や権限に制限を設ける気だ。
きっと俺は始まりにすぎない。俺という前例を作り、いずれはすべてのSS級冒険者を評議会の管理下に置こうとするだろう。
しかし、トロシンはわかってない。
組織の下につかない奴らがSS級冒険者であり、そいつらをなんとか戦力として使うためにSS級冒険者というものが作られた。
評議会の下にSS級冒険者が置かれていないのは、そういうことだ。冒険者とついているが、SS級冒険者は別枠なのだ。
要請があれば動くが、それ以外は自由に動く。それでいつの時代の評議会も納得していた。要請に従うということ自体が、SS級冒険者にとっては妥協だと知っていたからだ。
トロシンは理解していると言ったが、その理解は浅い。
「シルバー。査問前に何か言うことはあるかな?」
「査問理由について確認したい。構わないか?」
「もちろんだ。ピットマン君」
「はっ! SS級冒険者シルバーは帝国に対する過度な肩入れが見受けられ、帝国第三皇子ゴードン・レークス・アードラーの反乱時には、連合王国が投入した聖竜を二体も討伐しています。さらに、それに乗じて国境付近まで侵攻していた王国軍と藩国軍に対して、長距離魔法による牽制を仕掛け、その足を止めています。これはあまりにも目に余る行為です。よって、シルバーの査問は妥当と考えます!」
以上とばかりにピットマンがトロシンに目配せしたあと、俺を睨む。
ピットマンは各地の支部を回る監査官を束ねており、その報告からSS級冒険者の問題行動には多く触れている。
そのせいでSS級冒険者に対する敵愾心は評議会の中でも人一倍強いのかもしれない。
まぁ、あいつら常識ないしな。あちこちで問題を起こす率は俺の比じゃない。
「だそうだ、シルバー。納得できたかな?」
「納得? 全くできんな。逆に聞かせてもらいたい。あの時、俺はどうするのが正解だったと?」
「ギルド本部に連絡を取り、我々の判断を仰ぐべきだった」
「ふっ……その間に大勢死ぬぞ?」
「仕方ない犠牲だ。SS級冒険者は一人で軍に匹敵する。加担すれば加担した側が勝つ。今回の君の行動のように、な。そうなればやがて冒険者ギルドは信用を失うだろう。ゆえに君の行動は見過ごせない。ギルドは常に中立なのだ」
「常に中立だと? ならば俺の行動は当然だと思わないか? ギルドが連合王国の竜たちを守護聖竜として、討伐対象から外すことを認めたのは自国の防衛のみに専念するからだ。それを侵略に用いた。だから討伐し、それに乗じた軍も牽制した。なにか問題が? ギルドの面子を守ったつもりだが?」
「その判断を君個人がすることが問題であるし、守護聖竜はまだ帝国を攻撃していなかった」
「国境を越えれば攻撃したも同然だ」
「連合王国の話では、興奮した聖竜が帝国内に入ってしまったそうだ。あくまで事故であり、竜騎士たちの努力で正気は取り戻していたとも言っている。攻撃の意思がない聖竜を君が刺激したのだと」
「手綱を握れてない連合王国が悪いな。脅威は事前に排除するのが冒険者だ」
「だとしても、ギルドが討伐しないといった竜を討伐してしまった。しかもその結果、帝国は大きく利することになった。大陸全土の情勢に与えた影響は大きい。ギルドが帝国側についたと言われかねん」
「笑わせる。正直に言ったらどうだ? 諸外国から圧力が来て、それに屈したのだと」
俺の言葉にトロシンは微かに眉をあげる。
ピットマンは殺してやりたいといわんばかりの視線を向けている。
ほかの評議員たちは微かに不安そうな顔をしていた。
俺の余裕が不気味なんだろうな。
「まぁいい。査問理由は了解した。それに対する弁護人を呼んでも構わないか? 帝国大使のフィーネ嬢だ」
「構わない。帝国にも言い分はあるだろうからね」
そう言ってトロシンは許可を出す。
それを受けて、俺は自分の後ろに転移門を開く。
すると、そこからフィーネが出てきた。
だが、それだけじゃ済まなかった。
「やれやれ、やっと出番かの?」
「ちっ、酒が切れて調子が悪いぜ」
「それにしてはお酒くさいわよ? ジャック。どうせ昨日、たっぷり飲んだんでしょ?」
「うるせぇ。あんなの飲んだうちに入らねぇよ。なぁジジイ?」
「そうじゃな。あの程度、飲んだうちには入らん。記憶はないが。わっはっはっは!」
「茶番はここまでです。さっさと終わらせましょう」
フィーネのあとに転移門から出てきたエゴールたちは、くだらない話をしながら円卓の席についていく。
その光景を見て、評議員たちは唖然としている。
当たり前だ。評議会の認識として、SS級冒険者たちが協力することはありえないというものがある。実際、癖の強いSS級冒険者が協力することは少ない。だから評議員と同じ権限も与えられている。集まって、何かすることはないと思われているからだ。
しかし、今回はした。
全員が席につく、ノーネームが口を開いた。
「いきなりはさすがに失礼でしたね。SS級冒険者ノーネーム。シルバーの査問に参加します」
「SS級冒険者リナも同じくよ~」
「SS級冒険者エゴールも同じじゃ」
「ったく、言わなくちゃ駄目なのかよ? SS級冒険者ジャック。査問に参加してやる。ありがたく思え。このために朝は酒を抜いたんだからな」
全員が挨拶を終えると、評議員たちは表情を失っていた。
そんな彼らに対して、俺は円卓に両肘をついて告げる。
「さて、全員揃った。査問を始めてもらおうか?」
トロシンの顔がわかりやすく歪んだのを見て、俺は仮面の中でニヤリと笑うのだった。




