第二百八十九話 SS級対SS級・上
ようやくここまで来たー(/・ω・)/
「戦うのは構わない。だが、今は遠慮したい」
「なぜですか?」
「一つ、フィーネ嬢がいる。二つ、今日は転移魔法を何度も使っている。これ以上、魔力を使いたくはない」
俺の理由を受けて、ノーネームはなるほどと頷く。
そしておもむろに広い地下実験場の奥へと歩いていく。
何をするつもりなのかと身構えていると、ノーネームは奥にあった扉を壊して中へと入った。
「扉を開けるという発想がないのか……」
「豪快ですね……」
その行動に俺とフィーネが呆れていると、ノーネームは目的の物が見つかったのか、片手に何かを持って戻ってきた。
そしてノーネームはその目的の物を俺に投げ渡す。
「これは……」
「宝玉のついた腕輪です。魔力が蓄積されており、それで魔導師の負担を肩代わりするアイテムですね。あなたならご存じでは?」
「もちろん知っているが……これだけの魔導具は貴重品だぞ?」
「使っていただいて結構。あれなら扉の奥にある物もあげます。冥神にも好みがありまして。動いているモノじゃないと魔力吸収の効率がよくないんです。そういう魔道具は私には不要なんです」
本当に魔剣のこと以外は無頓着なんだな。
きっとノーネームが壊した巨大な鎧人形は、あの扉の奥にある数々の実験物を守っていた。
しかし、ノーネームの興味はそこにはない。どれだけ貴重品であっても魔剣のレベル上げに役立たないならガラクタと変わらないといった様子だ。
俺にとっては悪くない提案だ。ノーネームの協力も取り付けられ、貴重な魔導具まで貰える。
しかし、ノーネームと戦うのは気が進まない。
「どれだけ俺と戦いたいんだ?」
「あなたと戦いたいわけじゃありません。冥神の現状位置を知りたいんです。それに、後日となるとあなたは転移で逃げてしまうかもしれませんから。適当に誤魔化されてはかないません」
今なら真面目に相手をしてくれるでしょう?
そう言ってノーネームは冥神を俺に突きつける。
これは相手をしないと解放してはもらえなさそうだな。
「フィーネ嬢。先に帰っていてもらえるか?」
「ですが……」
「君がいては戦えない」
「……わかりました」
食い下がろうとするフィーネだが、俺の言葉を聞くと諦めて一歩下がった。
申し訳ないが、怪我でもされたら査問どころではない。
俺はギルド本部への転移門を開く。
「……お怪我がないことを祈っています」
「なるべく努力しよう」
そう言ってフィーネは転移門に入って、ギルド本部へと戻っていた。
残されたのは俺とノーネーム。
俺はため息を吐くと腕輪をつける。
やれやれ。ここまでSS級冒険者たちとの正面衝突は避けてきたんだがな。
こいつだけは避けられなかったか。
「ノーネーム。一つ言っておくぞ?」
「なんでしょうか?」
「その仮面を剥がされても文句は言うなよ?」
「望むところです」
瞬間。
俺とノーネームの魔力が膨れ上がり、地下実験場が揺れ始めた。
■■■
「行きます」
そう言ってノーネームは俺の懐に踏み込んでくる。
躊躇なく振られる冥神に対して、俺は幾重もの結界で対抗した。
冥神と結界が激突し、冥神は紙のように結界を裂いていく。
結界じゃ受け止められないと判断し、俺は冥神に向かって魔法を放った。
≪迸れ、血雷――ブラッディ・ライトニング≫
血のようにどす黒い巨大な雷が、俺へと迫る冥神にぶつかって爆発を起こす。
その衝撃で地下実験場は激しい揺れに晒される。
これはノーネームが満足するのが先か、実験場が崩壊するのが先かの勝負だな。
爆発の風圧に乗る形で地面を蹴り、距離を取った俺は爆発で立ち上った煙に目を向ける。
あの程度で怯む奴でもないだろう。
案の定、ゆっくりと煙の中からノーネームが現れた。もちろん無傷だ。
「どうでしょうか? 聖剣と比べてみて」
「今のままじゃ比べ物にはならんな。勇爵家の神童が聖剣を握って、あの距離で攻撃してきたら俺は無事には済まん」
「なるほど。やはり聖剣は恐るべしですね。さすがです」
言いながらノーネームは冥神に魔力を集めていく。
口では称賛しつつ、全然負けているつもりはないって様子だ。
実際、ノーネームの力はこの程度じゃない。
〝空滅の魔剣士〟なんて呼ばれているのは、冥神を振るうだけで空間内のすべてを討滅してきたからだ。
ノーネームが本気を出せばこの実験場にいた鎧人形なんて形も残らないだろう。
さきほどの一撃も相当手加減をした一撃なのは間違いない。
冥神の全容はわからないが、そのタイプはわかっている。リンフィアの魔剣のように姿形を変えたり、イグナートの魔剣のように属性を操るわけでもない。
小細工はなし。聖剣と同じく圧倒的な力と魔力で敵を滅する。それが冥神の本質だ。
しかし、ノーネームは魔力を集めつつも、放出する体勢を取らない。
「どうした? この場に配慮していたらいつまでも終わらないぞ?」
「配慮をやめたら即崩壊するのはわかっていますから。その前にあなたの意見を聞かなければいけません」
「どんな意見だ?」
「私の剣士としての力量がエルナ・フォン・アムスベルグと比べて――劣っているかどうかです」
完全に背後を取られた。
周囲に張っている結界の探知速度すら上回る速度で動いたか。
咄嗟に俺は右手に膨大な魔力を纏わせる。
その右手で振り向きざまに冥神を受け止める。
「さすがシルバーですね」
「その言葉をそのまま返そう。この手は使いたくはなかった」
今、俺の魔力は大部分が右手に集中している。だからこそ、冥神を受け止められるわけだが、これは俺に向いている戦い方じゃない。
右手に魔力を集中させれば、それ以外の防御は疎かになる。
俺が一流の体術使いならまだしも、どれだけ強化しても俺のセンスのなさは治らない。
右手がいくら名剣に変わろうと、使い手はしょぼいままなのだ。
だからこそ、俺はその場から距離を取ろうとする。
させまいとノーネームが肉薄してくる。それをけん制するため、俺は詠唱なしで魔法を放つ。
小さな魔力の光弾が俺の周りに無数に出現し、ノーネームに高速で向かっていく。
本来なら一対多のときに使う魔法だが、ノーネームの足止めならばこれくらいの数は必要になる。
しかし。
「ちっ……!」
「芸達者ですね」
言いながらノーネームは一つも受けることはせず、すべてを躱して俺に迫ってくる。
それでも俺とノーネームの距離はあまり変わらない。まだまだノーネームの距離だ。
これだけ無数の魔法を放っているのに足止めにもならないか。
さすがに聖剣を超えようとするだけはある。それは勇爵家を超えることに他ならない。
つまりこいつの目指す先はエルナの打倒。
「認めよう。お前の目的は夢物語ではないと――だが、まだ女勇者のほうが強い」
そう言って俺は指を弾く。
さきほど、爆風に乗るために地面を蹴ったとき。
すでに設置型の結界を設置していた。
その名は光柱結界。
ノーネームは地面から突き出した光の柱に捕らわれた。
範囲が狭く、対個人用の結界のため使い道はあまりない魔法だが、強敵相手にはなかなかどうして使える。
さて、距離を取らせてもらおうか。
そう言って俺は悠々とノーネームから距離を取ったのだった。