第二百八十七話 異常者の目的
リナレスを置いて、俺はフィーネを伴って皇国東部にあるダンジョンに来ていた。
ここにノーネームが来たダンジョンがあるからだ。
「ダンジョンに入るのは初めてです!」
「最近はダンジョンも珍しいからな」
ダンジョンとは古代魔法文明の遺跡だったり、悪魔が作った物だったり、多種多様な建造物の総称だ。
大抵は入るのにすら苦労するし、中に入ったとしてもモンスターや防衛機構の相手をする必要がある。
ダンジョン内のモンスターは隔離された中で生き残ったモンスターだったり、特殊な環境に適応した新種だったりと、普通であることのほうが珍しい。
防衛機構は古代魔法文明時代の物で、強力なモノも多く、その残骸ですら高値がつく。
そういう障害がありつつも、大陸各地でダンジョンは踏破され続けてきた。最近ではダンジョンという言葉を聞かなくなるほどだ。
なぜか?
古代魔法文明の遺跡の奥には、今では再現できない貴重品が眠っており、悪魔が作った建造物は魔王軍時代の遺物が多く眠っている。
それは危険を承知で取りに行く価値がある物だった。
「魔法先進国である皇国はダンジョンの発掘に積極的だ。今の大陸じゃ一番、ダンジョンが発見される可能性のある国だろうな」
言いながら俺は山に埋もれるように作られた人工的な扉を見る。
古代魔法文明時代の施設といったところだろうか。
中には貴重な道具や武器が眠っているんだろうな。
ノーネームが行くぐらいだから、すでに漁られたあとなんてことはない。
「あいつが好きそうな場所だな」
「ノーネームさんはダンジョンが好きなんですか?」
「好きといえば好きだろうな。あいつの趣味と実益を兼ねた行動にはうってつけだ」
「趣味と実益?」
「ノーネームは謎の多い奴だ。SS級冒険者になって既に半世紀以上。しかし、衰えは見えない。人間なのか亜人なのかもわからない。だが、一貫する行動は魔剣のレベル上げだ」
「レベル上げですか? それはより扱い方を極めるといったような?」
「違う。奴の愛剣の名は〝冥神〟。おそらく魔剣という括りの中では最強の魔剣だ。その特性は魔力喰い。魔力を吸収して成長する魔剣なんだ」
「そんな魔剣が存在するんですね……」
驚いたようにフィーネがつぶやく。
そりゃあ驚くだろうな。
成長する魔剣なんて、もはや剣の枠組みを超えている。
「奴の目的はこの魔剣で聖剣を超えること。そのために奴はダンジョンを攻略したり、強力なモンスターを討伐したりしている。皇国を中心に動いているのは、ダンジョンが見つかりやすいからだ」
「聖剣というと、エルナ様の聖剣ですよね……? あれを超える?」
「まぁあの威力を知る者からすれば、馬鹿げた挑戦だが……それを本気でやっているのがノーネームだ」
SS級冒険者が本気で聖剣を超えようとしている。
かつてない挑戦だ。現在、大陸にある武器の中で聖剣は断トツで最強の武器だからだ。
魔王すら滅ぼした人類の切り札。
それを超えるということはどういうことを意味しているのか?
聖剣はアムスベルグ家の血を引く一握りしか使えない武器だ。つまり、聖剣を超えるということはアムスベルグを超えるということ。
「勇者を超える。それがノーネームの目的なんだよ」
俺はダンジョンに入りながらそうフィーネに説明する。
帝国に生きる者としては正気を疑いかねないノーネームの目的に、フィーネは初めてのダンジョンを見渡す余裕もないほど衝撃を受けたようだ。
ぶっちゃけ、それを聞いたときは引いた。
エルナが使う聖剣ですら全力ではない。聖剣はいまだその力を明かしてはいない。だが、俺は現時点ですらあれを超えようとは思わない。
「さすがSS級冒険者というべきでしょうか……」
「その目的だけであいつは大陸屈指の異常者だからな。徹底しているのはそのために手段を選ばないところだよ」
俺は呆れたため息を吐く。
あいつがSS級冒険者でいるのは、目的のために効率的だからだ。
冥神はモンスターからだろうが、他の魔剣からだろうが魔力を吸収できる。条件は壊すこと。モンスターを討伐する瞬間、魔剣を壊す瞬間、その一瞬で冥神は対象の魔力を吸収して成長する。
SS級冒険者となれば強力なモンスターとも戦えるし、犯罪者とも戦う。魔剣を成長させるにはうってつけだ。
「奴に初めて会ったのは二年前。その時に奴は皇国のダンジョンが枯渇しつつあると言っていた」
「魔法先進国として国内のダンジョンを調べ尽くしているわけですからね。大陸全体で見てもダンジョンが少なくなっているなら、皇国では見つからなくなるのは確かに時間の問題でしょうね」
数は少ないが、優れた調査力で皇国は一定のダンジョンを発見していた。
しかし、同じことを他国でやればもっとダンジョンは見つかる。
「だからあいつは俺に言ったんだ。自分も帝国に行きたいってな」
「それは……さすがに……」
「SS級冒険者が二人なんてさすがに戦力過多だからな。その時は諦めろといったが……」
異常な目的に邁進するノーネームが諦めるわけがない。
たぶんだが、霊亀のときに上層部へ訴えたSS級がいるとすればノーネームだ。これまでの他の連中の反応じゃ、俺に対抗心を燃やしている感じはなかった。
なら俺が帝国から離れることを望み、動いた可能性は十分にある。
そうなると説得は非常に難しい。
対価として帝国から離れろと言われかねないしな。
俺が離れるだけなら受け入れることはできる。リナレスの提案はそういうものだ。帝国にSS級は置かないという案だ。
しかし、俺の代わりにノーネームが帝国に居座るというなら話は違う。
ノーネームがアムスベルグ家と良好な関係を作れるとは思えない。
「あいつが帝都に来て、エルナに喧嘩を売られても困るしな……」
「帝都が壊れてしまいます……」
「断言してもいいが、いずれ奴はそれをやる。魔剣が聖剣を超えたと確信したらな」
そう言いながら俺は周囲を見渡す。
あるのは鎧人形の残骸。おそらくこの施設を守るように作られた防衛機構の一種だ。
それはすべて壊されている。徹底的に、だ。
おかげで俺とフィーネは一切、妨害を受けずに奥へ進めた。
この様子だと、ノーネームはこのダンジョンを余さず踏破しながら防衛機構を潰している。
奴らしいな。
「もう出てしまった後なのでしょうか?」
「いや、下にいる。独特の魔力を感じる」
これは奴の魔力じゃない。
SS級冒険者であるノーネームは個人としても圧倒的な実力者だ。しかし、それを覆い隠すほどの魔力が奴の周りには渦巻いている。
冥神の魔力だ。
「俺と奴だけだと戦闘になりかねないから君を連れてきたが……怖いか?」
「いえ、シルバー様と一緒なら平気です」
「いつもなら任せろと言いたいところなんだが、今回ばかりは自信がない。最悪、戦闘になったら転移で逃げるぞ。君を守りながらじゃ俺が魔剣の餌食になりかねん」
自分が返り討ちになる可能性があるから、ノーネームはSS級冒険者には手を出さない。SS級冒険者の地位も剥奪されかねないしな。
しかし、今の俺はフィーネというハンデを背負っており、ギルド評議会からも睨まれている。
この条件なら仕掛けてきかねない。まぁフィーネがいる前でそんなことはしないと思っているが。
あれでも一応は冒険者だしな。
だが、確信できないのがノーネームという人物だ。
俺とフィーネは長い階段を下っていく。
すると、とんでもなく広い空間に出た。きっと地下施設だ。
実験場だったのかもしれない。軍の演習ができそうなほど広い。
その中央。巨大な鎧人形の残骸の近く。
奴はいた。
「――ノーネーム」
俺が名を呼ぶと奴は振り返る。
戦闘の後だというのに一切汚れのない白装束に、顔を覆う黒い仮面。
手には禍々しいほど黒い魔剣が握られていた。
「ごきげんよう。シルバー。あなたから会いに来るとはどんな用件ですか?」