第二百八十四話 残る二人
エゴールとジャックをとりあえずドワーフの里で待機させ、俺はギルド本部・バベルの街に戻ってきた。
あいつらまで連れてくると評議会がSS級冒険者を集めようとしているのを察してしまう。対策を取られたり、俺の査問を強引に進めたりされたらたまったもんじゃない。
フィーネという帝国大使の存在があり、評議会はまだ査問を決行してはいない。あくまで帝国大使とはよく話し合いをしたというていを取るだろう。
しかし、既に幾度も話し合いはなされている。残り時間は短い。
その短い中で残りの二人を見つけないといけない。
幻術で目立たない一般人に扮した俺は、フィーネが泊まっている高級宿に入口から入る。
一般人に扮した近衛騎士たちが俺に目を向けた。
「フィーネ嬢に会いたいのだが?」
シルバーとしての姿を見せると、近衛騎士たちは心得たとばかりに奥の部屋へ向かった。
すぐに隊長であるオリビエが姿を現した。
「うんうん。その日のうちに実践とはいい心がけだね」
「常識人なんでな」
「常識人は言われないでも入口から入ってくるんだけどね。どうぞ」
チクリと痛いところをオリビエはついてくる。
奥に招かれた俺はフィーネの部屋へと入った。
中ではフィーネが疲れた表情を浮かべて待っていた。
「おかえりなさいませ」
「どうした? 疲れてるようだが?」
「先ほどまで評議会の方と話をしていまして……取り付く島がない方と話をするのは疲れてしまいます……」
「すまないな。苦労をかける」
「いえ、私にできるのはこのくらいですから……しかし、評議会はこれ以上、待ってはくれないようです」
「だろうな。いつ査問すると言っていた?」
「二日後と。アル様が目覚めていないのなら、大使として認めないと抗弁するところですが……」
「しなくていい。的確な判断だ。今日開催となると厄介だが、二日あればどうにかなる」
「それでは成果があったのですね!」
「二人は見つけた。残り二人だ」
俺がそう成果を報告するとフィーネの顔がパッと明るくなった。
いつもの笑顔を浮かべ、鼻歌交じりに紅茶を淹れ始めた。
そして自分の分と俺の分を淹れていることに気づき、慌て始める。
「あわわ!! シルバー様の分まで淹れてしまいました!」
「いいさ。今回は飲む」
そう言って俺は仮面を外して一息つく。
それを見てフィーネは目を丸くした。
「いいのですか?」
「最も警戒すべき奴は見つけたし、残りの二人はギルド本部にはいない」
「それは確定情報なのですか?」
「確定ではない。けど、平気だ。エゴールからだいたいの居場所は聞いてきた。それに二人とも積極的にギルド本部へ寄り付くタイプじゃない」
「アル様がいいならいいのですが……」
「心配しなくてもいいさ。それに息抜きも必要だ。奴らを相手にしてると疲れる」
首を回した後に肩を回し、深くため息を吐いた後に俺はフィーネの紅茶を飲む。
温かい紅茶は疲れた体を癒し、いつもと変わらない味は心を落ち着かせてくれる。
「あー……」
「そんなにお疲れになられるのですか……?」
「非常識人どもだからな……」
椅子の背に体重を預け、俺は目を瞑る。
すると、俺の手をフィーネの手が柔らかく包む。
「少し、お休みになりますか?」
「そうしたいところだが……残りの二人は難敵だ」
「〝両極の拳仙〟と〝空滅の魔剣士〟。どちらも帝国では噂しか聞きませんが……」
目を瞑ったまま頷く。
どちらも帝国にはあまり縁がない。
「両極の拳仙、リナレスはSS級冒険者の中でも変わった奴だ。奴は通常の依頼をほとんど受けない」
「というと?」
「ギルドからの緊急依頼以外じゃ、基本的には土地の防衛しか引き受けないんだ」
「土地の防衛ですか?」
「大陸各地には魔力が溢れる特殊な土地が存在する。ギルドでは〝特異点〟と呼ぶが、奴はそこの防衛しか受けない。そういう場所には指名手配中の魔導師や厄介なモンスターが現れやすい。ギルドとしても特異点の管理は重大任務だからリナレスに一任してるんだ。帝国にも特異点はないわけじゃないが、俺がいるからな。ギルドが気を遣って奴に依頼しない。そのため、帝国じゃ馴染みがないんだ」
「なるほど……ですが、どうしてそれしか引き受けないんでしょうか?」
「それは……会えばわかる。奴は特異点の捜索はギルドに任せ、大陸各地の特異点から特異点へ移動している。今はとある山にいるらしい。申し訳ないんだが、奴の説得のために君の力を借りたい」
俺の言葉にフィーネは一瞬、何を言われたのかわからなかったのか首を傾げる。
しかし、少しして俺の言ってる意味を理解したのか、困ったような笑みを浮かべた。
「私がお力になれるんでしょうか……?」
「間違いなくな。俺一人よりはよほどマシだ」
「ですが、私は武術のことはよくわかりません……」
「必要ない。リナレスは大陸最強の武術家だ。その道においては最高峰。奴が相手じゃ大抵の奴が武術のことをわかってない扱いになる。そういう話はいらないんだ」
「そ、そうですか……わかりました! お役に立てるというなら頑張ります!」
薄っすらと目を開けると、フィーネがグッと胸の前で拳を作っていた。
やる気があるようで結構。
まぁフィーネのやる気はあまり意味ないけど。いるだけで効果的だからな。
「それじゃあオリビエ隊長に頼むとしよう。この後に予定は?」
「ありません」
「なら大丈夫だろう。彼女は近衛騎士隊長の中じゃ融通が利くほうだからな。一言余計だが」
「そうでしょうか? オリビエ隊長は親身で私は好きです」
「そういう人物じゃないと外交の場は任せられないってことだろう」
そう言って俺は仮面を再度つける。
息抜きは終わりだ。
気持ちを入れて取り掛かるとしよう。
「そういえば〝空滅の魔剣士〟さんのお名前は何というんでしょうか? シルバー様と並ぶ謎の人物と言われていますが……」
「奴は皇国を拠点としているからな。帝国には二つ名だけが流れるだけか。どんな名前だと思う?」
「え? 私に当てられる名前なのですか?」
「ああ。誰でも当てられる」
「誰でも……?」
フィーネは頭に?マークを浮かべ、何度も首を傾げる。
そんな様子に苦笑しつつ、俺は答えを告げた。
「〝ノーネーム〟。それが奴の呼称だ」
「ノーネーム……」
「顔も名前も性別もわからない。それが奴だ。謎という点じゃ俺の比じゃない」
「隠さねばならない理由があるのでしょうか……」
「かもな。けど、性格でいえば一番厄介なのはリナレスのほうだ」
「それほどですか……」
「それほどだ。覚悟しておいたほうがいい。――強烈だぞ」
そう言って俺は顔をしかめる。
まさか奴に俺のほうから会いに行く日がくるとはな。
人生とはわからないものだ。