表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

284/819

第二百八十二話 酒の街





 王国北部の小さな街、バイユー。

 美酒の街として知られ、その美酒を求めて大陸中から大勢の人が集まってくる。

 その観光客をターゲットとして、遊女を派遣するサービスも盛んで、酒飲みたちはそれも一つの目的としてやってくる。

 そんなバイユーに転移した俺は、幻術を使って自分の姿を一般人に溶け込ませる。

 帝国と王国は戦争中であり、俺は帝国に肩入れしているSS級冒険者だ。どれだけ言い訳したところで、その事実と認識は変わらない。

 そんなシルバーが王国の街にいきなり現れたら大混乱は必至だ。


「中の人のほうが大問題だけどな」


 なにせ帝国の皇子だからな。

 正体がバレれば即座に軍が出てくるだろう。

 難儀なものだ。

 そんなことを思いつつ、店で酒を売っている中年の男性に声をかける。


「失礼、この街で一番高い酒はどこに売ってるかな?」

「高い酒? 美味い酒ならうちが一番だぜ?」

「友人からの頼みで、高い酒を頼むと言われてね」

「酒のことがわかってない友人だな」

「同感だ。しかし、頼みは頼みなのでね」

「そうかい。高いっていうならバルデュールの店だろうな。味もまぁ、うちに次ぐ。大通りを真っすぐいけば見えてくるはずだ」


 中年の男性は顔をしかめながらそう答えた。

 内心、味のほうも認めているんだろうな。

 苦笑しながら俺は金貨を一枚置くと、酒瓶を一本手に取る。


「ありがとう。一本貰うよ」

「おいおい、金貨なんて貰いすぎだ」

「情報料さ。それと、自分の酒を売りつけることもできたのにそうしなかった誠実さに。この酒は自分で飲むことにするよ」

「お、おお。そりゃあ、うちは誠実な商売を親父の代から心がけているからな!」


 そう言って男性は照れくさそうに頭をかく。

 そんな男性に見送られながら、俺は大通りを歩いていく。

 すると大きな店が見えてきた。看板にはバルデュールと書かれている。


「ここか」


 俺は店に入り、店主を探す。

 すると奥でどっしりと構えた禿げ頭の大男を見つけた。


「失礼。あなたが店主で間違いないかな?」

「ああ、そうだ。俺が店主のバルデュールだ」

「友人に高い酒を買ってきてくれと頼まれてね。ここは高いが味も申し分ないという評判を聞いてやってきた。上等な酒を一本貰えるかな?」

「ふっ、俺の酒はたしかに他の店よりは高いが、味を考えれば高いとは言わせないぜ」

「なるほど。それは楽しみだ」


 バルデュールは意気揚々と酒を選び始める。

 このバイユーで酒を売っている奴らは、基本的に自分で酒を造っている。

 当然、酒に対するプライドも高い。近場にはライバル店が数多く、そこを生き残ってる自負があるからだ。


「これなんてどうだい?」

「いくらするのかな?」

「金貨一枚ってところだな」

「なかなかいい値段だな。さすがは名店といったところか」

「その分、期待できるぜ」

「そうだな。この店の酒なら安い買い物かもしれない」


 俺は金貨を一枚出して、酒を受け取る。

 バルデュールは酒も売れたし、褒められてご満悦な様子だ。

 そんなバルデュールに問いかける。


「しかし、景気はどうなんだい? 帝国と戦争になって売り上げが落ちてるんじゃないか?」

「まぁな。けどな、今は上客がいるから平気さ」


 かかったな。

 ジャックの性格的に酒は高い物を好む。絶対に何本かはこの店で買ってると思った。


「上客?」

「ああ。どこぞの富豪だか知らないが、数か月前からこの街の宿屋を貸し切って豪遊してる奴がいるんだ。そいつはうちの店で何本も買い込んで、遊女たちを呼んでお祭り騒ぎさ」

「おめでたい奴もいたもんだ」

「こっちには大助かりだ。さすがに金を使って酒を集めるだけあって、話してみると酒の味もわかるみたいだしな」

「そんな人なら一目見てみたいな。どこの宿を貸し切ってるんだ?」

「このまま大通りを真っすぐ進めばわかるさ。この街で一番大きな宿だからな」

「なるほど。じゃあちょっと見てみるよ」


 そう言って俺は店を後にすると、大通りを進む。

 すると大きな宿屋が見えてきた。おそらくここだろう。

 俺は宿屋に向かって足を向ける。

 しかし。


「申し訳ありませんが、当宿は現在貸し切りでございます。お引き取りを」


 護衛らしき男が二人、俺の行く手を阻む。

 宿側の警備員ってところか。

 そんな彼らに俺は笑いかける。


「すまない。すぐに帰るよ」


 そう言って俺は真っすぐ進む。

 しかし、警備員たちは俺に反応しない。

 彼らには本当の俺は見えておらず、引き返す俺の幻影が見えているからだ。

 揉め事を起こしても仕方ないからな。ここは穏便にいこう。

 ジャックには協力してもらわなきゃいけない。できるだけあいつの機嫌を損ねないように立ち回るのが肝要だ。

 俺は宿屋の中に入る。すると奥のほうから騒がしい音が聞こえてきた。

 その音を頼りに進んでいくと、かなり大きな大部屋にたどり着いた。

 扉は開け放たれており、中から男の声と大勢の女の声が聞こえてくる。


「どこだ? どこだ~? 可愛い子ちゃ~ん」

「こっちですよ! ジャック様!」

「いえいえ、こっちです!」


 そこでは目隠しをした中年のおっさんが、十数人の遊女を追いかけて遊んでいた。

 酔っぱらっているのか、おっさんは千鳥足だ。

 遊女はおっさんが近づくとヒラリと逃げてしまい、また追いかけっこが始まる。

 まったく、本当にろくでなしだな。

 そんな風に思っていると、目隠ししたおっさん、ジャックが酒の瓶を手に取って一気に飲み干す。


「ぷはぁ!」

「すごい飲みっぷり!」

「そうだろ、そうだろ」


 遊女から拍手をもらい、ジャックは機嫌良さそうに笑う。

 そしてそのまま何の前触れもなく、物陰から中を見ていた俺に向かって酒瓶を投げつけてきた。

 俺はそれを結界で受け止める。


「なんか酒が不味いと思ったら……野郎がいたんじゃ当たり前か」

「俺の気配に気づけるのに、遊女の気配に気づけないわけないだろ。奇特な遊びだな」


 目隠しをしていようが、遠くの敵を射抜けるほどの達人。

 それがジャックだ。伊達に弓神だなんて呼ばれていない。

 遊女は声をかけて避けているつもりだろうが、ジャックはいつでも捕まえようと思えば捕まえられる。

 まさしく茶番だ。


「おいおい。どうも聞いたことのある陰気な声だと思ったら、お前かよ」

「久しぶりだな。ジャック」


 そう言って俺は自分の幻術を解く。

 ジャックに見抜かれているなら魔力の無駄だ。

 どうせここは貸し切り。

 多少、遊女が騒いだところで問題にはならないだろう。


「何のようだ? シルバー。俺は忙しいんだよ」

「そうは見えないが?」


 俺の言葉を受けて、ジャックは騒然としている遊女を自分の腕に抱える。


「俺は可愛い子ちゃんと遊んでるんだ。見てわからないなら、その仮面を捨てちまえ」

「愛人に振られたと聞いたが? そんなことをしていると他の愛人にも振られるぞ?」

「おい……お前、俺に喧嘩を売りにきたのか?」


 そう言ってジャックは遊女から手を離し、ゆっくりと俺を睨む。

 明らかに先ほどまでとは別人だ。

 遊女たちもその変わりように恐れを抱いたようで、ジャックから一斉に距離を取っている。


「喧嘩をするつもりはない。今日は頼みがあってきた」

「頼みだと? ふん、なんだろうと聞く気はないな」

「ふっ、そうやって話を聞かないから妻子にも逃げられるんじゃないか?」


 俺の一言が決め手だった。

 ジャックは真っすぐ俺に突っ込んでくる。

 それを見越していた俺は、自分の目の前に転移門を開く。行き先はエゴールの家だ。


「先に行って待ってろ。荷物は持っていく」

「なっ!? シルバー!! てめぇ!!」


 ギリギリでジャックは踏みとどまるが、俺は後ろに回ってその背を押す。

 ジャックはそのまま成す術なく、転移門の中へと吸い込まれていった。

 確保完了。向こうで暴れてもエゴールが対応するだろう。

 これぞ大人の戦い。


「さて、あいつの荷物はどこだ?」


 俺が質問すると、遊女たちが同じところを指さす。

 そこには簡単な手荷物と弓が置かれていた。

 さすが放浪の弓神。身軽だな。

 そんなことを思いつつ、俺は素早く荷物を持って開きっぱなしの転移門に入ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『中の人のほうが大問題だけどな』発言GOOD! [一言] シルバーはシルバーで立派な非常識人。
[良い点] 結論 どっちもどっち
[良い点] これぞ大人の対、応……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ