第二百八十一話 ろくでなしの弓使い
「それで? 何しに来たんじゃ?」
股間のダメージから復活したエゴールは、小屋の中でソニアがいれたお茶をすする。
傍には酒があり、お茶を飲んだあとにその酒へ手を伸ばすが、ソニアが先回りして酒を没収した。
「駄目だよ。お爺さん。何日も飲み明かしたでしょ?」
「ああぁ……わしの楽しみが……」
しょぼーんといった感じでエゴールは肩を落とす。
しばらく暮らしているうちに力関係が決定してしまったらしい。
いじけた様子でエゴールはお茶を揺らし、茶葉を見つめ続けている。
「簡単に説明すると、SS級冒険者を集める必要ができた。協力してほしい」
「そういえば査問がどうとかという話が出ておったのぉ」
「今の評議会はどうにかしてSS級冒険者を自分たちの下に置きたいようだ」
「愚かじゃなぁ。別に協力するのは構わんが、タダでというのはなぁ。わしも忙しいし」
忙しい?
その言葉を聞いて、俺は酒を没収したソニアを見る。
ソニアは呆れた様子で首を振っていた。
「お酒飲んで、みんなで騒いでるだけだよ」
「それは忙しそうだな」
「そうじゃろそうじゃろ」
機嫌良さそうに笑うエゴールを見て、俺とソニアは同時にため息を吐いた。
まったく。姉上と公爵にも困ったもんだ。
ドワーフたちに酒を大量に渡したらどうなるかなんて子供でもわかる。
「それで? 何をすればいい?」
「その前に聞いておきたいんじゃが、わし以外の居場所を知っておるのか?」
「居そうな場所はいくつか考えてある。そこを潰していくさ」
「なるほど。じゃが、それでは手間じゃろ。わしが教えてやろう」
「……知っているのか?」
「一人は確実、残りの二人は半々じゃな」
「十分だ。聞かせてくれ」
「確実なのは〝放浪の弓神〟じゃな」
「放浪してないんだね……」
ソニアの突っ込みに俺は肩を落とす。
SS級冒険者の二つ名は冒険者ギルドがつける。
二つ名があったほうが箔がつくというのと、大陸中のギルド支部に特徴を伝えやすいからだ。
能力の特性にせよ、性格的なものにせよ、二つ名にはそいつに関わるものが含まれる。
だから放浪の弓神なら、放浪しているはずなのだ。
「何か理由があるんだろう」
「そうじゃ。奴は今、王国北部の小さな都市におる。酒の美味い都市じゃ」
「なるほど。バイユーか」
エゴールは何度も頷く。
バイユーは王国が誇る名酒の産地。酒飲みにとっては天国だ。
そこに奴がいるか。
「冒険者最高の弓使い〝ジャック〟はそこで心を癒しておる。ついでじゃからわしに酒を買ってきてくれ。高いのを頼む」
「その程度で済むなら構わないが……ジャックに何かあったのか?」
〝放浪の弓神〟の二つ名を持つジャックは、基本的に大陸中を渡り歩いている。
本人は捜しモノがあると言っていたが、それが何かは誰も知らない。
近年は大陸西部を中心に動いており、王国内の問題は基本的にジャックの管轄だった。
そんなジャックが心を癒すとは、何があったのやら。
「ジャックも気の毒な男じゃ……」
「誰かを亡くしたの?」
「そうとも言えるな」
ソニアの言葉にエゴールは目を伏せる。
そしてお茶を飲むと、ポツリと告げた。
「大陸中に作っている愛人のうち、十人ほどに振られたそうじゃ……」
「最低……。SS級冒険者って……」
「こっちを見るな。俺を一緒くたにするな」
エゴールが深刻そうな雰囲気を出すから何事かと思ったら、ただ振られただけか。
しかもまだ愛人はいるかのような言い方だ。全員に刺されればいい。
「というわけで、ジャックは酒に逃避しておる。探すのは楽じゃろうて。女と酒に大金をつぎ込む奴を探せばいずれ見つかる」
「ろくでなしだね……」
「昔は立派な青年じゃった。二十代前半でSS級冒険者になったが、その直後に妻と娘に逃げられておる。それから女と酒に溺れるようになった。皮肉なもので、技の冴えは若い頃よりも女と酒に溺れた後のほうが何倍も冴えておる」
「性格や素行と技は別ってことだね」
ソニアの言葉に俺は頷く。
品行方正なSS級冒険者は存在しない。強い奴はどこか普通の奴とは違う。エルナがいい例だ。
むしろ性格に難があったほうが強い説まである。
「まぁ確かに初めて会ったときも酒を飲んでいたからな。素人が見ればただの飲んだくれ中年だ」
「でも強いんでしょ?」
「強いな。初対面のときは何もなかったが、二度目に会ったときは俺の古代魔法を相殺して、獲物を横取りされたからな」
こっちも本気じゃなかったにせよ、あれは屈辱だった。
しかも依頼の横やりはマナー違反だ。
俺が大人の対応しなきゃ、あそこで戦争だっただろうな。
「SS級冒険者なのに獲物の横取り?」
「あやつは金を稼いでは使い、なくなっては稼ぐ男じゃからな。すぐに金が欲しかったんじゃろうて」
「なんだかお爺さんの話を聞いていると、仲良さそうだけど?」
「なぁに、互いに迷子じゃからな。よく会うんじゃよ」
「あなたは迷子だが、ジャックは迷子ではないと思うが?」
「迷子じゃよ。人生のな」
「本人は否定しそうだな」
道に迷うエゴールと人生に迷うジャック。
変なところで気が合うのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、俺はその場を立った。
「では、訪ねてくるとしよう」
「他の二人については聞かんのか?」
「戻ったら聞く。どうせ王国からギルド本部に行くなら転移の中継点が必要だからな」
「そうか。じゃあお土産を楽しみにしておるぞー」
「気を付けてね。喧嘩にならないように」
「安心しろ。俺は大人だ」
そう言って俺は転移門を開いて、王国領内の都市・バイユーに向かったのだった。




