第二百七十九話 第十一騎士隊
今回登場する近衛騎士隊長は、ツイッターと活動報告で募集した新キャラの中から選ばせていただいたキャラです。
僕のほうで設定に手を加えているので、そっくりそのままではありませんが、読者の方が作ったキャラです。
多くのキャラがいたので悩みましたが、一番使いやすいキャラを選びました。たくさんのご応募ありがとうございましたm(__)m
夜が明けると俺はすぐにクライドの屋敷を出た。
すでに昨日のうちにフィーネが滞在している場所は聞いている。
バベルの街には観光客も多く来るが、それ以上にギルド本部に直接依頼を持ってくる大物が多い。そういう大物向けの高級宿がいくつかあり、その一つにフィーネは滞在している。
護衛につくのは近衛騎士団第十一騎士隊。
帝国内部が割れている状況で、フィーネの護衛に近衛騎士隊長まで派遣するのはやりすぎと言えなくもないが、それだけ父上がこの一件を重んじているということでもある。
シルバーが査問にかけられるのは帝国に加担したから。そこに対する負い目と、シルバーという抑止力が帝国からいなくなるのを避けたいという思惑もあるはずだ。
そのうえで最も適任と思われる近衛騎士隊長が護衛に選ばれた。
宿に転移し、俺は最奥の部屋へと進む。
しかし、すぐに俺は数人の男たちに囲まれた。その手には剣が握られている。
「さすが帝国近衛騎士団というべきか。外交任務を主任務とする第十一騎士隊でも、それなりの対応をしてくるものだ」
彼らは一般人のような恰好をしているが、全員近衛騎士だった。
身分を示す白いマントや鎧をつけていないのは、ここが冒険者の総本山だからだろう。
国家の介入を嫌う風潮がここにはある。刺激しないために一般人のフリをして、溶け込むあたり、器用な部隊といえる。
第十一騎士隊は近衛騎士団の中でも例外的な部隊だ。
少し前までは皇帝の目となり耳となり、帝国中を飛び回るのが近衛騎士隊の役割だったが、第十一騎士隊は帝国内ではなく、帝国外での任務を主とする部隊だった。
皇帝の密使として諸外国の王に会ったり、外交使節の護衛を務めたり、各国の情報収集をしたりと様々な任務を行っていた。その任務の特性上、この騎士隊に入る者は単純な実力よりも、礼儀作法や柔軟性が重視される。
だから近衛騎士団で最弱の部隊は? という話題になると必ず名前が挙がる部隊だ。
しかし、だからといって練度で他の部隊に劣るというわけではない。
「普通なら嫌味なんだろうけど、SS級冒険者にそう言われると悪い気分じゃないかな」
そう言って現れたのは小柄な女性だった。
プラチナブロンドの髪は肩口で切りそろえられ、琥珀色の瞳は興味深そうに俺を見つめている。
男たちと同様に一般人に扮してはいるが、彼らよりもさらに自然だ。
街を歩いていて、彼女を近衛騎士と見破れる者はそうはいないだろう。
名はオリビエ・セロー。年はたしか十八歳。
第十一騎士隊隊長だ。
近衛騎士団の隊長の中では新参だが、その能力と性格によって父上の信頼を勝ち取っている。今回の目的は交渉。
武人肌な人間が多い近衛騎士の中で、珍しく穏やかな性格の彼女はまさしく適任だ。
「そう思うなら部下を退けてほしいものだな。オリビエ隊長」
「まぁまぁ。そこで待ってて。今、フィーネ様に確認を取るから」
愛嬌のある笑みを浮かべながら、オリビエはのんびりと告げる。
SS級冒険者を相手にこの態度、さすがは近衛騎士隊長というべきか。
肝が据わってる。
部屋に入ったオリビエはすぐに出てきた。
そして部下たちに剣を下ろさせた。
「許可が出たよ。どうぞ、部屋の中へ」
「やれやれ。帝国の大使となると会うのも一苦労だな」
「あなたならフィーネ様の部屋に直接転移できたんじゃない?」
「俺は常識人なんでな」
「常識人なら入口から入ってくると思うけどね」
入口から入ってきたなら、もっと穏やかに対応できたのに。
オリビエはそう言って俺の転移を問題視した。
言われてみれば確かにその通りだが、転移ができるのにわざわざ入り口から入るのは面倒だ。
そもそも。
「俺がここにいることは知られたくないのでな」
「幻術でも使えば?」
「……」
「案外、面倒臭がり屋なんだねー」
ケラケラと笑いながら、オリビエは部屋の扉を開ける。
本人はそこで待機したままだ。
「フィーネ様は二人で話がしたいって言ってるよ」
「なるほど。いいのか?」
「あなたの少しばかりの常識を信じるよ」
言い方に不満はあるが、今はそこに拘っている場合じゃない。
さっさと中に入ると結界を張る。
そして部屋の中央にいたフィーネに声をかけた。
「久しぶりというべきかな? ずいぶんと迷惑をかけたみたいだな」
「いいえ、この程度どうということはありません。おはようございます、アル様。無事にお目覚めになり、安心しました」
そう言っていつもどおり、にっこりと笑ってフィーネは一礼する。
そんなフィーネに苦笑しつつ、俺は椅子に座る。
フィーネは慣れた手つきで紅茶を用意しようとするが、俺はそれを手で制した。
「紅茶はいい。飲めないからな」
「外されないのですか?」
「用心に越したことはない。奴らがギルド本部にいるという話は聞いてないが、勝手気ままな奴らだからな。いつ、どこで遭遇するかわかったもんじゃない」
「奴らというのは……?」
「他のSS級冒険者だ。いくら俺の結界でも奴らが相手じゃ大して効果は期待できない」
今張っているのは侵入防止と音漏れ防止の効果がある結界だが、奴らなら一瞬で破壊できる。
俺が仮面を被る時間はないだろう。
「そこまでですか?」
「そこまでだ。だから俺にはシルバーとして接してくれ」
「わかりました。ではシルバー様、いくつか現状の説明をしますね」
「頼む」
そう言ってフィーネは現状の説明をし始めた。
簡単にまとめれば、評議会の中で味方はクライドのみ。他の評議員はフィーネの顔を立てて、会うことは会うが聞く耳は持たないそうだ。
「予想通りだな」
「お力になれず、申し訳ありません……」
「君のせいじゃない。謝らないでくれ。君は十分やってくれた。ここまで査問が引き延ばされているのも、君が動いていたからだ」
「ですが、根本的な解決にはなっていません」
「そこは俺の仕事だ。安心しろ、策はある」
「まさか……冒険者をやめるなんて言いませんよね?」
恐る恐るといった様子でフィーネが訊ねてくる。
俺の正体を知るフィーネからすれば、その手はありえると思えるんだろう。
しかし、SS級冒険者はよほどの理由がないかぎり、冒険者をやめられない。
強すぎるからだ。
「それはない。というか無理だ。国家を揺るがすレベルの実力者。それがSS級冒険者だ。冒険者をやめれば、各国がこぞって引き抜きにかかるだろうが、俺を含めてSS級冒険者の中に国家に忠誠を誓うような奴はいない。そうなると国家からすれば危険すぎる個人でしかなくなる。どの国も放っておかないさ。自分たちの身の安全のためにな。冒険者ギルドに圧力をかけて、モンスター認定するに決まってる。実際、ドラゴンより危険だしな」
勝手気ままに動けるのはSS級冒険者という肩書があるからだ。
それがあるから、誰もがその力はモンスターに向けられると安心できる。しかし、それがなくなれば疑心が生まれる。
いつかこちらに力を向けてくるのでは? と。そうなったらおしまいだ。
SS級冒険者同士の戦いが始まる。結果はどうあれ、大陸を揺るがすことは間違いない。
そんなバカげたことの引き金を引くわけにはいかない。
「強すぎるがゆえにということですか……」
「SS級冒険者というのは、大陸中の強者の受け皿でもあるんだ。この身分が強者の自由を保障し、その強者の力が冒険者ギルドを支えてきた。しかし、今の評議会は自由すぎる強者に辟易している。だから首輪をつけようとしているわけだ」
「評議会が強気に出ているのは、冒険者をやめるわけがないと踏んでいるから……そういうことですね?」
「ああ。冒険者である以上、評議会の影響力はどうしても受けてしまう。この問題、俺一人で対処するには骨が折れる」
「なるほど。一人ではなく、五人ならということですか」
「そういうことだ。気は進まないが、奴らに助力を求めるとしよう。奴らだって他人事ではないからな」
評議会は確かにギルドのトップだが、それと同等の影響力をSS級冒険者は保持している。
評議会の会議にも参加できるし、投票権も持っているのだ。
俺だけならまだしも、他のSS級冒険者まで敵に回そうとする評議員は少ないはずだ。
俺が目をつけられているのは、感情的には動かないと思われているから。他の奴らは違う。
平気で冒険者をやめると言い出しかねん奴らばかりだ。
奴らを引っ張り出せば、流れは変わる。
問題があるとすれば。
「奴らを探すのは苦労するんだよなぁ……」
冒険者ギルドでも居場所を把握できてない者もいる。
それを短期間で探しださなければいけない。
これはこれで無理難題だ。
「心当たりはあるのですか?」
「まぁ一応、な」
そう言って俺はため息を吐く。
探すのはいいんだが、会うのが億劫だ。
奴らと一緒にいると疲れるし。