第二百七十八話 ギルド本部
冒険者ギルド本部は大陸東部の南側に存在する。
皇国の下側にある空白地帯。かつてモンスターが蠢くゴーストタウンがそこには存在した。どの国も手を出そうとしないその場所を、冒険者ギルドは拠点とした。
当時の冒険者たちはモンスターを排除し、ゴーストタウンの中央に巨大な塔が建てられた。
それが冒険者ギルド本部〝バベル〟。
大陸全土の冒険者を統括する総本山。かつてはゴーストタウンだった塔の周りも、今では立派な冒険者の街へと生まれ変わっている。
どの国からも干渉を受けない中立地帯。
「といっても建前だがな」
夜。
ギルド本部〝バベル〟の街に転移した俺はそうつぶやく。
各国は冒険者ギルドに敵対こそせずとも、干渉はしてくる。すべての冒険者を統括する立場であるギルドとしては、国からにらまれるようなことはできればしたくない。だから大抵の場合、国の言うことは聞く。
今回もそのパターンだろう。
「特に今のギルド評議会は国の顔色を窺うしな」
ギルド本部の上層部。
主要な役職で構成されているギルド評議会。これが冒険者ギルドの意思決定機関だ。
時代時代によって面子は違うが、今ほど国家に弱い評議会も珍しいだろう。
大抵は現場上がりの冒険者と、ギルドの職員上がりが半々くらいだが、今は大きく後者に傾いている。そのせいで現場との齟齬も多い。
シルバーへの査問がいい例だ。それをすることでどんな結果を生むのか、奴らは理解していない。
とはいえ、全員が全員、そういう評議員というわけじゃない。
現在の評議員で唯一、現場上がりの冒険者。
ギルド本部の副ギルド長を務めるクライドは、シルバーへの査問の危険性をよく理解しているだろう。
だから俺は真っ先にクライドの屋敷へと向かった。
ギルド本部を囲むようにして出来上がった街の一等地。そこそこ大きな屋敷がある。
S級冒険者として名を馳せたクライドの自宅だ。
すでに日が落ちているのに、訪ねるのは非常識ではあるが、今は礼儀がどうこう言ってる場合じゃない。
用心のために結界で自分を覆い、屋敷の者にはバレないように侵入する。
そして屋敷の奥。クライドの部屋へと入った。
疲れたように椅子に座っていたクライドは、傍にあった紅茶を一口飲んだあとに呟く。
「意外に遅かったな? もっと早く来ると思っていたぞ」
「気づいたか」
「これでも元S級なんでな。気配くらいは読める」
そう言って椅子に座っていたクライドが立ち上がり、俺のほうを振り返った。
気づかれた以上、結界を張っていても仕方ない。
俺はシルバーとしての姿を見せた。
「久々だな。シルバー。元気そうでなによりだ」
「そこまで元気でもない。魔力を回復させている最中なのでな」
「短期間に色々とあったからな。しかし、お前もそろそろ黙って休養がまずいと思ったか」
「今の評議会では、な」
「申し訳ないな。俺一人じゃ止めきれない。意見が割れれば多数決に持ち込まれるからな」
クライドは苦笑しつつ、俺に席を勧める。
それに従い、俺は向かい合わせのソファーに腰掛ける。すると、俺の目の前にクライドも腰かけた。
「一応、聞くだけ聞こう。俺の査問理由はなんだ?」
「戦争への介入。これが一番だ。SS級冒険者が戦争に介入してもいいなんて話になると、大問題だからな」
「俺は竜に対処しただけだ。聖竜は連合王国の〝防衛戦力〟として容認されていた。それを他国に引っ張り出してきたんだ。その時点であれはモンスターだ」
「言いたいことはわかる。まぁしかし、それはあくまで口実にすぎん。この査問で評議会はお前に色々と制限をかけたいのさ」
「ようは評議会の犬にしたいと?」
「そうだ。評議会の意向で動くSS級冒険者。それが欲しくてたまらないのさ。次世代の台頭に期待していたが、それが見込めないから今度は今いるSS級冒険者に首輪をかけようって話だな。恐ろしい話だ。そう思わないか?」
「恐ろしいと感じているのがお前だけというのが恐ろしいな」
SS級冒険者は大陸に五人しかいない、冒険者の最高峰。その実力はS級とは比べ物にならない。冒険者ギルドが大陸全土に影響力を発揮し、すべての国が一目置くのはSS級冒険者という超戦力がいるからといっても過言ではない。
その超戦力に首輪をかけたいと思う気持ちはわかるが、首輪をかけようとしたら逆に腕を噛まれる可能性を考慮しないのは浅はかというものだろう。
「SS級冒険者はどいつもこいつも一癖も二癖もある問題児ばかりだ。実力だけはあるのが余計性質が悪い。ギルドに所属してはいるが、それは気ままに振る舞うためだ。SS級冒険者のような実力者が国にもギルドにも所属せずに力を振るっていたら、大陸中からマークされるからな」
「概ね同意だが、俺を他の連中と一緒にするな」
「瞬間移動する仮面怪人が何言ってんだ? 多少、他の連中よりも依頼に前向きなだけで、お前も大して変わらんよ」
「俺は周囲に気を配る。他の連中とは違う」
「そう言い張るなら構わんが、その主張は無意味だと思うぞ? 世間一般の評価としてSS級冒険者は全員揃いも揃って異常者という認定だしな」
「これが終わったら好意的な噂を流してもらわないとだな」
そういうと俺は話は終わりとばかりに立ち上がる。
そして。
「部屋を借りるぞ」
「構わんが、帝国の大使へのあいさつはいいのか?」
「彼女は帝国が派遣した正式な大使だ。夜中に会いに行く無礼はできない」
「俺はいいのか?」
「いいと思っているから来た。そもそも、こんな夜更けに女性の部屋に転移する趣味はない。それに護衛は帝国ご自慢の近衛騎士隊長だぞ? 夜にいきなり転移すれば戦闘になる。そうなれば街が火の海だ」
「お前は転移以外で訪ねるという発想がないのか……?」
「人間、便利な方法があるとそれに頼るようになるものだ。お前も転移魔法を覚えてみたらわかる」
「簡単そうに言うな」
クライドは呆れたようにため息を吐き、早く行けとばかりに手を振る。
それを見て俺は苦笑しつつ、部屋を後にしたのだった。