第二百七十四話 闇に沈む
12時更新分。
次で終わるかなぁ(;^ω^)
反乱軍の撤退を見ながら、俺は転移する。
場所は父上の背後。
「失態だな。皇帝陛下」
「手厳しいことを言ってくれるな。シルバー」
馬に跨る父上は俺の言葉にため息を吐いた。
その視線の先には撤退する竜騎士たちが映っていた。
「反乱は起こした側に罪がある。上下の関係を壊す行為だからな。しかし、鎮圧できないのは王の責任だ。軍を信用するからこんなことになる。貴族の三男や荒くれ者が手柄を求めて軍人になる。奴らはいつでも手柄が欲しいのだから、目先の利に流れやすい」
「耳が痛いな。たしかに適度なガス抜きを怠ったワシの責任だ」
「それならば次は気を付けることだな。時間は稼いだ。あとはご自分でなんとかしろ」
「手助け感謝する。しかし……お前の立場はどうなる? 帝国に肩入れしすぎれば非難されるぞ」
「非難など気にはしない。民のために良き皇帝が必要だからあなたに協力しただけだ。少なくともあの第三皇子よりはマシだろう。俺のこの判断が間違いではなかったと証明してほしいものだ」
言いながら俺は父上から視線を逸らす。
父上の責任は大きい。皇帝なのだから当然だ。
しかし、同情できる部分もある。
三年前。長兄が死んだ時点で父上は長兄に玉座を譲る準備を始めていた。
つまり、隠居する予定だったのだ。それなのに予定が急激に変わってしまった。
国の重要ポストには長兄の信者も多くいた。彼らが国の中心を去り、父上は国の立て直しを図らねばならなかった。
そのため、国外に打って出るという戦略は取れなかった。リーゼ姉上が東部国境についたように、国境に信頼できる将軍を置き、宰相とエリクによる外交政策に重点を置いた。
それを弱腰と軍部はみなしたが、それしか手がなかったことも事実だ。
長兄が生きていれば。
結局はそこに行きつく。
考えても仕方ない。すでに死んだ人だ。
だが、そこがキッカケだ。あそこがターニングポイントだった。
「期待には応えよう。できるだけな」
「それならば聖竜の骸は好きに使うといい。連合王国に売りつけるでも、部位を売り払うでもいい。冒険者ギルドを間には通してもらうがな。帝都の復興には役立つだろう」
「だから討伐したのか?」
「それもある。しかし、討伐せずに無力化すれば前例ができる。次も大丈夫などと思って戦争利用されてはたまらんのでな」
聖竜を生かすこともできた。
しかし、国境の敵軍を足止めするための理由付けにしても、この先のことを考えたにしても、生かすことのメリットは少ない。
聖竜を交渉の材料にしたところで、連合王国は動かないだろう。
三色の竜をすべて失ったならまだしも、一体は残っている。
一時的に聖竜を取り戻すために帝国と交渉の席についたとしても、すぐに反故にするのは見えている。
二体を投入した時点で、二体を失うのは覚悟の上のはず。それでも連合王国は大陸の肥沃な領地が欲しいのだ。
「お前も大変だな」
「あなたほどじゃない。俺はしばらく表立っては動けん。頼りにはするな」
「無論だ。国のことは国でやろう。すまなかった。迷惑をかけたな」
「詫びなら民にして、よりよい国を作れ。それが皇帝の仕事だ」
そう言うと俺は転移門を開き、その場を後にする。
向かった先はセバスの待つ宿屋。
そこで俺は着替えるとすぐにベッドへ倒れこんだ。
「お疲れのご様子ですな」
「まぁな……魔力を使いすぎた」
「それならばなおさらゴードン皇子を逃がすべきではなかったのでは?」
「今後、仕留めづらくなると? それをシルバーとしてするのが問題だ。今の魔力じゃ殺さないように調整するなんて器用な真似はできない。できるのは殺すだけ。ゴードンにとってシルバーに殺されるのは救いでしかない。冒険者ギルドとか他のSS級冒険者の反応とか、そういうのを抜きしてもシルバーとしてゴードンを殺すのは悪手だ……あいつには帝都の怨嗟を受け止める受け皿になってもらう必要がある。討伐するにしろ、捕縛するにしろ、帝国に属する者がすべきだ」
これだけの被害を出した裏切り者が冒険者に殺された。
帝都の民はすっきりしないだろう。
さすがシルバーだと喜ぶだろうが、どこかもやもやを抱えるはずだ。
「それに……すべての始末をシルバーがつければ、民心が皇族から離れかねん。シルバーを皇帝にとか馬鹿なことを言い出す奴らが出てきたら、何のために戦っているのかわからなくなる」
「それは確かにそうですな。帝国を崩さぬように動いているのに、自らが帝国を割る原因になっては本末転倒です。お許しを。浅慮でした」
「いいさ……殺したほうが楽なのは事実だ。リーゼ姉上といえど少数では追い詰めきれないだろう。北部に戻ればゴードンの勢力は回復する。その鎮圧が次の戦いになる。また犠牲が増える……わかってるさ。けど、今更止まれない。ゴードンを鎮圧できればレオはエリクと肩を並べられる。いや、追い抜ける。今後は帝位争いどころじゃない。エリクとの差はきっと埋まらない。これがもっとも早いやり方だ」
「少々性急では?」
「ウィリアムは一流の武人だ。あいつはゴードンを友と認めていた。つまりゴードンは認められるだけの人間だった。それが今はどうだ? 家族にだけ醜い部分を見せているだけだと思っていたが、そうではない。今回のことで確信した。今回の帝位争いはおかしい。何か裏がある。しかし、最早後にも引けない。ならさっさと終わらせるだけだ」
そう言うと俺は強烈な眠気に襲われた。
反動が来たか。
膨大な魔力を失った体がそれを回復しようと、睡眠を求めている。
この反動は魔力量が多い奴ほどデカい。
やりたいこと、やるべきことはいくらでもある。
冒険者ギルドは本部にシルバーを呼び出すだろうし、ゴードンの鎮圧にレオは出陣することになるだろう。それに協力もしてやりたい。
だが、霊亀戦からの魔力消費がデカすぎた。
一度休まないとどうにもならない。
「しばらく寝る……どれくらい眠るかは俺にもわからん……毒でも喰らったと説明しておいてくれ……」
「はい、かしこまりました。すべてお任せを」
「……みんなに……礼を言っておいてくれ……よく頑張ってくれたと……」
「お伝えしておきます」
セバスの言葉を聞き、俺はゆっくりと睡魔に身をゆだねた。
深い深い闇に沈んでいく感覚がある。
すると景色が変わる。
それは過去の景色だった。
そう、三年前。
皇太子ヴィルヘルムが北部に視察に行くと決まったときのこと。
城の広場で、授業をサボって本を読み耽っていた俺のところに長兄がやってきた。
「アル! ここにいたか。また帝都を出ることになった。しばらく会えない」
「またですか? ヴィル兄上。皇太子なんだから帝都にいればいいでしょ?」
「皇太子だからこそ帝国中を飛び回るんだ。それに悪いことばかりでもない。色んな物を見れる。一緒に来てみるか?」
「嫌です。面倒なんで」
「お前らしいな。そう言うと思ったよ」
「あんまり仕事ばかりだとテレーゼ義姉上に嫌われますよ?」
「チッチッチッ! 私とテレーゼは愛で結ばれているから平気さ」
「惚気るならさっさと行ってくださいよ。人の幸せなんて聞いてても楽しくないんで」
そう言って俺が手で早く行けとアピールすると、長兄は苦笑しながら背を向けた。
そして。
「留守の間、帝国を頼むぞ? アル」
それは珍しいことだった。
そんなこと言われたことはなかった。
けど、当時の俺は気にしなかった。
ただ長兄のきまぐれだろうと、苦笑しながら応じただけだった。
「お任せを。皇太子殿下」
そうして長兄は俺の前から去っていた。
その後ろ姿が最期だった。
どれほど悔やんでも悔やみきれない。あの時一緒に行っていれば何か変わったかもしれない。
しかし過去は変えられない。
ならばこそ、未来は変えてみせよう。
よりよい未来のために。
そう決意を新たにして俺はまた闇に沈んだのだった。




