第二百七十三話 諦めの悪い男
24時更新分。
明日には終わるかなぁ( 一一)
ゆっくりと降下する俺の両手の間には銀色の球が出現している。
これを押しつぶせばシルヴァリー・レイは発動する。
しかし、それに待ったをかける者がいた。
「ま、待て! シルバー! これはただの手違いだ! 我らは聖竜を侵攻に使う気はない!」
「国境を越えて帝都上空までやってきたのにか? ウィリアム王子」
「しかしまだ被害は出していない! このまま撤退させる! だから待ってくれ!!」
「〝まだ〟何もしていないから討伐するな? 悪いが、冒険者が討伐するモンスターの多くはその 〝まだ〟何もしていないモンスターだ。将来、民に悪影響を与える可能性があるならば討伐する。それが冒険者の鉄則だ。被害が出てからでは遅いからだ」
俺の言葉にウィリアムは一瞬、顔を歪める。
会話して、俺に取りつく島がないと思ったからだろう。
しかし、ウィリアムは言葉を続けた。
大した奴だ。状況が絶望的だとわかっているのに、それでも心を繋いで俺の説得に賭けるか。
「せ、聖竜はただのモンスターじゃない! 益獣だ!」
「連合王国にとっては、な。ここは帝国だ。連合王国の者以外には容赦のないトカゲは、この帝国では害獣認定されて当然だろう?」
「待ってくれ……何もさせない……だから……」
「あなたが連合王国の王子ではなく、そこのトカゲが聖竜などと呼ばれておらず、この反乱状態の帝都が舞台でなければ融通も効かせただろうが……すべては手遅れだ。反乱に協力したうえに、竜を引っ張り出しておいて、何もさせないから見逃せというのは虫が良い話だと思わないか?」
「言いたいことはわかる。すべてそちらが正しい……だが、彼らは我が祖国の守り神なのだ……許してくれ……!」
「討伐されると困るから、冒険者ギルドと交渉したのだろう? 連合王国を守るならだれも文句は言わん。守り神を敵国に連れてきたのが問題だと言っている。大事に国へしまっておけばよかったな」
そう言って俺は銀色の球を押しつぶそうとする。
しかし、さらに俺の行動に口を挟む者がいた。
「シルバー!! お前はわかっているのか!?」
「なにがだ? ゴードン皇子」
「自分がしようとしていることだ! 聖竜は連合王国と冒険者ギルドとの間で、討伐対象にはならないという取り決めがなされている! それを討伐すれば冒険者ギルドは黙っていないぞ! 冒険者ギルドに所属するお前としても困る話のはずだ!!」
「何を言うかと思えば……ゴードン皇子。あまり冒険者を舐めるなよ? ギルドと連合王国との取り決め? すでにそんなものは消え去った。連合王国にとって聖竜だろうと、侵攻を受ける国にとっては邪竜だ。ギルドとの協定はあくまで聖竜の活動範囲が連合王国内に留まっている場合のみ」
「そんな理屈が通るか! 細かい取り決めなどなされてはいない! ギルドが決めたことは連合王国の聖竜は討伐対象にはしないという一点のみ! 討伐すればギルドの取り決めをお前が破ったということになるぞ!」
「ふん、そうか。だとして、だ。それがどうした?」
「なにぃ!?」
ゴードンが俺の言葉に目を見開く。
その反応が舐めているといっている。
ルールを持ち出せば冒険者が止まると思っているなら大間違いだ。
「多くの者が冒険者を無法者と呼ぶ。それは事実だ。俺たち冒険者にとってルールなどどうでもいい! その後のことなど後回しに決まっている! 今、大事なのは目の前で民を襲いかねんモンスターがいるという一点のみ! その状況で冒険者にルールを持ち出すことは愚かと知れ! 冒険者が重んじるルールはただ一つ! 民のために! この一つのみだ! それ以外のルールが持ち出されたとき! 我々が返す言葉はただ一つ――知ったことか!」
そういうと俺は両手で銀色の球を押しつぶす。
そして。
≪シルヴァリー・レイ≫
魔法の名を唱える。
すると俺の周囲に光球が出現する。
その数は七つ。
その矛先が向くのは赤と緑の老竜。
向こうも脅威を感じたんだろう。
ブレスを準備して、抵抗の意思を示している。
だが、銀光の前に抵抗は無意味だ。
「最後まで連合王国のためにというその姿勢は評価しよう。よく逃げなかった」
そう言って俺は抵抗を選んだ二体の竜に腕を差し向ける。それに合わせて光球から銀光が放たれる。
ブレスを放とうとした二体の竜の首が消し飛び、その体は力なく地面に向かって落下していく。
俺はそれを結界で受け止めた。
「ブラッド……リーフ……」
ウィリアムは二体の竜の亡骸を茫然と見つめている。
幼い頃から竜とふれあい、竜王子とまで呼ばれるようになったウィリアムにとって、竜とはほかの者と一線を画する特別な存在なんだろう。
可哀想ではある。見逃してやれるなら見逃してやりたかった。
二体の竜は逃げる選択肢だってあった。彼らは竜だ。敵わない相手くらいわかる。
それでも立ち向かうことを選んだ。
ウィリアムが彼らを特別と思うように、彼らにとってもウィリアムたち連合王国の人間は特別な存在だったんだろう。
これで連合王国は自国の守護聖竜を三体中二体も失った。戦いを続けるか、大人しく撤退するかは彼らの判断次第だが、大きく国力は下がったことは確かだ。
残る敵国は二つ。
わざわざ討伐したくもない竜を討伐したのは必要だったから。
俺は腕輪からの魔力も利用し、巨大な転移門を二つ作り出す。そして、その先にもまた一つ同じ転移門を作り出す。
そうやってトンネルのようにつながった転移門の先は帝国北部国境と西部国境。
北部国境では藩国軍が北部国境守備軍と激しい戦いを繰り広げていた。状況を見るに北部国境守備軍は苦戦している。藩国軍には連合王国軍も参加しているようだし、北部はゴードンの息がかかった者が多い。なにか工作を受けた可能性もある。
西部国境では王国軍が大軍で布陣していた。攻め入るときを待ち望んでいる。そんな様子だ。
そんな二つの軍に俺は語り掛ける。
「国境に攻め入る連合王国、藩国、王国の指揮官。聞こえるか? 俺はSS級冒険者のシルバーだ」
北部国境では攻勢を強めていた藩国軍の動きが弱まる。
上空に開く転移門を見て、俺が本物だと理解したらしい。
西部国境では王国軍が大慌てだった。
「こんな形で語り掛けることを許してほしい。大事な話がある。実は、帝都に竜を使って侵攻しようとした馬鹿者がいる。モンスターの戦争利用は冒険者に対する宣戦布告も同義だ。俺はこの事態を受け、SS級冒険者として帝国の守護に動く。それで申し訳ないがしばらくの間、両軍には停止していてもらいたい。この機に乗じて攻め込む場合――モンスターを戦争利用した軍とみなし、俺はあなた方を討伐する」
言葉と同時に俺は転移門に向かって銀光を放った。
転移門を通ってその銀光は両軍の少し上をかすめていく。
「これは命令ではない。あくまでお願いだ。しかし……無視するならばそれ相応の処置をとる。最低でも一週間ほどは止まっていろ。その間に帝国の混乱も収まるだろう。判断に困るならば本国の王に聞けばいい。賢明な王ならば攻め入ったりはしまい。ただ、万が一、王が誤った判断を下しそうなときはよく伝えておけ。〝この転移門はすべての国の城につなげることができる〟とな」
そう脅しをかけると俺は転移門を徐々に閉じていく。
同時に腕輪の宝玉が砕けた。やっぱり使い捨てになったか。
まぁ仕方ない。侵攻してくるだろう他国の足止めをしなければ、帝都の混乱を収めたところで帝国はぐらつく。
やりすぎだと冒険者ギルドは言ってくるだろう。だが、どうせギルド本部の上層部は俺が聖竜を討伐した時点で文句を言ってくる。それなら徹底的にやらせてもらったほうがお得だ。
SS級冒険者として武名が轟くシルバーでしかできないこともある。
しかし、シルバーだからこそできないこともある。
絶対に断言してもいいが、ゴードンやその周りじゃ気づけない。奴らにとってもうシルバーは何があっても止まらない存在にしか映ってないはずだ。
「馬鹿な……そんな馬鹿な……俺が……俺の反乱が……なぜだ……? なぜ邪魔ばかりする? なぜお前たちのような規格外がこの世に存在する……? なぜだ……? なぜ、なぜ、なぜ……」
「ゴードン! しっかりしろ!!」
だが、シルバーにだってできないことはある。
そこに気づける奴が敵側にいるとすれば、それはウィリアムだけだろう。
今回の俺の行動には一つだけ欠点がある。ウィリアムたちがそこを突けば、抜け道が開かれる。
か細い道ではあるが、果たして気づくかどうか。
だから俺はウィリアムを見た。
「し、シルバー……一つ聞かせてほしい……先ほどの言葉どおりなら……我々には手出しはできないな?」
そう言ってウィリアムは毅然とした態度で俺に告げた。
そんなウィリアムを見て、目を細める。
やっぱり気づいたか。シルバーゆえのしがらみに。
「あなた方はモンスターを戦争利用した軍だが?」
「それはそちらが勝手に言っていること。こちらは否定し続けたし、二体の竜は何もしていない。こちらの軍に利になることも、帝国軍の害になることもな。二体の竜を討伐したことはこの際、何も言わん。だが、我々を攻撃するのは冤罪だ」
「ほう? その論法で逃げるつもりか?」
「民に被害を及ぼすかもしれないモンスターを討伐するのは構わん。しかし、民に被害を及ぼすかもしれない軍を討伐することは認めん。それをすれば、お前は大陸中のすべての軍を討伐することになるぞ?」
対モンスターにおいてシルバーの権限は絶対だ。SS級冒険者という冒険者の最高峰に位置しているためだ。
しかし、それゆえに人間に対する対応には多くのしがらみがある。
脅しをかけて足止めする程度なら問題ない。モンスターが実際に現れたからだ。しかし、軍を直接攻撃するとなると、モンスターを連れてきたというだけでは弱い。
ウィリアムの言う通り、彼らは共には戦ってはいない。SS級冒険者がそれだけで軍を攻撃すれば、今回の一件はさらにややこしくなり、シルバーは信用できるのかという話になるだろう。
そしてしまいには他のSS級冒険者たちが俺を討伐しにくる。
ウィリアムの理屈は屁理屈も良いところだが、痛いところを突いている。
さすがというしかない。シルバーのしがらみに気づいたとして、シルバーにそれを突きつけて交渉できる者がどれほどいるか。
俺は先ほどルールなど知ったことかと、竜を討伐したばかりだ。
同じ目に遭わされてもおかしくはない。
この場において俺は絶対強者だ。
ウィリアムはそれに真っ向から立ち向かっている。
竜王子の名は伊達ではないということだろう。
「……ウィリアム王子。まだ戦うつもりか?」
「無論だ。もはや退けぬ」
「聖竜を二体も失った。それでも戦争をやめないか?」
「失ったからこそやめられない。それに比肩するモノを得られないならば……何のためにあの二体は死んだというのだ?」
「……」
「恨みはしない。お前はお前の役割を果たしただけだ。落ち度はこちらにあった。それは認めよう。しかし、退くかどうかは別の話だ。連合王国は必ず利益を手にする! そのためにゴードンの身柄は絶対に渡さん! 手出しは無用! わかったな!? シルバー!!」
あれだけの力を見せつけられて、まだ諦めずにできることをやろうとするか。
ゴードンは先ほどの俺の一撃を見て、放心状態だ。
反乱が失敗に終わった現実を受け入れられないんだろう。
もはやどちらが旗印なのかわからない。
いや、はっきりしているか。ゴードンは旗で、ウィリアムが旗手だ。
今、その立ち位置がはっきりした。
どうしてこの男がゴードン側なのか。
惜しい。実に惜しい。
「……いいだろう。俺は手を出さん」
そう言って俺はウィリアムに答えた。
実際、腕輪が壊れた以上、これから戦うのはしんどい。
今回は魔力を使いすぎた。暗躍中はできるだけ魔力の消費を抑えていたのに、魔道具の力を借りなきゃいけなかった。
残った魔力でもウィリアムたちを倒すことはできるだろうが、それだけだ。捕縛したり、一人も逃がさないようにしたりというのは少々厳しい。
ここが潮時ということだろう。
他国の軍の動きを止め、反乱は防いだ。
ゴードンの身柄を押さえたかったところではあるが、そこまではシルバーの仕事ではない。
すでに下ではリーゼ姉上が追撃部隊を組織している。
ウィリアムとゴードンは激しい追撃にさらされるだろう。
しかし、ウィリアムの目は死んでいない。きっとこいつはどんな手を使っても、ゴードンを生き残らせるだろう。そう感じさせる強い目だった。
諦めの悪い男だな。まったく。
だが、嫌いではない。
今回はその諦めの悪さに免じて、おとなしく手を引こう。
「見事と言っておこう。ウィリアム王子」
「全軍撤退!! 北部に退いて立て直すぞ!!」
そうしてウィリアムの号令を受けて、反乱軍の一斉撤退が始まったのだった。




